コンピューターに意識をアップロードして永遠に生きることは可能か?
というブログで、コンピューターに意識をアップロードして永遠に生きることは、簡単な思考実験で不可能だとわかると書かれていました。かりにアップロード出来たとしても、その時点で自分の前に別の自分ができるだけで、自分が死ぬ時に自分の死をまぬがれないと。
でも問題はそんな簡単ではないですよね。
自分をコンピュータにアップロードできるかできないかだけを考えるなら、(将来)できると思います。次のようにして。
0 前提としてコンピュータで意識を持つ人工知能ができているとします。意識とは何か、人工知能でできるのかというのは、それはそれでめちゃくちゃ大変な話ですが、たとえば、アイドリング、つまりなにもしてないときに、自分の過去の経験を反芻しているような人工知能みたいなのを想像するといいのではないでしょうか。
1 このような人工知能と自分の脳を接続します。私たちの右脳と左脳は脳梁(のうりょう)というところでつながって互いに連携して機能していますが、何かを介して人工知能とも連携します。たとえばその人工知能につながれているカメラの情報が直接脳に入ってくるのです。自分で自分を見ることができたりするわけです。
2 人工知能との連携はこんな世界です。人間がなにか考えたい時にその処理の一部を人工知能に託します。たとえば以前ここで紹介した例がありますが、
迫り来る「右脳革命」に20代が備える方法(1)〜右脳の得意な処理〜
白丸や赤丸が混ざっているところから赤丸を探し出すのは一瞬で出来ますが、青やオレンジの三角や四角が散らばる中から「オレンジの三角」を見つけ出すには、一個一個見ていく必要があります。
でも、人工知能と連携していると、一瞬で見つけたいと思った時に、無意識に人工知能にこの課題が与えられ、人工知能が解きその答えが再び自分に返ってきます。そして自分は一瞬で「オレンジの三角」を見つけられます。
3 それだけだとたんに便利な計算機が頭に直結しているだけですが、人工知能にも意識が宿るようになっているのであれば、人工知能と自分が直結したところで、自分の意識は人工知能も含めたものに変わっていきます。先月行ったディズニーランドが楽しくてしかたなかったので、よくそれを思い出していますが、そのとき人工知能を使って、正確にプレイパックできるので、楽しさをありありと思い出すことができます。そんなことをしているうち、自分が寝ている間にも人工知能の方は、ディズニーランドの再生を楽しんでいるような状況です。
4 このときの自分は私たちがまだ知らない奇妙な意識体になっているでしょう。脳と人工知能が連携した意識体です。脳の方が寝ているときは人工知能だけでできた意識でこれも自分、人工知能のスイッチを止めれば、脳だけでできた意識、これは昔ながらの人間の意識、そして両者が連携している意識、それら3つの状態を自在に渡りあるくようになります。奇妙に思うかもしれませんが、できてしまえば、歩いているときの自分と車を運転しているときの自分くらいの違いにしか感じないことでしょう。
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