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学校に到着すると、メルティはいったん職員室へ移動する。わずかでも彼女と離れられることに安堵しながら教室に向かうと、前の席の御笠雄一と副委員長の佐伯幸太が声をかけてきた。
「深見くん、今朝のメルティちゃんの匂いはどうだった?」
「きっとバラの匂いがしただろう?」
「ハズレだよ。今日は香水はつけてないみたいだった」
こんなやりとりも、もう日常茶飯事である。
学園全体に張られた誘惑の結界《幼女の世界》(ロリータワールド)によって、すべての生徒と教師――零次と崇城を除く――がメルティにベタ惚れ状態になっている。結界の存在などまったく知らないままで。効果は死ぬまで続くというのだからあまりに恐ろしい。
しかし、みんな幸せな顔なのだ。だから零次はメルティの魔法を、一概には否定できないでいる。こんな非現実に慣れきってしまった自分を当たり前に受け止めている……。
「そのうち深見くんはメルティちゃんの手料理を食べたりするんだろうな。うらやましいぜ」
「先生って得意料理とかあったりするの?」
「和洋中どころか、東南アジア、中東、アフリカ、南米、あらゆる国の料理を作れるって聞いたことがあるよ」
「……さすが数百歳」
「何か言ったか?」
「いや、なんでも」
誰からも愛されるアイドルのメルティが、転校間もない零次を一番気にかけているというのは、すでに多くの生徒が知るところだった。何しろまったく隠そうとしないのである。
そして皆、それをよしとしている。
嫉妬など抱かない。この結界の中では、そうした感情は一切廃されるのだ。術者であるメルティの意向が何より尊重される。彼女が選んだ男ならばと、むしろいっそう好意的に接してくる。
そう、メルティを別にすれば……零次がこの学園の一番の有名人になりかけていた。
「にしても、崇城さんはどうしたんだろうな?」
「もう一週間か。よほど重い風邪なのかな」
御笠と佐伯が主のいない席を見つめて、むうと唸る。
誘惑魔法にかけられているからといって、メルティ以外はどうでもいい、とはならない。普通の人間らしい思いやりを失うことはないのだ。だから零次も彼らに気を許す。友人として付き合いたくなる。結果、魔法への忌避感が薄れる。
あの人はでたらめに見えて、かなり計算づくだ。あらためてそう思い知る。
「みんなでお見舞いに行ってみっか?」
「いいね、そうしよう! 深見くんも行こうよ」
「う、うん」
もとよりそのつもりだったが、他にも何人か賛同して、放課後に崇城の家に行こうということになった。
自分ひとりが訪問しても門前払いかもしれないが、これなら無碍に追い返されたりはしないかもしれない。意外といい流れになってきた、と思った。
「みんな、おっはよー! 今日も一日がんばろうね!」
メルティが小さな姿を見せると、教室は一気に活気づいた。
彼女の接触を警戒しつつ、とりあえずは授業をこなす。いつもの日常が始まった。