演劇や音楽のプレイヤー、ファッションや文学好きに愛されつづける街、下北沢。

同時に、この街はお店のテナントや、景色の移り変わりが早い、「再開発の街」でもあります。

2003年には大型の道路を通すことが発表され、反対運動が激化。変わりゆく街の様子はドキュメンタリー映画になるほどでした。

筆者も上京して10年、4年間下北に住んでいたこともありましたし、今でも自転車ですぐに行ける距離に住んでいます。

街が開発されていき、便利に新しく綺麗になっていくのは良いことですが、どこか寂しく、前のままでも良かったのにと思うこともあります。

そんな移り変わりの早さと、根強い「らしさ」を持ち合わせる下北沢の商店街で、32年間営み続ける老舗の理髪堂がありました。

その名も「BAD-NICE」。変わりゆく街で長く続けることをどう感じているのか? そして、これからも変わりゆく街でどうしていくのか?

2代目代表、新井さんに聞きました。

決めたことは、「変わらない」こと

実はBAD-NICEは筆者自身が通っている理髪店でもあります。

美容室で髪を切るのが当たり前のようになった世代の筆者にとって、大人になってからいく理髪店は新鮮でした。

顔剃りの気持ち良さや、ポマードでカッチリとセットされた7・3スタイルの髪型に痺れたのです。

さて、創業以来32年間、下北沢の商店街の一角で営業し続ける「街の理髪店」として、当たり前のように存在し続けるBAD-NICE。

新井さんは2代目として、元の代表から店を譲り受けました。

カウンターにはたくさんのレコード。ジャズが多い

店内は落ち着いた雰囲気でクラシカルな印象。1980年代の創業当初も目新しかったチェックの床も、そのまま使われています。

新井さんは2代目として店を任された時に決めたことは、「変わらない」ことだったと言います。

なるべくお店の雰囲気、空間を残しながら営業をしていく、と。

古いモノは維持して使い続ける

たとえば、店内の作業椅子はだいぶ年期が経っていますが、こちらも創業以来、使用している「KURASAWA」の椅子。

しかし、リペアしようにも、もうパーツは売っていません。

そのため、新井さんは自ら金物工場にオーダーメイドでパーツを作ってもらい、修理して使い続けているそう。しかも、幾つかの工場に頼んで出来を比較しているほどのこだわりよう。

「新しいモノにしようとも思ったんですが、やっぱりこれ以上にお店にしっくりくる椅子が中々ないんですよね。

手はかかりますが、直して大切に使い続けていますよ。」

他にも、外に置いてある青赤白の三色がくるくると回る目印のポール。

最近は美容室が一般的になってきて街で目にする機会も減ってきていますが、こちらも当時のまま使い続けているのでしょうか?

「いえ、コレは一度トラックに突っ込まれて壊れちゃったんです。でも、修理して使い続けていますね、結構お金もかかったんですけど……。

ただ、新しいモノを買うという発想はなかったですね。やっぱりコレじゃないと落ち着かないし、自分も気に入っているので……。」

もしや、理容師としての仕事道具にもこだわりが……? と思い、大切な仕事道具であるハサミも見せてもらうと、これもやはり!

新井さんが使っているのはナルトシザーの「ハイネッタ」というハサミだそうですが、こちらももう生産していない型。

同じモノのストックを何本もお持ちで、メンテンスしながら使い続けているそう。

「新しいハサミが出た時にはとりあえず使ってみるんですが、なんかしっくりこないんですよね。

やっぱり自分が気に入ったモノを使って仕事がしたいので。」

古臭いことと、トラディッショナルであることは違う

古いモノを愛用し続けるという視点で店内を見回すと、置かれているモノたちは、確かに古いモノが多い印象。

しかしながら、どうしたことか、どれも全く古臭くはないのが不思議です。

「古臭いことと、トラディッショナルであることは違いますから。

理髪店はお客様が清潔になって帰っていただく場所なので、店内も常に清潔に保って使い続けることが大切です。」

たしかに、作業椅子も新井さんのハサミも、ポールも床も、どれも綺麗な状態で保たれています。

古くても古臭くならず、「現役のトラディッショナル・アイテム」として当たり前のように使い続ける。

それは抜かりない管理とメンテナンスの賜物のようで、強い愛情を感じます。

「そういうことが積み重なって、自然とお店のスタイルになっていったんだと思っています。」

だからといって「新しさ」に排他的にならない

「もちろん新しい文化も取り入れていますよ。このお店の雰囲気とスタイルに共感して、若いスタッフも入ってきてくれるし、お店のSNSを作って更新したりね。

それがキッカケで新規の若いお客様が顔を出してくれるようになったのも嬉しいですよ。長くお店をやっていると常連さんが多くなってきますけど、新しいお客様は大歓迎ですね。」

お店の雰囲気にマッチする、新しい人やモノ・コトはどんどん吸収しつつも、BAD-NICEとしての「変わらないトラディッショナル」はブラさない。

どうしてもSNSに価値観を翻弄されてしまいがちな現代において、このスタンスは一つのフィロソフィーのように感じられます。

理髪店は友達よりも近い存在になり得る

再開発で変容する下北沢で続けることに対して、思っていることを伺っても、新井さんの姿勢は変わりません。

「確かに周囲のお店が変わっていくことに寂しさを感じることもありますよ。

だけど、この街がどう変わろうと、ウチは変わらない存在ですから。」

「理髪店って、友達よりも長く、頻繁にその人と顔をあわせていることもあって。

長い人だと何十年と通い続けてくれている常連さんたちがいるんですけど、その方達も多い人だと1~2週間に一回のペースでお店に来てくれるんです。」

「でも、もちろんお客様なんで適度な距離感があって、最近なにかありました?みたいな会話を毎回するんですけど、これって理髪店ならではの心地よいコミュニケーションの時間で。

もはや、そのお客様のルーティーン、生活の中の当たり前なんです。」

美容室とは違うところもあるからこそ、変わらないことが大切になってくるんですね。

コアは変えない。それが未来への挑戦

店内のアイテムはどれをとっても古ければ良いという安直な話ではなく、気に入ったモノをしっかりとメンテナンスし、アップデートして未来に使いつないでいくことが大切にされていました。

それは、なんでもかんでも新しく作り直す、古くなったら買い換えることが当然になっている現代の中で、時代によって外側は新しく変わっても、自分らしさやスタイルのコアは変えない、そんな未来への挑戦のように感じられます。

めまぐるしいスクラップアンドビルドが行われる下北沢で、理髪堂BAD-NICEで髪を切る時間に、変わらない安心感があった理由はここにあったのかとお話を伺って気づきました。

「また気軽に髪切りに来てくださいね。」

帰り際、新井さんとスタッフの皆さんが、そう声をかけてくれました。

鏡をみたら、結構髪が伸びていて、また近々BAD-NICEに足を運ぶのが楽しみになったのでした。

理髪店BAD-NICE公式サイト

構成・編集:野田翔
写真:持田薫

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