佐々木俊尚氏のブロマガを担当しているライターの斎藤です。2012年12月18日、アマゾン社の電子書籍端末「キンドル・ファイアHD」が、いよいよ日本でも発売されました。アメリカの出版市場を大きく変えた「キンドル」が日本に本格上陸したことで、「日本の出版市場も大きく変わるのではないか」との声が出ています。一方で、これまでソニー、シャープなど有名メーカーが電子書籍端末を発売してきたにも関わらず、日本では一向に電子書籍が普及していない現状から、「キンドル」でも日本の出版市場を変革するのは難しいと指摘する人も少なくありません。

たとえば、ジャーナリストの山田順氏は「キンドルが売れないこれだけの理由」http://toyokeizai.net/articles/-/11724)という記事の中で、「電子書籍化される新刊タイトルが少なすぎる」「小売価格をアマゾンが決めることができない」などの理由を挙げて、キンドルが日本で失敗すると主張しています。

そんな「キンドルは売れない」説について、どう思うのか。IT業界に造詣の深い佐々木俊尚氏に質問してみました。以下は、佐々木氏からの回答になります。

■「キンドル上の自費出版」が新人の宝庫に

クラウドをベースにしてキンドルリーダーやiOS、Androidの各種タブレットとスマートフォン、さらにはPCやブラウザなどマルチデバイスで読めるインタフェイスは、今のところ他の電子書籍プラットフォームと比較しても圧倒的です。この使いやすさが日本の旧来型の読者層にも認められれば、キンドルは一気に普及してくるでしょう。

キンドルが普及すれば、長期的には日本の電子書籍の世界に新たなエコシステムが形成され、アメリカと同じように大きな市場になっていく可能性があると思います。しかしそこでつくられる市場は、旧来の紙の本の市場とはかなり違う様相になるでしょうね。おそらくはセルフパブリッシング(自費出版)を使った新しい作家がたくさん現れてくるのではないかと私は予想しています。

キンドルのマイナスの要因としては、価格と品ぞろえがあります。これは他の国産プラットフォームも同じマイナス要因を抱えています。

価格に関しては、出版社がアマゾンに卸値で卸し、アマゾンが勝手に値付けするホールセールモデルではなく、出版社が価格設定権を持つエージェンシーモデルで販売されている以上、今後も下がらないでしょう。ただ再販制が適用されない電書にエージェンシーモデルを適用するのは独禁法上どうなのか?という疑問もあります。

また品ぞろえに関しては、今後は新刊本はほとんどが電書化されていくでしょう。過去本にかんしては著者との間で二次使用の契約が結ばれていないことや、そもそもテキストデータを出版社が持っていないことなどから、電子化はなかなか進まないのではないかと思います。

このような背景事情がある以上、価格も品ぞろえも、アメリカのような「安い値段で豊富な品ぞろい」にはなかなかならないでしょうね。読者が期待するほどには一気には事態は進まないと思います。

ただ今後は、先ほども書いたようにKDP(キンドル・ダイレクト・パブリッシング=キンドル上の自費出版システム)を使ったセルフパブリッシングが隆盛になると私は考えています。すでにアーリーアダプタ層の間では、KDPセルフパブリッシングがプチブーム状態になっています。この分野で一気に価格破壊が進み、品ぞろえも豊富になっていって、既存出版社を中抜きするかたちで電書ブームがやってくる可能性はあるでしょう。既存のベストセラー作家などがKDPに参戦してくれば、一気に突破口は開かれるでしょうね。

また電書では分量の短い「シングルス」とよばれる電書が好まれる傾向がアメリカでは起きているようなので、日本でも5000~1万文字程度の短い書籍を200~300円の安価で販売するモデルも流行るでしょう。

上記のような理由で、山田順氏の「キンドルが売れない」も乗り越えられる可能性があるのではないかと私は考えています。