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     ☆

 瞬く間に金曜日になった。
 ゴールデンウィーク前最後の授業とあって、この昼休みはクラスメイトたちの雰囲気も明るい。あとは午後の数時間を乗り越えれば、楽しい楽しい連休なのだ。
 来是も去年までは、漫画を読みまくろうとか新作ゲームを遊び尽くそうとか、人並みにゴールデンウィークを楽しみにしていた。
 しかし今年は違う。楽しみ以上に高揚が抑えきれない。合戦前の戦国武将もこんな気持ちだったのだろうと思ったりした。
「お? 将棋の勉強か」
 浦辺が話しかけてきた。来是は紗津姫がくれた詰将棋の本を持って席を立つ。
「学食で食べながらやろうかなって。明日の決戦に備えて、少しでもレベルアップしないと」
「俺も観戦記者デビューだ。いい記事を書かせてくれよ」
 新聞部が取材するにあたっては、すでに紗津姫が大蘭高校から許可をもらってきている。浦辺も基本から将棋を勉強中というので、前回に続いていい新聞が出来上がるかもしれない。
「ところでこの前の新聞、反響はどうなんだ」
「なかなかいい感じだ。ファンがあの新聞をくれって毎日押し寄せてる。将棋云々じゃなくて神薙さんの写真だけが目当てみたいだけど」
「まあ、そんなもんか」
 将棋を広めたいという紗津姫の願いが成就されるには、まだまだ道のりは遠そうだ。しかしこうして新聞部とコネもできたし、小さなことからコツコツとやらなければならない。そのためにもまずは、明日の交流戦でいい対局を見せなければ。
「あたしが載れば、もっと人気が出るのに」
 豊かな髪の毛を掻き上げながら、依恋が口を出してくる。
「団体戦のたびにメンバーは決め直すんだろう? チャンスはいくらでもあるって」
「そうだぞ依恋。次こそ俺を負かしてみるがいい!」
「それより来是、ちょっと来なさい」
「おお?」
 依恋は来是の腕を引っ張ったかと思うと、強引に廊下に連れ出した。
「どこに行くんだよ」
「いいから付いてくるの」
 傲然と胸を張って闊歩する幼馴染。立ち込めるオーラに気圧されて、通行する生徒が皆、彼女のために道を空ける。
 入学から一ヶ月、依恋の近寄りがたい美少女ぶりは、すでに学年全体に広まるところとなっている。その自信満々な後ろ姿を見ながら、来是はわけもわからず付いていった。
 辿り着いた先は、燦々と太陽が輝く屋上だった。屋上が開放されていることは知っていたが、実際に来てみたのは初めてだった。
 依恋は手近なベンチに座った。あんたも座りなさいと隣を叩く。
「何か秘密の相談か? さては好きな人ができたとか」
「……そんなんじゃないわよ。ちょっと料理を始めたんだけどね」
「へえ」
 依恋は鞄から何やら包みを取り出す。形状からして、四角形のものが包まれているようだ。
 中身は案の定、弁当箱だった。……それも、ふたつ。
 そして依恋は片方を来是に差し出した。
「だから料理の上達に協力しなさい。食べて感想を言うこと!」
「……いや、意味不明なんだが」
「あ、あたしのお弁当が食べられないっていうの?」
「そりゃまあ、美味けりゃ食べられるだろうけど」
 上達に協力しなさいと言うからには、まだあまり美味しくないということを自覚しているのだろう。なんでそんな不完全な弁当を食べなくてはならないのか。
 しかしせっかくの食べ物を無駄にするのは、日本人としてもったいない精神に反する。それにもしかしたら、そこまで悪くないかもしれない。
「よしわかった、男は度胸だ――なんてな。さすがに度胸がいるほどまずくはないよな?」
「……」
「何か言えよ」
 一抹の不安を抱えながら蓋を開く。
 意見を言うべき箇所は、すぐに見つかった。いくつも。
「米、べちゃってしすぎ」
「う……」
「魚、焦がしすぎだ」
「うう……」
「この卵のグズグズしたのは……いかにも卵焼きをやろうとして失敗して、もうスクランブルにしちゃえって感じのやつだな」
「ううう……」
 結局、まともなのはほとんどなかった。
 ひとまず箸をつけてみるが、やっぱり味も褒められたものではない。今すぐ食堂に行って口直ししたくなった。
「これ、味見はしたか?」
「完成させるので精いっぱいだったし……」
「というか、見た目でもう悪いってわかるわけだし、普通はこういう出来になったら、人様には出せないなーとか思うもんじゃないのか」
「そ、そこまで言うことないじゃない!」
「感想を言えって言ったのはお前だろ」
 依恋はシュンとして、自分の分の弁当箱を開く。
 一口二口つまんでから、大きな溜息をついた。
「美味しくない」
「まあ、頑張れ。でも俺に食わせるのは、ちゃんと美味く作れてからにしてくれよ」
「……美味しくできるようになったら、食べてくれるの?」
 依恋の問いに、来是はしばし考えて……。
「いや、よく考えたらそんな恋人みたいな真似はやめるべきじゃないか? お前だって噂されたら迷惑だろ。俺も困る」
「こ、困るって……」
「俺が好きなのは先輩だしさ」
「……鈍すぎっ」
「ん? 小声で聞き取れないぞ」
「もうこの話はいいわよっ」
「そうか」
 来是は再び箸を動かし始める。
「って……全部食べてくれるの?」
「お前に悪気があったわけじゃないことはわかってるよ」
 昔から好き放題に引っ張り回してくれた依恋だが、一度として悪気を感じたことはない。彼女には彼女なりの接し方があるのだと、長年の経験で学んでいる。
 そんな依恋に、来是は幼馴染以上の感情はない。やっぱり肩を並べてお弁当を食べるというのはやめたほうがいいなと思った。