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【1】
「れーいじ! たべてもいいよ☆」
「なんかのパロディですかそれ?」
するっと自然な動作で隣に並んできた彼女に、深見零次は通学路のど真ん中で大きな溜息をついた。
メルティ・メイシャ・メンデル。
数百年を生きる魔女にして幼女にしてクラスの担任にして国語教師。そして――認めたくはないが、ストレートすぎるほどに想いを寄せてくる女性。彼女はいつの間にやら零次を名前で呼ぶようになっていた。
平和そのものの朝。しかしどうにも気だるい。こんな通学風景が今後毎日のように続くとなれば、なおさらだった。
「その、生徒たちには等しく教師愛を向けるとか言ってませんでしたっけ。僕を特別扱いするのはどうかと」
「私がそうすると決めたんだから、君が気にすることはないさ。ま、どうしても気になるなら、他の生徒たちの前では名字で呼ぶことにするよ」
「そーしてください」
「ふたりっきりのときは名前で呼び合う。うん、素敵で秘密な関係じゃないか」
「……僕はいつでも先生って呼びますからね」
そもそも声を憚らないものだから、何人もの生徒がこの会話に耳を傾けている。秘密も何もあったものではなかった。
だが、そんなことよりも今の関心はただひとつ。
「崇城さんと全然連絡が取れない……。もう一週間経つのに」
「女の子にはいろいろあるもんだって」
「先生がやり過ぎたんですよ! あ、あんなとんでもないことして!」
一週間前のあの事件――「あの事件」と呼ぶ以外に適当な言葉が見つからない――を境に、崇城朱美は登校しなくなった。携帯にかけても繋がらないし、メールもなしのつぶてだ。
国際魔法警察機構、通称IMPOの戦士として、世界三大魔女に数えられるメルティの監視をしている崇城。表向きはただの学生であり、積極的な交流はしないものの、周囲からはクラスの大切な委員長と受け止められている。どうしたのかと気にしているクラスメイトは多かった。
あのときに受けた屈辱を思えば、二度とメルティと顔を合わせたくない気持ちはわかる。しかし彼女の責任感の強さも肌で感じて知っている。いかに失態を演じたとはいえ、任務を放りだしたまま、こんなにも長く引きこもっているものだろうか。
「家に行ってみるかなあ……」
すぐに学校に来るようになると楽観していたので、それは最終手段と考えていた。しかしこのままずっと姿を見せないということが、万が一にもあるかもしれない……。
何より彼女のことが好きならば、そろそろ自分から動くべきではないか。
「先生、崇城さんの住所は名簿を見ればわかりますよね?」
「わかるけど、行っても無駄だと思うよ?」
「……まあ、門前払いを食らう可能性が高そうですけど、少しは様子が知りたいし」
「それより放課後は私と遊ぼうとは思わないのかい?」
「思いません」
「ああ、切ないなあ。君はあの夜『俺はメルティにしか、ロリにしか興味がない』って言ってくれたのに」
「いつの夜ですか! 適当な捏造しないでください!」
まともに取り合っても疲れるだけだと、いいかげんに学んでいるはずなのだが、この魔女のペースにどうしても巻き込まれてしまう。
魔法と魔法使いの楽しさを教えてあげるというメルティの企み。崇城との繋がりを保つためとはいえ、誘いに乗ると決めたのは自分だ。だからメルティにいいようにあしらわれたところで、すべては自己責任。
……それでもやっぱり納得できないことはある。たとえば。
「私は君を思うと濡れて濡れてしょうがないんだ」
「朝っぱらから何言ってんですか!」
こういうあからさまなセクハラが増えてきた。単に聞き流せばいいのだが、きっちり否定しないと周囲から既成事実を疑われてしまいかねない。