未来から見ると、今大学周りで起こっているできごとは、歴史的転換期の象徴と言われることでしょう。
今大学の周りにはいろんな問題がくすぶっていたのですが、そんな中起こったこの出来事をきっかけに事態は一気に大学と政府の全面戦争に突入しそうな気配です。
集団的自衛権行使、全参考人が「違憲」 衆院憲法審 :日本経済新聞
集団的自衛権行使に関する法案を審議している中で、与党が推薦した憲法学者が政治家の意に反して「違憲」と発言した衝撃的なできごとです。
これに対して安倍首相や内閣は、まあ、私が見てる範囲では憲法学者を全否定しています。
これはあまり上手なやり方ではなく、学者というプライドの権化のような人に対しては、その発言に一定の理解を示しつつも、でも現場ではこうだからと、運び方があるのに、安倍首相や内閣は、焦りもあったのでしょうか、全否定したわけです。
これは、発言をした学者がいかるだけの問題ではありません。
311の頃から顕著ですが、政府に呼ばれて政府が期待する発言をする学者は、市民に「御用学者」という烙印を押されます。でも、学者はそれぞれ、自分の学者人生に照らし合わせて、自身の名誉をかけてそう発言されています。そういう人がそのとき選ばれて呼ばれているだけです。
そして今回、自民党推薦として呼ばれた学者は、自分の学者としての立場をかけて発言し、それは政府の期待するものではありませんでした。
そしたら、なんか全否定されたわけです。ついに学者はブチ切れます。
これか。与党議員に「安全保障の素人」と言われ、憲法学の権威である長谷部教授が本気でブチギレたコメント。論理上あらゆる逃げ道を塞いだ上で十字砲火を浴びせてる。さすがとしか言いようがない。 http://t.co/am350RTkWo pic.twitter.com/KhTEScqj3X
― たられば (@tarareba722) 2015, 6月 17
発言の重要な部分を画像で引用していますが、元の発言の全文はここで見られます。
安保関連法案の撤回を求める長谷部氏と小林氏の発言詳報:朝日新聞デジタル
いやー怒ってます。感情を抑えがちな学者がここまでいうのは、まさに「本気でブチギレ」状態。とくに印象的なのはこの部分。
別の言い方をすると、今の与党の政治家の方々は、参考人が自分にとって都合の良いことを言ったときは専門家であるとし、都合の悪いことを言ったときは素人だという侮蔑の言葉を投げつける。自分たちが是が非でも通したいという法案、それを押し通すためならどんなことでもなさるということだろうか。
今まで市民に「御用学者」の烙印を押されようとも、学者は自身の学者人生にかけて国会などで発言してきましたが、今回政治家の都合の悪いことをいえば、素人の烙印。
これは直接言われた長谷部教授が怒って済んでる問題ではありません。全国の学者がこれを冷ややかに見ているのです。「ふ〜ん、そうなんだ、都合悪いこと言うと全否定なんだ」と。
たとえば、新聞で
「政府は長谷部教授の発言に一定の理解を示しつつも、世界情勢を鑑みて、この法案成立の重要性を改めて強調した」
な〜んて紹介されるような対応をしていれば、問題になることはなかったでしょう。でもそうはしなかったのです。
結果、こちら、「安全保障関連法案に反対する学者の会」ではすでに5000人以上の学者が署名しているようです。こんなことって今まであったでしょうか。
さあ、このような状況の中、大学はいまいろんな問題を突きつけられているわけですが、ついにまず京都大学が反逆ののろしを上げました。
人文社会系学部「京大には重要」 山極総長、文科省通達に反論
文部科学省が国立大学に人文社会系の学部や大学院の組織見直しを通達したことについて、京都大の山極寿一総長は17日、「京大にとって人文社会系は重要だ」と述べ、廃止や規模縮小には否定的な考えを示した。そう、なんか経済効果のない学部はやめろ的通達を受けていたんですが、京大がきっぱりと拒否したのです。
集団的自衛権の問題とは直接は関係なかったのですが、憲法学者も人文社会系ですから、憲法学者が全否定されたことは、人文社会系の学者にしてみれば、文科省の「人文社会系イラネ」通達を連想しないわけがありません。
そして、さらに国歌問題。
<国旗国歌要請>文科相「適切判断」迫る 国立大学長は困惑(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
下村博文・文部科学相は16日、東京都内で開かれた国立大学86校の学長を集めた会議で、入学式や卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱を要請した。なんか、まあそう言いたくなる気持ちは分からないでもないですが、ものすごいタイミング。これ読んだら、「やっぱり安倍首相は戦争したいんだ!」と思う人わんさか出ます。本気でやりたかったら、集団自衛権の法案通してからごりごりやればいいと思うんですけど、そうではなく、いまこのタイミングで大学に対して「誰が金出してると思ってるねん」とすごんでいるわけです。お金出してるの本当は国民なんですけど、その代理人としてすごんでいます。
これについても、京大はネガティブなコメントをしています。
山極総長は「幅広い教養と専門知識を備えた人材を育てるためには人文社会系を失ってはならない。(下村博文文科相が要請した)国旗掲揚と国歌斉唱なども含め、大学の自治と学問の自由を守ることを前提に考える」と説明した。京大は日本二番の大学とはいえ、これらの発言をきっかけに、予算削減の嫌がらせを受けるかもしれませんが、まあもう、こんだけ喧嘩売られたら当然買うだろうと腹をくくったのです。
憲法学者全否定の件で一番怒っているのは間違いなく東京大学です。参考人などとして呼ばれる学者の数はダントツです。多くの東大学者は今回の全否定顛末を見ていますから、この京大のコメントに共感する学者も多いでしょう。
とはいえ、いろいろ大人の事情はありますから、京大ほどすぐにはコメント出てこないと思いますけど、タイミングがくれば同様のコメントを出してくる可能性はかなりあると思います。
賽は投げられました。
お金を出しているのは国民です。今後京大など反旗を翻した大学の予算を政府が削ろうとしたら、納得のいかない国民も出てくるでしょう。世論がどちらの味方につくのかたいへん気になるところです。
今回の長谷部教授たちの発言を通して、国民は、学者は政治家に都合にいいことをいう御用学者だけじゃないんだということを決定的に印象付けられました。京大総長の、大学は「幅広い教養と専門知識を備えた人材を育てる」必要がある、という言葉に納得する人も多いでしょう。政治家が暴走しないために大学は必要であると。
今後国民の反応を見ながら、大学は自分たちの使命をはっきりと再定義するために、政治家と戦っていくことになると思います。最近は職業訓練所的な方向に成り下がっていくのかという危機感もあったでしょうから、このきっかけを逃すことはありません。