ノーアルコールイズノーライフ!ノーラメーンイズノーライフ!
どうも中性脂肪モンスターこと広瀬と申します。
こちら沖縄は早くも夏シーズン到来でクーラーが欠かせません。
うちで飼っているビーシュリンプ君たちは暑さに弱いので大変です(>_<) こないだサーモスタット機能のついた冷却ファンを購入して使っています。 こいつがまた自動で温度調整をしてくれるのは良いのですが水が蒸発してメッチャ減るwww 足し水、足し水でしのいでいますが水質の変化がとっても心配です・・・ さて今までは僕の新人時代の失敗談を色々紹介してきましたが そろそろ飽きてきた恥ずかしくなってきたので
僕がリーダー、管理者になってからの失敗談を今回から書いていこうと思います。
まず一回目の今回は僕が沖縄へ来るきっかけになった失敗から。
まぁこんな言い方をすると失敗の責任を取る為に飛ばされたみたいに印象になっちゃうかもしれませんが
いくらうちがブラック企業でもそういうことは一切ないのですw
ただこの打診を二つ返事で引き受けたのは自分の中でもちょっとその負い目があったのも事実ですが。
まぁそんな感じ。
他部署の部下からの直訴!部署改革を決意した日
遡ること5年前ぐらい。
当時僕は東京のWEB部署で勤務をしていました。
沖縄支社立ち上げの際には主に営業面の教育、指導の役目で半年程新人、部下の教育で携わりましたが
その頃の部下の中の2人が各部署のリーダーとして沖縄で頑張っていたのですが
2人からはよく当時の支社長とうまくいっておらず不満を爆発させて僕へ相談で連絡をよくよこしていました。
片方からの主張ですし、言っている内容も未熟だったこともあり
時にはアドバイスをし、時には叱り、励まし連絡を取り合っていました。
そんな日々を送っていく中でも結局、折り合いが付くことはなかったみたいで
ついには自分の給与への不満、地位への不満を爆発させてました。
最終的には現在の支社長がいなくても今後ともうまくやっていけると確信してると豪語。
正直なところ、この2人が抜けてしまえば沖縄支社の売上には大きく左右する問題。
当時の支社長にも話を聞いてみたのですが主張は行き違っているし
普通に話し合いでどうにかなる関係の限界を超えていると感じました。
現状を社長に伝え対処を相談した結果。
『そこまで豪語出来る自信があるならやらせてみよう』という結果になりました。
まず現職の支社長は東京へ戻す。
また給与の条件としてはまず役職は管理者とし3ヶ月給料をアップさせる。
3ヶ月の結果をみて最低でも現状と同じ、それ以上の成果を出すこと。
もしそれが出来なければ給料は戻し、体制を戻す。
こんな条件を出して翌月から新体制で早速実施しました。
その結果・・・
おもいっきし失敗しました。
売上は凹み、度重なる業務ミスや指示不足による不手際。
まさかここまでなるかってくらいにわずか2ヶ月でズタボロwww
3ヶ月を全うすることなくギブアップとなりました。
部署改革失敗の責任は誰が取る?
その後は再び支社長を沖縄へ戻す予定でいたのですが
今までの流れから見ても微妙ということもあり、僕へ白羽の矢が立ちました。
任務は2人の部署リーダの育成と
その内の一人を支社長として育てて帰ってくるというものでした。
今の状況を作ったのは僕だと認識もありましたし
自分たちの力不足を認識して凹んでいるあいつらを教育出来るのは
たしかに僕しかいないという気持ちもあったのですぐに引き受けました。
もう失敗は許されないという緊張感と気合をもって沖縄入りした僕に待っていたのは悲劇でした。
なんと僕が来沖してわずか2日目に2人揃って家庭の事情(二人とも独身)を理由に退職を申し出て
会社に来なくなりました。
こんな都合の良いことはないだろうと思ってはいましたが2人を信用していたので何も言いませんでした。
ただ狭い沖縄ではそれが嘘だったということはすぐに知ることとなります。
その後の仕事は僕がセブンコードで働いた中で一番の社畜だった時期w
なにせ2つの部署のリーダーと支社長の兼任。
当然休日はほぼ返上で毎日てっぺんを超え、朝方になる日もしばしば。
死ぬほど働いてなんとか組織らしく安定させるまで怒涛の日々を送ることとなりました。
ある日の業務中に頭がおかしくなり急に原付で果てしなく北へ走り出し
海沿いを長渕熱唱しながら走り抜けた黒歴史が走馬灯のようによみがえりますw
労基さん。ココです!
なぜあの時の沖縄でなくてその後の東京だったのかw
あの時沖縄にきていたら労基は完全勝利だったでしょうw
部署改革の失敗から学んだ教訓
責任感をもっている奴らだと思っていたからこそ
精一杯協力し望んだ場を提供しチャレンジするチャンスを与えたつもりでしたが結局は逃げ出す結果になってしまいました。
人間みんな強くはありません。一度上がった給与が下がる事へのダメージや、プライドが壊れた時のダメージは尋常ではない。
でもそれをわかった上で条件を飲んでくれたからこそ
失敗しても与えたチャンスの恩の為に奮起する男気をもっている人間だと信じてました。
この出来事は僕のセブンコードでの体験の中で最もショックでダメージを受けた出来事だったので腹も立ちましたし恨みもしました。
でもそれは今思えば間違いだと言い切れます。
だって元はと言えば僕の任命責任だからです。
この判断により数ヶ月の売上減少の失態で会社全体へ、また当時の沖縄支社長には異動という多大な迷惑をかけました。
居ない人間に当たり散らしたところで戻りません。
万が一の失態のケツを持つ覚悟がなければ任命してはいけないのです。
持ちましたけどw
一時期でもそれに対して悲しみよりも怒りを覚えたことは未熟だったと思います。
おかげで成長できたので感謝することにします。
自分が信じて託したものに裏切られるのなら許しましょう。
信じた自分の力不足なのですから。
『いいことは おかげさま わるいことは 身から出たさび』
by相田みつを
まぁ実はこれ僕の大好きな映画『フェイク』のラストシーンを見て気付かされました。
衝撃のラストでのアルパチーノの一言は鳥肌が立つほど痺れたw
メチャクチャカッコイイノンフィクション映画なのでオススメです。
ではっ!(・ω・)ノシ