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 その後はつまらないヘマはせず、しっかりと上級生の面目を保った。そして気がつけば部活の終了時刻。夏至も間近なこの季節、外の明るさだけで時間の変化を測るのはなかなか難しい。
「そうだ、さっき言ったLPSOの将棋大会、出てみませんか? 今度の土曜日に」
「おお、いい考えっすね。みんな、予定がなかったら参加してくれ。今までの練習の成果を見せるときだ」
 ずぶの初心者が参加できる大会は、そう多くない。しかも紗津姫が特別ゲスト――将棋アイドルの活動を生で見られるのだから、行かない理由はないというものだ。次々と参加しますと声が上がり、紗津姫は顔をほころばせた。
「初心者向けなら、私は行けないですねー。ひとり寂しく、家でネット将棋でもしてます。依恋先輩はSNSの更新に明け暮れるって感じですか?」
「もちろんよ。来是はまた、どっかの道場で修行?」
「いや、その日は高遠先生のとこで解説会のバイトだよ」
 名人戦が終わり、また新たな順位戦がスタートする。この六月から将棋界はさらに白熱の戦いが繰り広げられることになるが、その皮切りとも言えるのが七大タイトルのひとつである「棋聖戦」。
 現在棋聖の座に就いているのは、伊達清司郎。普段は名人と呼ばれている彼だが、棋聖を含めた二冠を保持しているのである。なお現在まで五連覇中で「永世棋聖」の称号もすでに獲得している。
「ねえ、あたしも行ってみていいかな」
 依恋がニヤニヤしながら言った。また何か唐突に思いついたな、と来是は見当をつけた。
「どうしてだ? 将棋の勉強はもうしないんだろ」
「ちょっと変わった写真をアップしたいからさ。喫茶店で将棋って、きっと珍しがってくれるわ」
「そういうことか……。まあ、売上に貢献してくれるんなら好きにすればいいよ」
「おお! 依恋先輩が行くなら、私もお供したいです! 家でゴロゴロするよりずっと楽しそうじゃないですか」
「わかった。んじゃ山里さんと……金子さんも暇ならどうだ?」
「そうですね、私も行きます。喫茶店の制服を見たら、何かインスピレーションが湧くかもしれませんし!」
「何のインスピレーションだよ……」
 週末の予定も決まったところで、一同解散した。他のみんなの姿が見えなくなってから、紗津姫、そして気まぐれでまだ残っていた依恋と一緒に部室棟を出る。
 グラウンドはまだ少しも暗くない。おかげでふたりの美少女の姿がこんな時間でもはっきり見える。
 今月から夏服に替わり、凹凸の著しいスタイルが本人が意識せずともアピールされるものだから、ものすごく目のやり場に困る。実際、一年男子は誰もがふたりをちらちら見たり、慌てて目を背けたりしていた。まだ初心な彼らにとっては、強烈すぎる刺激だろう。
「来是、知ってる? 女子は夏服の下、ブラジャーだけはNGって規則あるの」
「いきなり何言ってんだお前は……。そんなの男の俺が知ってるわけないだろ」
 薄手の夏服だと、女子のブラジャーが透けて見える。全国どこでも見られる光景だろうが、思えば彩文ではお目にかかったことがない。もちろん意識してチェックしていたわけではないが。
「上にキャミ着てるんだけど、暑いったらないわ。紗津姫さんもそうでしょ?」
「仕方がないですよ。女子は貞淑であるべしという学校の考えがあると思いますから」
「あたしは透けブラでセクシーアピールするのも、いいかなって思ってるんだけど。来是だってそういうの好きでしょ?」
「お前は男心がわかってないな。変に堂々とされるとありがたみがない」
 軽口には軽口で対抗。もちろん本心も交じっているが。こういうところが依恋のもっと改善するべき点だと思っている。
「ふーん、そういうもんなんだ。なるほどね」
「先輩のような慎ましさを、もっと見習うべきだな」
「この人のどこが慎ましいっての! こんな目立つもの抱えてさ」
「ひゃっ」
「うわ、重っ! もはや凶器よこれは」
 凶器的なそれを下からたぷんたぷんしながら、依恋は妙に真面目くさった顔をする。
「NHKの将棋番組さ、紗津姫さんに司会とか聞き手とかやってもらいたいって声もあるけど、これは公共放送的に不適切じゃないかしらねー?」
「お前な……。そのへんにしとけ」
 すると紗津姫もシリアスな顔な作った。
「……やっぱり、そういう不利もあるでしょうか?」
「先輩、そんな真剣に考えなくていいですってば」
「私、毎週NHKに出るのが夢なんです。将棋に携わる者にとって、一番注目される番組ですから。……でも、難しいんでしょうか」
「依恋、先輩本気で落ち込んじまっただろ!」
「わ、悪かったわよ。冗談よ冗談。NHKにも巨乳アナはいたと思うし、巨乳アイドルが朝っぱらから出ても問題ないでしょ!」
「大丈夫、ですか?」
「大丈夫ですって!」
 本当にその日が来たら、ものすごい騒ぎになるとは思うが。とにかく視聴率が倍増するのは確定的だ。
「将棋講座のアシスタントやってる、えーと、財部さんだっけ? あの人よりずっといいって。別に会ったこともないけどさ」
「あ、財部さんか」
 別に秘密にしておくことはないなと思った。というより、いささかお調子に乗った依恋をこの場で驚かせてやりたい。
「どうしたのよ?」
「今度の解説会、あの人が来るんだよ。依恋、会うことになるぞ」