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イチローの誤解  天才・猛練習・小さな体の虚実
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イチローの誤解  天才・猛練習・小さな体の虚実

2014-05-24 22:06
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イチローの誤解  天才・猛練習・小さな体の虚実

 

数々の誰も成し遂げることができなかった偉業を達成しているのがイチローだ。日本時代の7年連続首位打者獲得、メジャーリーグ記録である10年連続200本安打、1シーズン最多の262安打など歴史に名を刻み続けている稀代のアスリートだ。

 

この様な圧倒的な実績と個性的な言動、スマートな容姿から情報がひとり歩きしイチローは常人とはかけ離れたイメージを持たれているかもしれない。

 

イチローのイメージとして思い浮かぶのが、天才、猛練習、小さな身体だ。日本時代はライバル不在で、首位打者獲得は当たり前と思われる程の卓越した成績を残していた。個性的な振り子打法、スマートな言動やふるまいと相まって天才の称号を得ていた。

 

また、影の努力、猛練習が天才を支えているとも言われていた。バッティングマシーンに向かえば、3時間、4時間と練習を続ける姿は、他のプロ野球選手からも驚きの声があがっていたのだ。

 

これら天才、猛練習を引き立てるのがイチローの容姿だ。高校時代にそのような華奢な身体ではプロで通用しないと言われていたように、イチローの見た目は非常にスマートだ。180センチ、77キログラムと一般人と比べ背は高いが体重は同じ身長の平均的な一般人と変わらないだろう。

 

この様に、「天才・猛練習・小さな身体」は多くの人が思い描くイチローのイメージだが、実際のイチローの姿ではないのだ。ここには、多くの誤解が生まれている。

 

まず、天才だが、天才の定義とは、辞書で調べると「生まれつき備わっている、並はずれた才能」と書かれている。並はずれた才能を野球で言うと、反射神経、動体視力、などが当てはまるだろう。もし、イチローが天才であったならば、生まれつきの反射神経、動体視力で、どんな球でも打ち返していることになる。これらの技術では埋めようのない才能が他のプロ野球選手との差を生んでいるとも言える。

 

しかし、実際イチローが他のプロ野球選手に比べ、高い確率で球を打ち返すことができるのには、明確な理由が存在するのだ。

 

振り子打法の生みの親とも言われている、元オリックス二軍打撃コーチの河村健一郎氏は以下の様に語っている。

 

「私から見れば、イチローにあってほかの打者にないものは、どんな変化球にもタイミングを合わせられる能力だと思っています。普通の打者にはタイミングが3つしかないが、イチローには5つある―私はこんな表現をよく使います。

 

インサイドに速球を投げ込まれたあとに、外側にチェンジアップやカーブのようなゆるい変化球を投げ込まれると、大半の打者はタイミングを合わせることができません。つんのめるようにして空振りしてしまいます。イチローはこんな攻め方をされても、高い確率でタイミングを合わせることができます。タイミングが5つあるというのは、このことを指しているのです」

 

この様に、イチローは他の打者が対応できない投球パターンでも打ち返すことができるために高い打率を安定して残せるのだ。生まれつきの反射神経や動体視力で打ち返しているのであれば、確かに天才と言えるだろうがそうではないのだ。 

 イチローがこの様な投球パターンを打ち返すことのできる理由は2つ存在すると河村氏は言う。

 

「理由は2つあります。1つは0.05秒のためがあることです。イチローは1、2、3だけでなく1、2の~3でも打てるからです。それが可能なのは、右足が前に移動するときすぐにつま先に体重が乗らず、拇指球(足の親指の付け根のところ)のところで一瞬待っている感じがあるからです。これが私の言う0.05秒のためです。遅い変化球にもこれがあるから、なんとかタイミングを合わせることができるのです。

 

タイミングを外す変化球に強いもう1つの理由は、体重が前に移動してもイチローのグリップは最後まで残っていることです。イチローは完全にタイミングを外されたように見えても、あとからバットが出てきてヒットにしてしまうことがよくありますが、これはグリップが最後まで残っているからできることなのです」

 

この様に、イチローが他のプロ野球選手と比べて高い打率を叩きだすのは技術的な裏付けがあるのだ。決して、生まれつきの並はずれた才能が結果を生んだわけではない。天才の定義が辞書の言う通り「生まれつき備わっている、並はずれた才能」であれば、イチローは天才ではないと言えるだろう。投手の投げる球をいかに打つかを考え尽くし、技術を磨き続けた職人なのだ。天才ではなく、野球界の匠と言えるかもしれない。

 

次に猛練習についてだが、イチローの専属打撃投手となり、日本プロ野球最多210安打に貢献した奥村幸治氏の言葉を紹介する。

 

「奥村さん、あの人はこれから絶対に成績が下がりますよ。だって練習のしすぎですからと言うのです。するとイチローの予言通り、シーズン前半には三割をキープしていたその選手の打率は、夏場に差しかかるとみるみる下がり、ついに九月には二軍落ちしたのです。

 

一方、一軍に定着してからのイチローは、シーズン中の試合以外でバットを握るのは、試合前のバッティング練習のときだけでした。試合前のバッティング練習なんてわずか5分で終わっていまいますが、それ以外は決してバットを振り込もうとしないのです。そんな選手が、オリックスの中でもイチローだけでした」

 

この様に、イチローはオリックスの中でも一番練習量の少ない選手だったのだ。猛練習とはかけ離れたわずか5分ほどのバッティング練習しかおこなっていないのだ。イチローが猛練習しているイメージは間違っていると言えるだろう。

 

他の選手が行うシーズン中の過度な練習は技術向上というよりは、不安解消のためだと奥村氏はイチローに言われたのだ。

 

「イチローによれば、多くの選手がスランプに陥ると、急に練習量を増やしたり、バッティングフォームの改造に取り組んだりするのは、技術を伸ばしたいというよりは不安だからという理由の方が大きいとのことです。こういう部分を伸ばしたいという明確な目的があるわけではなくて、焦りから練習をしているケースが多いのです。不安なので、練習をすることで自分を安心させたいわけです。でも明確な目的があるわけではなく、焦りからくる練習をいくら重ねても、技術的な成長には結びつきません」

 

イチローはやみくもに練習するのではなく、なんのための練習かを常に意識しているため、シーズン中はバッティングフォームの確認、微調整にとどめ、練習は控えめにし試合のための体調管理を優先しているのだ。

 

しかし、シーズン前のバッティング練習は、目指すバッティングフォームに向けて自分を進化させたり、フォームを固めるためのものなので、練習すると河村氏は言う。

 

「こんなとき、イチローは一日何時間でも練習します。しかも、今日は三時間バッティング練習しようとか300球打ち込もうといったように、最初から時間や球数を決めて練習するのではなく、その日設定した目標をクリアできるところまで練習します。だから、結果的に練習時間が三時間や四時間になっているわけです」

 

シーズン本番中に成績がよくないからといって練習するのではなく、あくまでシーズン中は体調管理を最優先し練習は5分程度に抑えるのだ。その代わり、シーズン前は自分の納得するまで何時間でも練習し続ける。目先の結果ではなく、最終的なゴールを見据えるイチロー流の練習方法だ。イチローはやみくもな猛練習はしない、明確な目的をもった練習を適切なタイミング、量で行うのだ。

 

最後に小さな身体だが、イチローは180センチ、77キログラムである。日本プロ野球の外野手の平均は179.9センチ、82.7キログラム、内野手は178.9センチ、81.2キログラムだ。イチロは身長は平均的だが、体重は5キロ程軽い。痩せている印象から身体が小さいと思われているのだろう。

 

しかし、イチローは日本時代、1軍で活躍している間に平均17本の本塁打を打っているのだ。1995年には25本を打ち、本塁打王のタイトルを確保した小久保選手の28本とわずか3本差に迫っている。

 

身体の小さな、プロ野球選手にしては華奢な身体では、本塁打王に迫る成績を残すことは難しいだろう。イチローが本塁打を打てるのは、バッティング技術が優れているのはもちろんだが、身体にも秘密がある。イチローの体脂肪率は6%だと言うデータがある。これは、ボクシング選手の計量時の値と同程度だ。

 

つまり無駄なぜい肉が一切ないのだ。倍の12%の場合では、身長180センチ、体重81キログラムとプロ野球選手の平均と同じ位になる。筋肉量で言ってもおそらく、少なくはないだろう。

 

イチローは身体が小さい訳でも、華奢なわけでもなく、余分な脂肪のついていないボクサーレベルの引きしまった身体なのだ。

 

ここまで、イチローに対するイメージと実際のギャップについて書いてきた。イチローの野球をひたすら真剣に追求してきた結果と我われ一般人の想像できる野球選手像のズレがこの様な「天才・猛練習・小さな身体」という虚実を生み出したかもしれない。

 

イチローが極限まで高めようとする野球に対する姿勢は、多くのことを教えてくれる。打率をあげるための5つのタイミングからは、ものごとを成功させるためには、競争相手ができないことを可能にするような技術を自分で編み出すことが必要であること。イチローで言えば、今までの常識を覆した振り子打法だ。

 

猛練習で言えば、目先の結果や不安に捉われて、目的を明確にせずに行動するのではなく、最終的なゴールを見据えて、準備すること、最優先事項を決めることの重要さを教えてくれる。シーズン本番は体調管理を最優先事項にし、練習は5分程度、そのかわり、シーズン前は目的を達するまでひたすら練習するのだ。

 

小さな身体では、表面的な情報と物事の本質との違いがわかる。第一印象では、スマートなイチローは華奢に見えるかもしれないが、無駄な脂肪が一切ない身体だからだ。プロ野球選手にとって必要な筋肉は十分に備わっているのだ。しかも、日本時代は、本塁打王に3本に迫るなど、平均17本の本塁打という結果を残している。見た目で判断するのではなく、本質を掴む重要性を知ることができる。

 

歴史的な偉業を成し遂げたイチローのことを雲の上の存在だと思うかもしれないが、それは誤解だ。只々、野球が上手くなりたいと自ら考え抜き、グラウンドを走り続けた野球少年の実像なのだから。

 





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userPhoto 光田耕造(著者)

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