• このエントリーをはてなブックマークに追加
俺の棒銀と女王の穴熊【2】 Vol.23
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

俺の棒銀と女王の穴熊【2】 Vol.23

2013-08-07 18:00
    br_c_1403_1.gifbr_c_1752_1.gif

     ここで画面は彩文学園から、見知らぬ別の学校にチェンジする。
     校門前に姿を見せるひとりの女生徒。
     一度見たら忘れられない怜悧な表情、颯爽とした歩み――出水摩子だ。去年、紗津姫と戦って女流アマ名人の座を獲得したことが、例によって写真付きで解説される。
     来是の背筋に緊張が走る。どうしても彼女のことを、アマ女王の座を奪いに来る紗津姫の敵と見てしまう。
    『将棋を指しに』
     これからの予定は? と聞いたスタッフにそう答えた。
     制服姿のまま、彼女は中央線沿いにある、とある将棋センターに入った。
     来是は将棋会館以外の道場には行ったことがない。棋力認定の基準は道場によって違い、ある道場では段がついていても、余所では級にとどまることもあるという。
     出水が入ったこのセンターは、元奨励会員やアマチュア強豪が頻繁に訪れるとのことだった。
    「すげえレベル高そう……。ちょっとこういうのは行く気しないなあ」
    「あたしもそう思った」
     しばらく、出水の対局風景が映し出された。
     彫像のように微動だにせず盤を見下ろし、駒を進めるときは、ほとんど音を立てない。しっかりした姿勢で静かなのは、紗津姫とも共通する。
     だが一目感じたのは、いや確信したのは、彼女は勝負にしか関心がないということ。
     カネコ古書店での出会いを思い出す。自分たちの部活をごっこ遊びと腐した出水。今も盤に注がれる視線に、楽しさは宿っていない。ひたすら勝つことだけを考えている、まるでアスリートの目。
    『いやあ、これが本当に女子高生かってくらい強いね。プロ並みだよ』
     席主のおじさんが太鼓判を押している。センターの客は歳を重ねた男性ばかりだが、その中にひとり交じって将棋に打ち込む女子高生の姿は、ストイックでありミステリアスだった。彼女をそこまで勝負に駆り立てるものは、いったいなんなのか。
     そしてインタビューに移る……。
    『Q.もしかしてプロを目指している?』
    『ええ、アマとして実績を積んでから研修会に入るつもりで、そろそろかなと』
     ――疑問がたちどころに氷解した。
     研修会とは女流棋士の養成機関のことだ。ここに入会し、一定の成績を上げれば女流棋士になることができる。一番下のクラスに入るにも、アマ二段程度の棋力が必要だ。
     プロ。彼女はプロになろうとしている。紗津姫とは違って。
     さらにインタビュー映像が続く。
    『Q.今度のアマ女王戦に向けての意気込みは?』
    『もちろん、絶対に勝ちます。私が新しい女王になります』
     ディレクターの三宅が言っていたとおりだった。いい勝負をするのが第一という紗津姫に対し、出水はなんとしてもアマ女王を奪取したい。
     紗津姫のことをライバル視しているというのも、本当のようだ……。
     将棋フォーラムが終わり、将棋トーナメントが始まる。しかし来是も依恋もそちらには集中せず、今の特集の感想を交わし合う。
    「依恋、お前のせいで先輩の時間が削られた気がするぞ」
    「紗津姫さんの時間を削ってでも、あたしを取り上げる価値があるってスタッフが判断したわけでしょ」
    「まあ……この上ない色モノではあったな」
    「ふふん、そうは言っても可愛いって思ったでしょ? あたしもこの美少女は誰かって驚いたわ」
     この幼馴染は、どこまで自分に自信があるのやら。
    「それよりさ、あの出水って子は紗津姫さんとまるっきり正反対ね」
    「だな。まさかプロを目指しているとは」
    「要するに、アマとしての活動はステップにすぎないって思ってるわけよね」
     いかなる競技であれ、プロを目指す者はアマの期間を経ることになる。ステップにすぎないというのはその通りだ。
     だが紗津姫は、アマである自分をよしとしている。出水は、おそらくそうではないのだろう……。
    「負けてほしくないわ。あの人には女王のままでいてもらわないと」
     なぜならあなたを倒すのはこのあたし――そんな台詞が後に続きそうだった。来是はにわかに首をかしげた。
    「依恋が目指す女王ってのは、学園クイーンのことだろ? もし先輩がアマ女王じゃなくなっても、それは変わらないよな」
    「そうだけど、あんなやつに負けてほしくないの」
     いつも世話になっている先輩に負けてもらいたいとは、誰も思わない。だが、そんな当たり前すぎる感情から言っているのではない。
     来是も、そして今や依恋も、紗津姫がアマ女王であることに誇りを持っている。
     紗津姫自身はきっと、このタイトルに頓着していないだろう。それでも、他の誰にも譲ってほしくはない。それが彼女に憧れる者にとって、ごく自然な願いだった。
    コメントを書く
    コメントをするにはログインして下さい。