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話題は学園祭の出し物に移る。
「私のクラスは、おにぎり屋さんになりました。どんなメニューにするかはまだ考え中なんですけど」
「先輩の握るおにぎりなら、なんだって美味そうですね!」
「うちのD組は女中喫茶です。メイドじゃなくて女中ってのがミソですよ。いかにも大正っぽい雰囲気を目指します!」
「金子さんはどうせ、BL喫茶とかやりたかったんでしょ」
「ええ、ええ、思い切って提案しましたよ! ネタとして美味しそうってことで最後まで候補になったんですけどねえ」
と、そこで思いついたことがひとつ。
「将棋部の出し物はお客さんとの対局ですよね。もう申請しちゃいましたか」
「そろそろ、と思ってましたけど。他にいいのが浮かびました?」
「よく考えたらですね、まだ未熟な俺らと指しても、お客さんには喜んでもらえないんじゃないかと」
「はあ」
「だからいっそ、『アマ女王・神薙紗津姫に挑戦!』みたいな企画はどうですか? 当たり前のことをやったって面白くないですし!」
「へー、いいんじゃない? あたしはますます楽できそうだわ」
「いや別に、楽したいからとかじゃないですよ! 俺と先輩が並んでたら、絶対に先輩のほうに列ができるし! そしたら俺がみじめだし!」
「ていうか、去年はどうだったんです?」
金子が聞くと、紗津姫は少し答えづらそうだった。
「……ええと、どうせなら女の子と指したいっていうおじさまたちが多かったです。先輩たちが空いているのに、わざわざ私が終わるのを待ってたりして」
「じゃあ今回は、春張くんの案でやってみましょうよ! 勝ったら賞品があるといいですよね。そうだ、一緒に写真撮影とか! 先輩はアイドルデビューするかもしれないわけですし、きっとお宝になりますね」
「まあ、先輩が簡単に負けるはずないけどな」
「あ、あの、さすがに写真撮影は……。本当にアイドルみたいじゃないですか」
紗津姫は珍しくうろたえていた。しかしたったひとりでチャレンジャーを迎え撃つという企画自体は、特に反対ではないらしい。
持ち時間は十分切れ負け、勝っても特に賞品はなしなどルールを決めて、来是は紗津姫の代わりに申請書を記述していった。
「この企画、ブログでも告知しますよ! 先輩と指してみたいっていう人は大勢いるだろうから、他県から来る人だっていそうだ。人数制限しなきゃいけないかもですね」
「ふふ、それはないと思いますけど」
「……ねえ紗津姫さん、もうちょっと自分の価値を自覚したら?」
依恋の言葉に、紗津姫は反応に困ったような顔をする。
「あなたは現学園クイーンで、アマ女王なのよ。しかもアイドルのスカウトが来るくらいの人なの。ブログも評判だし、隠れファンみたいな人は、きっとそこらじゅうにいるわ。おおっぴらに自慢しろとは言わないけどさ、少なくとも自分の魅力を否定するようなことを言っちゃダメよ」
「逆にお前はおおっぴらに自慢しすぎだけどな」
「それがあたしのスタイルよ。紗津姫さんにも自分のスタイルがあるだろうけど、少しくらい自己主張したほうがいいわ」
「……アドバイスありがとう。春張くん、申請書はもういいですか? 出しに行こうと思いますので」
「あ、はい」
紗津姫は申請書を最終確認すると、それを持って静かに退室していった。
「なんでしょーねー。もしかして先輩、余計なお世話とか思ってたりするんでしょうか」
「どうかしら。でもあたしの言ったこと、間違ってないでしょ?」
「ああ。俺も同じことを思ってたし」
「……本当に先輩、将棋アイドルになるんですかね?」
「迷ってるみたいだけど、絶対なるよ。将棋普及のために、これ以上ないチャンスだからな」
了承してくれるなら、すぐにでも動きたい。伊達名人はそう言っていた。
彼は芸能界とのコネクションもかなりあるようだ。紗津姫がうんと言えば、すぐにでも大々的な発表がされるに違いない……。
「俺はその手伝いがしたい。だから先輩のネットでの評判をもっと盛り上げたいんだ。そしてミスコンに出る気になってもらいたい。自分にはアイドル性があるってことに気づいてもらうために」
「なに、ブログを始めたのってそれが理由だったの」
「まあな。先輩にはナイショだぞ」
「紗津姫さんにミスコンに出てもらいたいのはあたしも同じだから、別にいいけどさ。次の戦略はあるの?」
「動画を撮ろうと思うんだけど、内容をどうするかだな」
ほどなく紗津姫が戻ってきたので、ミスコン云々は伏せて動画撮影について話し合うことになった。
「ただ将棋の解説とかじゃ、面白くないっすよね」
「では、どういうのが?」
「紗津姫さんがトークしているだけでいいじゃない」
「……それはかまいませんけど、将棋以外の話では意味がないですよ」
「んー、そうすると私たちじゃ、トークの相手としては力不足ですよねえ。知識も実績も全然違いますし」
確かに一山いくらの将棋部員にすぎない自分たちでは、視聴者の注目を集めづらいだろう。とはいえ知識と実績で紗津姫とタメを張れるような人は……。
「あ、いるじゃん。ちょうどいい人が」