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放課後になっても、クラスのテンションは低空飛行のままだった。
「メルティちゃんがいない学校が、これほどつまらないものだとは!」
「まったくだね……。明日元気な姿が見られることを祈ろう」
御笠と佐伯はどんよりしながら語り合っている。たった一日でこれなのだから、二日、三日……一週間と続いたら、どうなってしまうのだろうか。
「ふたりとも、落ち込みすぎだって。元気を出しなよ」
「深見くんは転校してきたばかりだから、俺らがどれだけメルティちゃんに救われているかわかるまい」
「そうさ。まさに心の太陽だ。あの人を思うだけで僕は、僕は!」
「明日はきっと来るって」
零次は沈滞した空気の教室を抜けて、一足早く出ていた崇城に追いついた。
「あ、あのさ。これから先生の家に行ってみようと思うんだけど……一緒に来てくれないかな」
「私は早く帰りたいんだけど……」
「猫の動画は、ちょっと我慢して」
「そ、そういうんじゃないわよ!」
わりとごまかすのが下手な性格らしい。
「……なに、本当に無断欠勤かどうか、確認するの?」
メルティはただ休んだわけではない。彼女は先日逃がした襲撃者の残党に襲われ、そして……。
頼みがある……零次はあの電話でそう言われた。まずは自分のマンションに、崇城と一緒に行ってほしいと指定された。断られるわけにはいかない。なんとしても連れて行かなければ。
「崇城さんは先生のこと、気にならない?」
「昼も言ったけど、あいつがどうなろうと私の知ったことじゃないわ。……まあ、仕方ない。あなたをひとりで行かせるわけにはいかないから、付き合ってあげる」
零次はホッとして、メルティのマンションに向かった。何があってもすぐに対応できるようにと、崇城はすでに油断のない顔つきをしている。
まさかもう一度来ることになるとは。しかも自分から……そう思いながら、メルティの部屋の前に立った。隣人とすれ違うこともなく、周囲はしんと静かだった。
「……この中からは、メルティの魔力を感じないわね」
崇城はインターホンを鳴らす。二十秒ほど待ったが、当然、反応はない。
「家にいないのなら、いったいどこに」
「……崇城さん、これ」
ドアノブを捻ると、鍵がかかっていなかった。顔を見合わせる。
「この際だから、入ってみましょう」
無遠慮に上がり込む崇城。零次は慌てて後に続いた。
崇城は荒々しく扉を開け、部屋をチェックしていく。
……零次はすでに知っている。この部屋からは一切の物音はせず、電気も付いてはいない。メルティの姿は影も形もない。
「いないわね。……私の魔力探知の範囲を超えるほど遠くへ、衝動的に旅行に出かけたとか?」
「……いや、それは」
「ええ、ありえないわよね。あなたを放ってそんなことは」
崇城は顎に手を当てて考え込む。
「まさかとは思うんだけど、昨夜の時点で殺されたか、あるいはどこか遠くにさらわれたか……。メルティに限って、誰かにやられたなんてこと……。でも、あいつは常に狙われている。あいつがいきなり姿を消したということは……何者かの手にかかった。どのような方法を用いたかはわからないけど、やっぱりそれが一番しっくりくるのかな」
「あ、あの……」
「だとしても、深見くんにできることは何もないわね。もちろん私も、校内での監視以外の任務をするつもりはないわ。どのみち手がかりがないんだし、おとなしくしているしかないのよ」
「……」
「確実に何かあるって思うわ。おそらく、あいつの身に何かがあった。でもそれを調べる術はない。事が起こるまではね。……さ、もういいでしょ。帰りましょう」
ふたりは部屋を出る。
そろそろだ。そろそろ、次のステップ。
零次は五体を強張らせ、心臓を加速度的にバクバクさせる。
間もなく、そのときは来た。
「うわ?」
ビクッとして後ずさる。見るからに凶暴そうな、子供が見たら泣き出しそうな、強烈なインパクトの黒い大型犬が、零次に向かって廊下を駆けてきた。
「犬……? 違う。こいつ、ただの犬じゃ……!」
とっさに身構える崇城。瞬時に、この前も見た炎を宿す魔法剣を右腕に帯びさせる。
「ま、待って、もうちょっと様子を……」
黒犬は急ブレーキをして零次の目の前に停まった。そのまま、低く唸りながら見上げてくる。
背中にバンドでくくりつけられているものがある。
レターサイズの封筒、だった。
「……手紙かしら。こいつ、メッセンジャーってこと?」
「そうみたいだ」
「誰が送ってきたっていうの。まさか……」
零次は慎重に封筒を手に取った。黒犬は来た道を速やかに引き返していく。
封を開け、中身……一枚の便箋を取り出す。
『我々は逆襲に成功した。
今、不朽の魔女は我々の手の中にある。
彼女を取り戻したくば、午前零時、学校のグラウンドまで来られたし。
深見零次の体内にあるエターナルガードと交換する。
来なかった場合、彼女の命は保障しない。』
零次と崇城は、その文面を食い入るように見た。
内容は非常に簡潔で、そのひとつ以外の解釈を許さないものだった。