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***
で。
まさかさらに状況が混乱するとは、零次は露ほども思っていなかった。
「粗茶ですが」
「ん、ありがと♪」
「どうも……」
テーブルの対面に沙羅。左方にずずーっと美味しそうに茶を啜るメルティ。右方の崇城は形だけ口をつけたという風。零次は彼女たちの表情を窺うのに忙しい。
これからパートナーだからちょっと家を見てみたいとメルティが言い出したとき、零次は「ああもう逆らえないんだなあ」と思うよりなかった。すると崇城も「放置してはおけない」と同行して、深見家は魔女ふたりを客として迎えることになってしまった。
初めて生でメルティを見た姉は、顔をキラキラさせていた。完全に珍しいものを見る目だ。
「零次に話を聞いたときから、ぜひ一度お会いしたいと思ってたんですよ。はああ、西洋のロリって可愛すぎるわ!」
「お姉さんはしっかりした美的感覚の持ち主だね! よいことだ」
「それで今日は、家庭訪問ですか?」
「姉さん、家庭訪問は中学までだろ。常識的に考えて」
「じゃあ、ただ近くに来たから寄ってみたとか?」
「そんなもんかな。こっちの子はクラス委員長の崇城朱美。まあおまけだから気にしないで。ところで私は巨乳が嫌いなんだけど、お姉さんはどう?」
「あたしも巨乳は嫌いですよ。この世すべての悪だわ」
「へえ、気が合いそうだね!」
あまりにもひどい扱いだが、崇城は涼しい顔だ。一般人相手ではクールを演じていたいのだろう。はらわたは煮えくり返っているに違いないが。
「しかし、お姉さんとふたり暮らしとは珍しいね」
「ええ、炊事洗濯苦手なんであんたやれって言って、強引に連れ込みました。おかげさまで楽させてもらってます」
己の家事スキルのなさを隠しもせず、堂々としたものである。
「うんうん、家庭的な男の子はいいよね。担任としておおいに褒めたい」
「それくらいしか取り柄ないですから、あはは。んで、ロリ教師、巨乳委員長、そして気っ風のいい姉。あんたどのルートに入るつもり?」
「ちょっと待て。自分を加えるな」
「冗談だってば」
「もちろんメルティルートに入るよ! トゥルーエンドは五年後、子供に囲まれて幸せに暮らしているんだ」
「やめてください先生!」
いったい何をしに来たのだろう。こんなバカ話をするためだけとは思えない。
まさか姉さんにもバラすことはないはず……と思いつつ、零次は不安に駆られた。何しろメルティのすることだから、予想の斜め上の展開を覚悟したほうがいい。
「お姉さん、私は魔女なんだ」
突如、メルティが沙羅の湯飲みを指差す。彼女の手は光に覆われている。
湯飲みが……ゆっくりと宙に浮く。転校初日にも見せた、魔法を信じてもらうのに、もっとも効率のいい方法。
やっちまった、この人……! 零次はもういろいろと諦めた。
「ほええ? 何これ?」
沙羅は口をあんぐりさせて、瞬きも忘れてその不思議現象を凝視した。
「ああもう! メルティ、何を考えてるのよ……!」
ずっと黙っていた崇城は頭痛そうにしていた。こめかみに青筋が浮かんでいる。
湯飲みが静かにテーブルに戻った。
「魔法使い……? うっそー! 普通の人間じゃないとは思っていたけど、魔法ってマジであるの?」
「先生、どうして姉さんに話す必要があるんですか!」
「だって、君の保護者だろ? 知ってもらったほうが君もやりやすいはずだ。一緒に暮らしているのに、ずっと隠し事をするのもつらいだろ」
「そ、そのくらい別に苦じゃないのに……」
そう言ったところで、もう遅い。メルティの性格を考えれば、姉には絶対に話さないようにと念を押さなかった自分のミスだった。
続いてメルティは、饒舌に語り出した。自分の来歴、不老長寿の魔法、零次に接近した理由、昨夜に襲撃されたことまで、何もかも。
崇城は必死に怒りを抑え込むように、小刻みに震えていた。メルティが魔法使いの常識に外れまくっていることは、零次にもよくわかる。
「ゲームになるわ、先生の人生! あ、あたしゲームクリエイターなんですけど」
「へえ、そうなの? 私をモデルにしたゲーム、ぜひ作ってほしいなあ」
「ふふふ、事実は小説よりもなんとやら……かあ。にしても、先生のお父さんって、最後はちょっとカッコよく終わってません? 先生は父親を恨んでる風だけど、娘と秘密を守りながら死んでいったんでしょう」
「お姉さんはそう思うんだ。でも、単なる独占欲だったと思うよ。あいつは研究成果を誰にも渡したくなかっただけさ。最後の瞬間まで、私じゃなく研究のことだけを気にしていたわけだから。まあ……喪失感に見舞われたのは確かだね。ろくに外に出たことのない私が、どうやって生きていけばいいのやら、皆目見当がつかなかった。それに、あいつはいつか私が殺してやりたいと思っていたから、目標がなくなったのが辛かったよ。それでもどうにかこうにか、生きてきた」
「……信じられない」
崇城がかすれた声で呟いた。
「何が信じられないの? いいんちょ」
「あなたがなぜそのような姿形なのか、そうなる前はどんな人生を送っていたのか……魔法使いの間で最大級の謎だったのよ。長い間、ずっと! ある程度の予想はされていたけれど……ちゃんとした理由を突き止めた人間はいなかった。それなのに、こんなただの市民に知られてしまうなんて」
「ふふん、プライドが傷ついちゃった? 今の話は全部、IMPOの本部に連絡しちゃってもいいよ。別に隠すようなことじゃあないしさ」
余裕綽々の態度が、崇城はいたくお気に召さない様子だった。気持ちはわかる、と零次は同情する。
「不老長寿の魔法は、それから現われてないはずだよ。あんな父親だったけど、何百年に一度っていう天才だったんだろうねえ。音楽でいえばモーツァルトみたいな。そして今、私もあいつと同じように、いろんな魔法使いから狙われている。私は不老長寿を再現する方法なんて知らないけど、脳味噌や心臓を解剖すれば、秘密の一端は掴めるかもしれない。そうならないよう、ひっそり隠れながら延々と自分を鍛え続けた。別に私は、天才のつもりじゃあなくてね。単純に鍛錬した長さの問題さ。何百年と鍛えていれば、そりゃあ世界最強の一角にも数えられると思うよ」
「世界最強……クリエイター魂が刺激されるわあ」
この姉はどこまでノリがいいのか。どうして同じ家族でここまで違うのかと疑問に思わずにいられない。