「ROOMIE」では、今後「都市と地方都市」それぞれの暮らしについて考える記事企画を準備中。その企画に先駆けたトークイベント「ぼくらがここに住む理由」が9月25日、ビールが飲める本屋として話題の下北沢の人気スポット本屋 B&Bで開催した。

神奈川県逗子市を拠点に夫婦出版社「アタシ社」を営むミネシンゴさん、日本と台湾を行き来しながら日台を繋ぐカルチャーマガジン『LIP』を製作する田中佑典さんに、ROOMIE編集長である武田俊が話を聞いた。その模様をレポートする。

リアリティーが増して来た「一カ所に絞らない住み方」。そのケーススタディーとして

武田俊

武田俊(以下、武田):今回のトークテーマは「ぼくらがここに住む理由。」ですが、僕自身も仕事を別にすれば「東京にいる理由ってあったっけ?」と考えることがあります。僕は散歩が好きで、18歳で東京に来てから同じ区に住まないようにしているなどのこだわりを持って来ましたが、今ROOMIEとしての興味関心は「一カ所に絞らない住み方」にあります。

震災以降、移住や二拠点生活が話題となっていますが、とはいえ正直今すぐ実行するのは難しいのが現状ではないでしょうか。ただ、最近はこれまで以上にそうした生活にリアリティーを持てるようになって来たとも感じていて、再来年や五年後には今の場所にいない気もしています。そうした過渡期的なタイミングである今、逗子に住むミネさんと、台湾と日本を行き来する田中さんにお話を聞いてケーススタディーにできればと思っています。

逗子に住む理由

ミネシンゴ

ミネシンゴ(以下、ミネ):僕はもともと東京で美容師をやっていたのですが、立ち仕事でヘルニアを患ってしまい、座り仕事ができる出版社で編集者として美容業界紙を作っていました。でも、25歳の時にヘルニアが治り、ゼロから美容師を始めようと考えたのですが、東京にあまりにも美容室が多すぎることが引っかかったんです。ただでさえスタートが4年遅れて技術的なアドバンテージもないのに、渋谷には全国選抜の美容師がたくさんいる。正直、全く勝てる気がしなかったので、ライバルが少ないところでひと旗上げようと考えたんです。

武田:そこで逗子を選んだポイントはなんだったのでしょうか?

ミネ:横浜出身ということもあり、神奈川県民として海の近くに住みたいという思いがあったんです。その上で文化もあって、新宿まで一時間で行ける場所となると、自然と湘南に行き着くんです。当時新丸子に暮らしていたのですが、美容師の頃は給料が手取り13万円で家賃が6万円くらい。月1万円の食費で、毎日うどんを食べていました。でも、逗子の端っこだと同じ6万円で2DKが借りられたんです。その頃から、仕事至上主義から生活至上主義に変わっていきましたね。

武田:実際に逗子に住んでみてどうでしたか?

ミネ:とにかく生活コストが下がりましたね。それでいて海の近くに住める楽しさがある。夏は朝起きたらシャワー浴びて、とりあえず海に入りに行っていて、それが本当に気持ちよかったです。東京で美容師をやっていた頃はテクノばっかり聴いていたけど、鎌倉に移り住んでから全然聴けなくなって、ジャック・ジョンソンとかハワイアンを聴くようになりました(笑)。そんな風に、環境が変わったことで自分が変わっていくのは強く感じましたね。

田中佑典(以下、田中):あー!その頃、ミネさんと久しぶりに飲んだら「田中くんなんで夜にお酒飲んでるの? これからは朝だよ! もう帰るよ!」って言われましたねそういえば(笑)。その後ミネさんの家に泊まりに行った時、朝起きたらコーヒーの匂いがするんですよ。ええっ!? ミネさん変わった!と思ったのを覚えています。

台湾と東京を行き来する理由

田中佑典

田中:僕はもともとアジアがすごく好きで、大学の頃に中国に行ったりタイを行ったりしていたんです。

ミネ:でもバックパッカーではないよね。

田中:違いますね。超日本人なので。そもそも旅行もそんなに好きじゃない(笑)。それなのに台湾に惹かれたのは「なんて日本なんだ」と思ったからですね。台湾でとあるカフェに入ってコーヒーを飲んでいたら、日本語を話せる現地の人たちがいたり、マガジンハウスの雑誌が並んでいたり、流れている音楽は渋谷系だったりして「日本にいるみたいだな」と思って、外に出るとそこには圧倒的なアジア感がある。その緩急にやられましたね。

武田:確かに。台湾はパラレルワールド感がすごいですよね。日本語は通じるけど、風景は完全にアジア。それでいて看板は漢字だからなんとなく読めるっていうバランスが面白い。

田中:ビジネス的なところでも、当時の台湾は「女子旅」的なニュアンスでしか注目されていなかったんです。でも僕の場合は当時から雑誌を作っていたから、カルチャーの部分でつなげることができるし、その一番手になれるんじゃないかと思ったんです。それがきっかけですね。

それでも台湾に住まない理由は「恋愛と一緒」

武田:でも田中さんは今も荻窪に住んでいるわけですよね。台湾に住まない理由は何なのでしょうか?

田中:月に一回か二回は行っているので、自分でも「住めばいいじゃん」って思うんですけど、恋愛と一緒なんですよ。人ってどんなに好きでもずっと一緒にいたら飽きちゃう。距離が大事なんです。「住めば都」と言いますが、住むと「生活」になってしまう。僕は「稀人」という言葉を大事にしていて…

武田:外部の視点があるからこそ、そこの真実が見れるっていう、折口信夫による言葉ですね。

田中:そうです。それにヨーロッパの場合は住まないとコスト面でも割に合わないと思うんですけど、台湾は近いから行き来できちゃうんです。

武田:じゃあ、荻窪に住んでる理由は?

田中:それ、今回のイベントにあたり考えたんですけど、本当に何もないんですよ(笑)。

ミネ:そんなに台湾に行くなら、羽田とか成田の近くに住めばいいんじゃない。名前もかっこいいし、天空橋とかは(笑)?

朝と夜を過ごすことで街がわかる

武田:ミネさんは東京まで一時間で通える距離に住んでいるわけですが、逆にそれなら東京の周縁に住んで、週末に海辺に出向くという暮らしもありだと思いました。そうしなかった理由は何なのでしょうか?

ミネ:それは海の近くで朝と夜を過ごすためですね。海に限らず、街を知るには、朝と晩を過ごさないとダメだと思っています。

電車の通勤時間は豊かな時間(ただし、座れれば)

ミネ:そして逗子は始発駅だから絶対に座れるんですよ。もしかしたら、それは逗子の最大のメリットかもしれないですね。鎌倉は座れないので。座りっぱなしで東京駅や渋谷駅どちらにもジャスト一時間で行けてしまう。この差は大きいです。しかも座れるということは、その一時間は電車が図書館になってしまう。読書がすごく捗りますよ。最近はもっぱらNetflixを観ていますが(笑)。

武田:なるほど。僕は今世田谷に住んでいるのですが、ストレスの面から電車に乗る時間を極力減らしたくて、都心に引っ越そうと思っているんです。でも、電車に乗る時間が減ると、普段の生活で読書時間を作るのが難しくなってくるとも感じていて「座れさえすれば長距離の電車移動は豊かなのかもしれない」と考え始めていました。それが逗子だと叶えられるということですね。

ミネ:30分ぎゅうぎゅうの電車に汗だくで乗るよりも、1時間座って本を読んだりしながら電車乗ったほうがいいですよ。鎌グリ族という人たちがいるのですが、彼らは仕事を終えて東京駅からグリーン車に乗って帰宅するんです。毎日グリーン車でビールを飲んで、足伸ばしながらメールを打ったりして帰りの時間を過ごしている。そこには都心に住むのとは違った効率性があると思います。

30代になって見えて来た、自動車の豊かさ

武田:そんなに逗子に満足しているのに三崎に引っ越すそうですね。その理由は?

ミネ:はい。11月から移住をしようと思っています。メディアの露出などで鎌倉・逗子が消費され始め、雑音が増えたというのが大きな理由ですね。三崎の銀座商店街というメインストリートに家賃2万円で事務所を構え、土地70坪、建坪24坪の平屋を6万8千円で借りて自宅にします。これは逗子鎌倉ではできない金額です。

武田:意地悪なようですが、毎月かかる交通費はどれくらいですか?

ミネ:多分3万円くらいですね。家賃に足しても12万円弱です。

武田:車とかバイクは持っているんでしたっけ?

ミネ:両方持っています。

武田:なるほど。それならどこでも行けちゃいますね。僕は20代の頃、車を持つライフスタイルは東京では必要ないと思っていたのですが「混雑している東京では、小さな子供を連れて電車に乗れない」という理由で車を持つ友人が増えてきて、週末に脱出するための乗り物としての車の豊かさを近頃感じています。でも、都内では駐車場代で4万円くらい家賃と別にかかってしまう。それが地方なら大きな負担にならないというのは大きいですね。

僕、人生をかけてでも天使になりたいんですよ。

ミネ:ただ、三崎も長く住もうとは思っていないんです。今は性に合っているというだけで。

武田:そうなんですか?

ミネ:先ほど田中くんが稀人について話していましたが、僕も完全にそこの人間になるのでなく、東京と上手く付き合うことで稀人化してコトを起こしていきたいんです。鎌倉逗子にはそういう人たちがたくさんいるので、そういう人がいない三崎に行くという部分もありますね。それと同時に生活コストが下がれば最高じゃないですか。

田中:そう、人生って役割なんですよ。僕も自分の役割ってなんだろうなと最近がすごく考えていて。僕、人生をかけてでも天使になりたいんですよ。

武田:天使? どうしたんですか(笑)?

田中:いや、マジメな話、天使的な存在になりたいんですよ。稀人のハイパーバージョンは天使だと思っていて。天使ってどこかからやって来ては幸福を持ってくる、新しいことを運んでくるみたいな役割じゃないですか。

武田:
なるほど。

田中:それと、仕事において「オン」と「オフ」という考え方があると思うのですが、僕は東京にいる自分は全部オンだと思っていて。じゃあ何で区切るかというと、それは「移動」。僕は台湾では中国語を、福井では福井弁を話すのですが、それぞれの言葉を喋っているときの僕は全然キャラクターが違っているんですよね。言語によって思考が変わる。それが大きな区切りだと思っています。だから移動するのかもしれないですね。

ミネ:田中くんの中で一番天使の人って誰? 高城剛さんは?

田中:言われてみると高城さんはそうかもしれないですね。僕はそれを天使と呼んでいるけど、彼はハイパーメディアクリエイターと呼んでいるみたいな。

武田:話もまだまだ盛り上がっていますが、今日はそろそろお時間ということで、続きはこの後の打ち上げに参加される皆さんと話しましょう。今後ROOMIEは、こういう実践者たちの話を聞きながら、記事を通して未来の実践者とつなぎ合わせるコミュニケーションハブのようになりたいと思っています。ぜひ二人にも記事を書いていただければと考えていますので、ぜひご期待ください。

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