• このエントリーをはてなブックマークに追加
俺の棒銀と女王の穴熊【1】 Vol.24
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

俺の棒銀と女王の穴熊【1】 Vol.24

2013-06-03 18:00
    br_c_1403_1.gifbr_c_1752_1.gif

         ☆

     何十分もかけてゆったり入浴していた依恋と紗津姫が、光沢の増した髪を拭きながら戻ってきた。
     来是は吸い込まれるように、女王の新たな装いに目を奪われる。
    「か、可愛いパジャマですね。女の子らしい」
    「ただピンク色というだけですよ。碧山さんのほうが、よっぽど可愛いです」
     依恋はパジャマではなく、白いネグリジェだ。シルク製でとても高級そうだった。
    「ふーん、そんなヒラヒラしたので寝られるのか?」
    「寝られるに決まってるでしょ。で、寝るとこなんだけど、紗津姫さんは和室を使って。押入れに布団があるから」
    「わかりました」
    「来是はあたしの部屋に布団を敷いて寝ること」
    「へ?」
     一瞬、言葉の意味がわからなかった。
    「何でお前の部屋なんだ」
    「そりゃだって、紗津姫さんと一緒なんてダメに決まってるし。でも他に客室はないし。しょうがないからあたしの部屋で寝かせてあげるの」
    「ここでもいいけど」
     ポンポンと腰を下ろしているソファを叩く。
    「ダメよ! あ、あんたはお客なんだから。ちゃんとしたとこで寝かさなきゃ、ホストとして恥じゃない」
    「んーなこと気にするような仲じゃないだろうに」
    「いいから従いなさい! わかった?」
     これ以上粘ってもしょうがなさそうだったので、頷くことにした。紗津姫がやたらとニマニマしているのが気がかりだった。
     午後九時を回った。
     紗津姫は持ってきた宿題をすると言って、早々と和室に引っ込んだ。もうちょっと話をしたかったがすっぱり諦めて、来是も依恋の部屋に行くことにした。
    「寝るにはまだ早いな。漫画とかある?」
    「あるわよ。来是が好きそうなのがあるかは知らないけど」
     何年ぶりかの依恋の部屋は、とても女の子女の子していた。
     階下のリビングはいかにもお金持ちらしい高価な家具で囲まれていたが、この部屋はカーテンもカーペットも花柄で、窓辺には花瓶も置かれている。とにかく可愛らしい空気で充満していた。
     そういえば昔からこんなだっけ、と来是はおぼろげな記憶を引き出していた。男子並みに気は強いが、根っこでは生活の隅々まで女の子であろうとしているのだ。
    「漫画はそこにあるから、適当に読んでいいわよ」
    「おう、あんがとさん」
     依恋はベッドの上に座ると、何やら呼吸を整え始める。
    「あんたもやってみる? ヨガ体操」
    「火を吹く練習か?」
    「意味わかんないんだけど」
     依恋はあぐらをかき、腕を広げて、上半身をくにゃっと横倒しにする。次に膝を伸ばしたまま思いきり体を前に曲げたりする。
     新体操選手のように柔らかい体に、来是は感心した。
    「毎日、そういうことやってるんだ」
    「毎日じゃなくて、もう何年もね。体全体がしなやかになって、内臓や神経だって強くなるのよ」
    「そうか、よほど美容にいいんだな」
     本棚には少女漫画しかなかった。来是はオーソドックスに少年漫画が好みだが、数冊を選んで敷かれた布団に潜り込む。いずれも恋愛作品のようで、キラキラした繊細な絵柄だ。
    「こういうので恋のお勉強をしているわけか?」
    「……参考になった試しはないわよ。現実とは違うわ」
     その後は、どちらも無言だった。来是がページをめくる音と、依恋がベッドの上で体操するかすかな音だけがした。
     やがて、時計の針は十一時を指す。
     明日は朝八時から将棋盤に向かうことになっている。そろそろ寝る頃合いだ。
    「電気消すわね」
    「ああ、おやすみ」
     消灯され、ふたりは静かに寝床に体を横たえる。
     朝から夜までたくさん頭を使った影響か、速やかに眠気が忍び寄ってきた。どうやら気持ちよく眠れそうだ。
    「……あのさ、紗津姫さんなんだけど」
     小さな声で依恋が言った。
    「先輩がどうした?」
    「どうしてもあの人のことが好きなの? 何があっても諦めない?」
     今さらな質問に、来是はほくそ笑む。
    「ああ、初恋は実らないなんてうそだって証明してやる。……でも先輩に好きな人がいるかどうかが、わからないんだよな。いたらどうしよう」
    「さっき聞いたわ。一応、今はいないって」
    「そうなんだ! やる気出てきたぞ。どんなに苦労しても、きっとあの人を振り向かせてみせる」
    「……無駄な苦労なのに」
    「え? 聞こえなかった」
    「何でもない」
    「ふうん。まあお前もさ、いい人見つけたらどうだ。恋する女は綺麗になれるぞ、たぶん」
    「……知らない」
     毛布を深く被る音がした。それっきり依恋は何もしゃべらなかった。
     そのうちに、来是もゆるやかな眠りの世界に誘われていった。
    コメントを書く
    コメントをするにはログインして下さい。