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俺の棒銀と女王の穴熊〈4〉 Vol.15
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俺の棒銀と女王の穴熊〈4〉 Vol.15

2014-01-25 13:00
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         ☆

     紗津姫の私服を眺めることは、来是にとってベスト3に入るほどの幸せである。
     週末になり、またしてもその機会に恵まれた。とある繁華街の駅前に降り立った来是は、隣に並ぶ紗津姫の清楚な白ブラウスを存分に目に焼き付ける。せわしない雑踏の中、彼女の存在は都会のオアシスと呼ぶにふさわしかった。
    「そ、そろそろ本格的な秋ですねー」
    「春張くんは食欲の秋、ですか?」
    「そんな感じです。先輩は?」
    「私は読書ですね。美しい日本語の作品をたくさん読みたいです」
     これがデートだったらどんなにいいか。そう思わずにいられなかった。
     しばし適当に雑談を交わしていると、彼女はやってきた。
    「紗津姫ちゃん、お待たせー!」
     ぶんぶんと手を振りながら駅のホームを抜けてきた少女――出水摩子。無地の黒い長袖とジーンズパンツは紗津姫とはまるで対照的で、だからこそふたりが並ぶと絵になっていた。
    「こんにちは、摩子ちゃん。今日はよろしくお願いします」
    「こっちこそ! ……えーと、あんたは春張だっけ」
    「そうっすよ」
     出水は紗津姫以外の人はろくに興味がない。名前を覚えてもらえただけでもよしとするべきだろう。
    「あんたにしては、いい企画を思いついたじゃない。私が紗津姫ちゃんと将棋トークできるだなんて、嬉しいわ」
    「どーも。んじゃ、行きますか」
     紗津姫のトーク相手は出水がいいのではないかと提案すると、紗津姫は喜んで連絡を取り、出水もまた即OKした。
     依恋は自慢のボディのエクササイズがあるから付き合えないといい、金子も実家の古書店の手伝いがあるそうで、動画撮影については来是に一任された。しかしあまり大人数でもなんなので、好都合だ。……出水のことは正直、まだちょっと苦手だが、しっかり撮影役の務めを果たさなければならない。
     出水の先導で歩くこと十分ほど。一行は落ち着いた外観の喫茶店に到着した。
    「紗津姫ちゃんのこと話したら、大歓迎だって言ってたわ。美味しい紅茶をごちそうするって」
    「まあ、それはありがたいですね!」
     どこでトークするかの問題は、出水の発案であっさり解決した。
     彼女の師匠である山寺行成八段の奥様、高遠葉子女流四段が経営する「将棋カフェ・タカトー」を提供してもらうことになったのだ。数年前から経営しているらしいのだが、将棋と喫茶店という聞き慣れない組み合わせは、来是の好奇心を刺激するのに充分だった。
    「いらっしゃい」
     ドアベルの音とともに、しっとりとした声が迎えてくれる。穏やかに歳を重ねた婦人という印象の高遠女流が、風情ある色合いのテーブルを磨いていた。
    「高遠先生、はじめまして。神薙紗津姫と申します」
    「は、春張来是です!」
    「高遠です。ブログ、毎日見てるわよ。本当に若いっていいわね」
     来是はキョロキョロと店内を見渡す。どんな店かと思っていたが、立地もいいし暖かみのある内装だし、本格的な雰囲気。少なくとも片手間にやっているような店ではないことは明らかだ。
    「これ、副業ってやつですか? プロ棋士ってそういうこともできるんですね」
    「棋士はサラリーマンじゃなくて個人事業主だから。決められた対局以外は、基本的に何をやったっていいのよ。勝負の世界に限界を感じたこともあって、普及のほうに軸足を移そうとこの店をはじめたの。お茶を飲みながら気軽に将棋を指せるっていうのがコンセプトでね」
    「へえ。プロがやってるお店なら、将棋ファンがたくさん来るんでしょうね」
    「そうでもないのよ。プロと言ったって、男性の棋士と比べたらたいして知名度もないし、苦労の連続だったわ」
    「そ、そうなんですか……」
     悪いことを聞いてしまったかもしれない、と思っていると高遠はにこやかな笑顔を作った。
    「でも最近になって、ようやく客足も安定してきたわ。将棋を覚えたての女性が多くてね。誰それのファンだとか、この戦法が好きだとか、こっちが驚くくらい元気におしゃべりしながら指してるのよ」
    「先生たち女流棋士の地道な活動が、実を結んできているんですね」
    「この調子で、もっともっと盛り上げたいわ。その鍵を握るのが摩子、あなたよ。久々の大型新人としてみんな期待してるんだから、さっさとタイトルを獲るくらいになってちょうだい」
    「ええ、任せてください」
     大型新人というのは来是も納得だった。何しろ絶対女王の紗津姫と互角の実力と美貌を持つのだから。ただ出水は、自分に求められている役割をはっきり自覚しているらしい。このあたりは紗津姫と違うなと思った。
    「じゃ、紅茶を用意するわ。リラックスして収録してね」
    「ありがとうございます。春張くん、準備してくれますか?」
    「はい!」
     来是は父親から借りたデジタルビデオカメラを取り出し、自分たち以外は誰もいない店内をぐるっと映してみる。高遠の好意により、開店前の時間を使わせてもらっているのだが、他の客に気を取られることがないのはありがたかった。
     卓上一寸盤がセットされたテーブルに、紗津姫と出水が隣り合って座った。出水はやたらに密着して、そこはかとなく百合百合しい空気が発散されていた。
    「準備できました。スタートしていいですか?」
    「ええ、はじめましょう!」
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