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零次は声を上げる間もなかった。凶悪なコンクリートの塊が顔面に迫り、目をつぶるのがやっと……!
しかし衝撃は何もなかった。代わりに不可解な衝突音が聞こえた。次いで、ゴトンと重い音が響く。
目を開けると……コンクリートパネルがすぐ近くに落ちていた。
「どう? 君に届くことなく、魔力障壁で弾かれたんだよ」
「……本当に、僕の体に埋め込まれたあれが」
「うん。このアイテムの名前なんだけどね、《エターナルガード》という。どうだ、カッコいいだろう。ワクワクが止まらないだろう」
「はあ……」
騒ぎになるといけないので、コンクリートパネルを元の位置に戻した。
「これがあれば、喧嘩でも無敵になる。君はそんな暴力的な人間じゃないと思うけど」
「も、もちろんですよ。悪用なんかしません」
崇城を見てもわかるように、魔法使いは決して完璧な人間ではない。欠点があり、どうにもならないことがあり……魔法が使える以外は、一般人とそう変わりはない。
だがこのメルティは……思い通りにならないことなどないのではないか。怖いくらいに自由すぎる。零次は畏怖の念を抱きながら尋ねた。
「先生って……弱点とかあるんですか?」
メルティは教え子の顔をじっと見た。少しの間、目をつむって考え込むような素振りをする。それから、ふっと微笑んだ。
「ここだけの話だよ。ひとつ致命的な弱点がある」
「あ……あるの?」
「完全無欠の人間なんて、そうはいないものさ。その弱点とは、犬だ」
「犬?」
「重度の犬アレルギーなんだよ。周囲に犬がいると、ひどいかゆみや発疹が出て、著しく精神力……魔力も低下してしまうんだ。そうなったら私といえど、簡単に抑えられてしまうだろうね」
アレルギー。やけに馴染みのある単語に、呆気に取られてしまった。だが、食物アレルギーなどは時として命に関わることもあるという。おおげさなようで、本人にとっては生死に関わる問題なのだ。メルティの場合はそこまでひどくはないようだが、魔力が激減してしまうというのは一大事だ。
「……でも、いいんですか? そんな簡単に暴露しちゃっても」
「聞いているのは君だけだろ」
信頼しているから教えた。そう言っていた。
「ふふ、犬をけしかけて私を陵辱してやろうとか思っちゃダメだぞ?」
「思いませんよ。というか、幼女に興味を持つことはないですから。そこんとこ誤解しないでください」
「深見はいいんちょみたいな巨乳が好きなのか? いけない、あれはただの脂肪だ。実に不純だ。人体に必要ないものだ」
「そこまで言わなくても……」
揃って弁当を食べ終えたところで、メルティが聞いた。
「ところで、君の話っていうのはなんだい?」
聞き入れてくれるかどうかわからない。だが、目的を果たすために、どうしても必要なことだった。
「僕にも、魔法を教えてくれませんか?」
「ほう? それはまたどうして」
「……自分も使ってみたいって衝動が、じわじわと湧いてきて。ただそれだけです。あんないいアイテムをもらうとは思ってなかったものだから、その上こんなお願いをするのは欲張りみたいですけど……」
崇城と繋がりを持ちたい。そのための頼みだった。
予期せずして得られたエターナルガードの力は、完全に守りの魔法だが、何かもっと実用的な魔法を覚えることができたら、崇城も興味を持ってくれるに違いない。それでもって、徐々に交流を深めていくのだ。崇城は迷惑に思うかもしれないが、告白したからには攻めの姿勢で行く! 零次の基本計画は、このようなものだった。
「残念だけど、魔法は生まれ持っての才能がものをいう。君にはさっぱり素質がないみたいだよ。まったく素質のない者に魔力を与えて、魔法使いにさせてしまう使い手もいるらしいんだが……私はそこまではできないんだ」
「……そ、そうですか。先生にも不可能なことがあるんですね」
「でもね、エターナルガードのようにアイテムを埋め込んで、効果を発揮させることならできるよ」
「え?」
「持ってきたのは、もうひとつある」
メルティは再びバッグから光る球体を取り出した。
ただし、覆う光が赤い。エターナルガードと比べて、不気味さが漂っている。
「これはね、私が制作してきたアイテムの中でも、超特級とも言える逸品だ」
「さっきも同じこと言ってませんでした?」
「超、と言っただろう。エターナルガードよりもすごい。このアイテムの効果は……聞いて驚かないでくれ。最高の魔法使いになれるというものさ」
「……はい?」
驚くより、拍子抜けした。
最高の魔法使い? 言葉は単純でも、意味がさっぱりわからない。
「こいつの名は《ピュアハート》。一定の条件を満たすと、ものすごい力を引き出して、目の前の敵をバッタバッタと倒せるっていうものだ。具体的には、私と同等の力を持てる。制約をつけて自分を強化するのは、魔法使いの間では珍しくないテクニックでね。その場合、魔力が一時的に激減するとか副作用もあったりするんだけど、これには一切のペナルティはないから安心して」
「そ、その条件って?」
「幼女がピンチになっているのを目にしたとき」
「……」
一気に熱が冷めていく。アイテム名は直訳すれば「純粋な心」のようだが、ギャグとしか思えなかった。
「知り合いは『そんなのは呪いだ』とか失礼なことを言ったんだけどさ、ロリこそ地球の未来だよ。そのロリのために強く雄々しくなれるとしたら、これほど人々の役に立つ魔法もないだろう? さあ、受け取ってくれ!」
「い、いらないですよ、そんなの!」
「照れるな照れるな!」
メルティはキャッキャと笑いながら、赤く光る妖しい玉を胸にねじ込む。
やはり痛みも不快感もなく、それは体の中に吸収され……一瞬だけ体が膨張したような感覚が襲う。
零次はガックリ肩を落とした。
「ロリのためにしか強くなれない……こんなのとても崇城さんには話せないよ」
「これで、もし私が危ない目に遭っても安心だ。君が助けてくれる」
「そんなことが起こるなんて、自分でも思っていないでしょう?」
「まあね。でも、君がそういう力を手に入れたという事実が重要なんだ。私との繋がりが、いっそう強まったのを感じるよ」
実に天真爛漫な笑顔だった。