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オンリー☆ローリー!〈1〉 Vol.30
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オンリー☆ローリー!〈1〉 Vol.30

2013-12-28 13:00
    「……は、はは」
    「崇城さん? どうして笑って……」
    「笑わずにいられる? 何よこれは。メルティ……本当にさらわれたの? 情けないわね。この前の連中にリベンジされたわけか、無様なこと。……けど、どうやってメルティを押さえ込んだというの? 数人がかりの不意打ち程度じゃ、ものともしないのよ。よほど巧みな戦略を練ったのかしら」
    「……あのさ、実は」
    「どうしたの」
    「昼は確信してなかったから言えなかったんだけど……先生、弱点を突かれたんじゃないかな」
    「は?」
     例の犬アレルギーのことを語った。崇城は呆気に取られていた。
    「本当なの? そんなバカみたいな弱点が」
    「うん……」
    「まあ、こんな事態になった以上、本当なんでしょうね。この手紙を届けたのも犬だったし。連中は仲間から魔犬を何匹かレンタルして、見事リベンジしたってところかしら。でも、あなたたちの会話は誰にも聞かれていなかったはずでしょう?」
    「そうなんだけど……ひょっとして、遠くを見るような魔法とかがあったりする?」
    「……それよ。おそらく、遠方を透視する魔法を使ったの。単に動向を確認するだけじゃなくて、会話も聞き取れるようなね。いつでもメルティを狙うような連中だったら、そういうのが使えていたっておかしくないわ。あなたとの会話が、まさか遠くから聞かれているとはメルティも思わなかったでしょう。……それより」
     崇城は険しい顔つきになり、零次を細目で睨んだ。
    「ねえ、エターナルガードって何のこと? メルティはあなたに何か渡したの?」
    「……先生は僕を守るために、なんでも防御するっていう魔法の玉を体の中に埋め込んだんだ」
    「は……? 何よそれは!」
    「自分のわがままに付き合わせるんだから、これくらいは当然だって……。先生の魔力を上回るようなものでなければ、どんな魔法も無効化するらしい」
    「そ、そんなでたらめなアイテムが、ただの一般人の手に……? 冗談でしょ」
     崇城が今一度、右腕に鋭利な赤い魔力をまとわせた。鉄をも焼き切るバーナーのように、凶悪な熱さと威圧感を発散している。
    「これも、防げるというの?」
     猛烈な炎を目の前にして、ちょっと自信が揺らぎかけるが、コクリと頷いた。
    「君の魔力が、先生を上回っていないなら……」
     崇城が唇を噛み、切っ先を零次の肩に突き出した。万が一のことを考え、当たっても致命傷にならない箇所を選んだのだ。
     彼女の気遣いは無用だった。ヴンッ! と瞬間的に薄い光の膜が零次の全身をカバーした。
     崇城の炎の刃はその膜に阻まれ、のみならず彼女自身も跳ね返した。昨日コンクリートパネルを投げつけられた際は目を閉じてしまったが、非現実な力で非現実な力を防ぐのを、零次ははっきりと目に焼きつけた。
     崇城は呆れかえり、同時にわなないていた。世界三大魔女特製の逸品。零次は今さらながら、とんでもないものを渡されたのだと畏怖した。
     魔法剣を解除した崇城は、忌々しそうに一息つく。
    「バカげてるわ」
    「だよね……」
    「……まあ、だいたいわかったわ。メルティを透視していた襲撃者は、メルティの弱点とあなたの体に埋め込まれたエターナルガードとやらのことを知った。そしてメルティを捕らえ……ついでにそれも奪取しようと考えついた。最大級のレアアイテムだもの。私が敵だったら、きっと同じことを考えるわ」
    「そう……か」
    「メルティが埋め込んだものだから、取り出すのもメルティにしかできない。だから敵はあなたを呼び出すことにした……。シンプルと言えばシンプルな交換条件ね。その魔法の玉を差し出せば、メルティは無事に帰ってくる……。まあ、敵がただ交換するだけで済ます保証はどこにもないけれど。私の言っていること、わかる?」
    「……」
    「いい? 保証はどこにもないわ。敵はまんまとお宝をせしめた上で、メルティを殺し、さらにはあなたをも殺す可能性だってある」
     崇城の懸念は、当然すぎるほど当然だった。
     しかし零次は言う。
    「それでも……行かなきゃ。先生を助けに」
     そのまっすぐな言葉は、魔法戦士の眉をひそめさせた。
    「愚かなことを言わないで。本当に殺されるかもしれないのよ。相手を全面的に信用するの?」
    「そうじゃないけど、行かなきゃ先生は……」
    「別にどうだっていいじゃない。あなたを厄介事に巻き込んだ張本人でしょう? あなたは誘惑魔法にはかかっていない。なのにメルティに親しみを感じてしまっているの?」
    「……困ったことに、そうみたいだ」
     正直に、彼は告白した。
     出会ってから一日と置かず振り回して、変な趣味を勧めようとして、そして手前勝手な理由で魔法の世界に引きずり込んできて……何もかもが無茶苦茶な存在だ。けれど。
    「あの人は……僕たちの先生なんだ。先生の授業は楽しいよ。今日の先生がいないクラスを見ただろ? みんな元気がなかった。このまま永遠に先生が帰ってこなかったら……クラス中が沈んだままになってしまう。そんな教室で過ごすのは、嫌だよ」
    「所詮は誘惑魔法による偽りの感情じゃない。メルティが死んだら、たぶん魔法の効果は消えるわ。メルティが存在していたこと自体、忘れられるかもしれない」
    「そんな想像は……したくないよ。偽りでもいいんだ。みんなにとっては、それがリアルなんだから。僕ら普通の人間は、ただ目の前の日常をさ、楽しく過ごせればそれでいい。だからあのクラスには……先生が必要なんだよ。人知れず仕掛けられた誘惑の結果だとしても、みんな楽しく、悲しみなく、幸せにやってるんだから、それが維持されるべきじゃないのかなって思うんだ。……というか、とにかく見過ごせないよ! そんな薄情な人間のつもりはない!」
     助けられる手段があるんだから行くべき。愚直にそれだけを伝える。
    「先生はIMPOにとっては怪物だろうけど、僕にとっては人間だ。ちょっと変わったところがある程度の、人間なんだ。日常生活の仲間だ。仲間だから助けるんだ……!」
    「……理屈じゃないっていうのね。でも、深見くん」
     崇城は彼の決意をなじるようなことなく、冷静な口調で応えた。
    「私としては、そんな驚異的なアイテムが得体の知れない連中に渡ってしまうのは看過できないの。いっそ何の野心もない深見くんの体の中にあったほうが、はるかにいいわ。それに、やっぱり危険よ。もしあなたが殺されでもしたら、私……」
    「え?」
    「正義の魔法戦士として恥だわ」
    「……あ、うん」
    「それで、どうするというの? 無力なあなたに、何ができる?」
     問われ、零次は崇城を強く見つめ返す。
    「先生を見捨てる選択肢は……ありえないよ。だから今夜零時、必ず学校のグラウンドに向かわなきゃ。でも、崇城さんの心配も当然だ。バカ正直にエターナルガードを渡してしまうのは危ない」
    「だったら……」
    「僕は先生を助けたい。崇城さんはエターナルガードを敵に渡したくない。だったら道はひとつじゃないかな」
    「……ちょ、ちょっと待って。まさか」
     驚愕する崇城に、毅然と告げる。
    「ああ、僕たちで……敵を倒すんだ!」
     しばらくの沈黙。崇城の息を呑む音がした。
    「……頼むよ。先生を救うために、力を貸してほしい」
    「僕たちでって……あなたはそもそも戦えないでしょう?」
    「エターナルガードで絶対に傷つけられないことを利用してさ、相手にまとわりついて攪乱することくらいはできるよ。あと、崇城さんの盾になるとか」
    「た、盾って……。いえ、それ以前に私が深見くんに付き合う理由があると思う? 私はメルティのことなんて、どうでもいいのよ」
    「理由はあるよ。崇城さんはさ、IMPOの戦士として、連中を見逃せないんじゃないのか? あいつら、最初に先生を襲ったとき、一般人の僕もろとも殺そうとしたんだろ。そういうのは許せないはずだろ」
     反論の言葉が見つからないらしく、崇城は唇を噛んだ。
    「……そう言われると弱るわね。確かに、倒すべき敵を倒すチャンスがあるのに戦わなかったなんて、戦士として恥だわ」
    「じゃあ」
     崇城は小さく首を縦に振った。
    「仕方ないけど……わかったわ。メルティを助けるのに協力してあげる」
    「あ、ありがとう! 崇城さん、いい人だ!」
     思わず手を握る。途端に、魔法戦士はほんのりと赤くなる。
    「べ、別にいい人なんかじゃないったら。私は私の正義に従って行動するだけよ」
     零次は心底から安堵した。……これで、メルティからの頼み事は果たした。
     崇城に協力してもらい、自分を襲った敵と戦ってもらう。それこそメルティが零次に頼んだことだったのだ。
    「……じゃあ、帰りましょう。指定の時間までに、お互いコンディションを整えておかないと」
    「あ、あのさ! 携帯の番号とアドレス、交換しない? 一応、連絡を取り合える手段があればいいと思うんだ」
     その必要があるかどうか、崇城は迷っているような顔だった。そのまま十秒ばかり。
    「まあ、いいけど」
    「……やりぃ」
    「何か言った?」
    「ううん、なんでもない」
     ニヤニヤしそうなのをどうにかこらえ、番号とアドレスを教え合う。
     零次と崇城はマンションを離れ、通学路まで戻った。
    「十一時四十五分、この交差点で待ち合わせでいいかしら」
    「うん。ありがとう」
    「お礼はいらないわ」
     崇城の背中が見えなくなると、精神的な疲れがどっと押し寄せてきた。
     その疲れも取れないうちに……計画は次の段階に移行する。
     携帯が鳴る。零次はかけてきた相手の名前を確かめ、そろそろと通話に出た……。
    「……もしもし?」
    「ハロー! 見させてもらったよ。いいんちょ、見事にだまされてくれたね」
    「ええ。上手くいきましたよ先生。演技するのに苦労しました」
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