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オンリー☆ローリー!〈1〉 Vol.8
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オンリー☆ローリー!〈1〉 Vol.8

2013-12-20 21:00
         ***

     転校二日目。いきなり教科書やノートを忘れたりしないよう、何度も時間割表と鞄の中身をチェックし、最後に弁当を詰め込んで、零次は家を出た。
     朝食と昼の弁当を自分で用意しなければならない彼の朝は、必然的に早い。学校には購買があるので、無理して朝の時間を捻出しなくてもいいのだが、弁当のほうが安上がりだし栄養があるので、今後もその方向で行くつもりだった。マンションが学園から比較的近いのが救いである。ちなみに沙羅はフリーランスなのをいいことに、いつも夜更かししてだいたい午前十時くらいまで寝ているのが常だった。だらしないとは思うのだが、生活費は両親ではなく沙羅が完全に持っている。養われている身分で文句は言いづらかった。
    「くあ……」
     あくびをしながら初秋の青空を見上げる。爽やかな朝だった。
     昨日は言わば前哨戦。今日から本格的に、新たな学園生活が始まるのだ。気合いを入れて臨まなければ。勉強にちゃんとついていって、早いところ友達を作って、できるなら恋人とかも……。
     交差点に差しかかったとき、零次はあっとなった。
     美少女が軽やかな歩みで現われる。濡れた羽のように艶めいた黒髪と、抜群のプロポーションに否応なく視線が吸い込まれていく。
    「お、おはよ、崇城さん」
    「おはよう」
     崇城朱美は立ち止まることなく学園の方向へ進む。零次は思いきって隣に並んでみた。
    「家、この辺なの?」
    「ええ……」
     席が隣なだけでなく、家も近いとは。何かフラグが立つんじゃなかろうかとか、好き勝手な期待を抱かずにいられない。
     昨日、教室で見たのとはまた違った。明るい朝の陽差しに包まれる彼女は、本当に綺麗だった。匂い立つような美しさと、高嶺の花という単語がぴったりな雰囲気を身にまとっている。自分なんかが隣に立っていていいのかと思うくらい。
     会話がないまま、ひとまずはそのまま連れ立って歩いていた。何か話題はないものだろうかと、まだかすかに眠気が残っている頭を懸命に働かせる。
     ……と。
    「おうい深見、いいんちょ、おはようー!」
     突如としてあどけない声が背中に張りついた。一気に眠気が覚めた。そんな特徴的な声をした人物はただひとりしかいない。
     小走りでやってきたメルティは、始業式の昨日よりもラフな格好をしていた。すっきりした橙色のカーディガンに、適度にフリルが入った可愛らしいスカート。そして肩には高級そうなビジネスバッグを提げているが、大人が持つことを前提としたそれは彼女の体には大きく、どうにもアンバランスだった。
    「ほら、挨拶はどうした?」
    「あ……おはようございます」
    「おはようございます」
     零次に続き、崇城も挨拶する。意外と礼儀に厳しいらしい。
    「ひょっとして先生も家はこの辺なんですか」
    「こんな小さな体じゃ車の運転はできないしな。電車やバスっていう選択肢もあるだろうけど、人混みは嫌いだし。徒歩で通える位置に住むのが一番だ」
    「なるほど。でも、いいんですか?」
    「何がだい」
    「いや……教師って生徒より早めに登校するもんじゃないんですか? いろいろ準備とかあるでしょう。昨日だって僕より遅れてたじゃないですか」
    「細かいことは気にしないでよろしい。生徒と一緒に登校、とても微笑ましい光景とは思わないか」
     そう言われては黙るしかなかった。
     歩幅が小さいので、零次に比べると若干早足になるメルティ。こうして並んでいると、高校生の兄と小学生の妹にしか見えない。
    「今日はさっそく私の授業だ。楽しみにしておけ。教科書、忘れてはいないだろうね」
    「それは大丈夫ですけど……」
    「けど、どうした?」
     この人から受ける授業というものを、零次はまったく想像できなかったが、正直に言うわけにもいかない。
    「えっと、国語ってそんなに得意じゃないんです」
    「ならば私が得意にさせてやろうじゃないか。なあに、安心するといい。私の授業はわかりやすいと大変評判だから」
     自分で言うかとツッコみたくなったが、やめておいた。評価を下すのは実際に国語の時間を終えてからでいいだろう。
    「ところで深見、昨日はいい夢を見たか?」
    「はい?」
    「だから、素晴らしい私のヌードが夢に出てパンツを濡らしたんじゃないかと」
    「何を言っているんですかあなたは」
     崇城さんがいるのに……そう思ってチラッと顔を覗くと、とても冷たい無表情だった。
    「メルティちゃん、おはよ!」
    「今日の服、可愛いですね!」
     学校に近づくにつれ、生徒たちが次々にメルティに声をかける。そのたびに彼女は快く手を振って応じた。
     なぜ自分は……彼らと同じようにメルティの虜になっていないのか。
     いや、もちろんなっていないほうがいいのだが……何か企みがあるのだろうか? 零次は早くこの疑問を解消したかった。
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