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『王手桂香取り!』第3巻のレビュー、最終回です。この章タイトルが、現実となればいいのですが。
最終局 終わらない 続いていく
プロ入りを決意した歩。来たる奨励会受験に向けて、桂香の推薦もあって大橋名人への弟子入りを志望します。
そう、将棋のプロになろうと思ったら、師匠が必要です。師匠というと、親身になって細かく技術や業界の作法などを教える人を想像しがちですが、将棋界では必ずしもそうではなく、単なる身元保証人程度の師匠もいます。
では大橋名人はどうか。第二局において、彼の弟子に対するスタンスがすでに語られているのですが、まさに棋士の模範ともいうべき素晴らしいものです。現実の棋士たちもこうだったらいいなあと思ったりしました。感銘を受けた歩は、是が非でも大橋名人の弟子入りを目指し、ついに試験対局の日を迎えます。
もちろん試験将棋だからハンデ戦です。歩が持ち時間60分に対し、大橋名人だけ10秒将棋という、それは過酷なハンデ。将棋ウォーズをやっている人なら、10秒将棋の怖さは身に染みて知っているでしょう。
そうして対局が始まるのですが、いきなり将棋ファンならニヤリとさせられる展開に。
大橋名人は、対居飛車穴熊の戦法を使ってきた。後手の右側にある桂馬が、すでに7三桂と跳ねている。
これは藤井システムのことです。簡単に説明すると、最強の堅陣である穴熊を、穴熊に組ませる前に攻略するという戦法です。藤井猛九段が開発したことからそう呼ばれるのですが、実在の棋士の名前を出すわけにはいかないから「対居飛車穴熊の戦法」。ファンは藤井システムと読み替えましょう(笑)。
ハンデがあるとは言え相手は最強の名人、歩は苦戦を強いられます。何か妙手はないかと悩む彼の脳裏に、将棋の歴史に残る妙手の数々が思い浮かびます。
寄せのスピードを段違いにはやめるために、一見タダで取られて終わりに見える7七に桂馬を打ち込んだ一手。やはり一見するとタダで取られるだけの手に見えて、実際には敵玉の逃げ道を塞ぎ詰めろをかけていた5二銀の一手。絶体絶命と思われた局面から、詰めろ逃れの詰めろをかけるために持ち駒の銀を6六に捨てた一手。
将棋ファンにとってはまさにフルコース。1つめは1996年の竜王戦・谷川九段の7七桂、2つめは1989年のNHK杯・羽生五段の5二銀、3つめは2012年の王座戦・羽生二冠の6六銀のことですね(肩書きは当時)。5二銀は特に有名で、検索すればいくらでも動画が見つかります。もっとも、対局相手だった加藤一二三九段は「妙手ではなく当たり前の一手」と言っていますが。
はたして歩は妙手を見つけて、大橋名人に勝利できるのか? それは実際に読んで確かめてみてください。
さて、試験対局が終わり駒娘たちとなんだかんだやりとりしたところで、最後に記されたのは……「第一部 完」。
さらにあとがきを見る限り、どうもこの『王手桂香取り!』というシリーズは一区切りついてしまうようです。まだ出ていない駒娘もいるのに! もしかして、あんまり売れ行きがよくないのでしょうか。そうだとしたら、あまりにも悲しい!
将棋が題材という、まさにラノベ界に放たれた新手だけに、ここで終わってしまうのは惜しい。何が何でも第二部を始めてもらいたいものです。