【 はじめから よむ (第1回へ) 】
6章 あの木の下まで競争な
どこだろう。ここは。
目の前に広がっていたのは、草原だった。
大きな木が一本だけ生えている。遠くの方から、子供たちの声が聞こえる。
これは夢か。死後の世界には川があると聞いていたけど、草原もあるのか。
それともここはエデンなのか。
僕が心のどこかで帰りたいと願っていたエデンなのだろうか。
エデンとアダンって語感が似てるよね。
アダンとアダンの戦士たち。すみません言ってみただけです。
せっかくアダンとの戦闘では生き残ったのにショックで死んでしまいました。まったくいいところなしの僕ですが、それも仕方がないのかもしれません。僕は勇者にはふさわしくなかったようです。今まで腐った死体だの人ゴミだのさんざん言ってきました。あれはあくまで比喩で言ってたつもりだったんですが、僕はどうやらそのまんまの人物だったようです。
草原で立ち尽くしながら、僕は思う。
懐かしい気持ちだ。この草原。あの大きな木。
死ぬっていうのは、こういう気持ちなのか。
いや、今まで何度も死んできたけど、意識がなくなった次の瞬間にはもう「あなた死んでたわよ」って言われてたから、死亡から復活までほぼノータイムだったんですよね。あんまり死んだ感じがしなかったっていうか。まあ死ぬたびにものすごく痛かったけど。もはや聞き慣れてしまっていたドレアさんの「あなた死んでたわよ」が聞こえないのも、少しだけ寂しいような気がした。初めて聞いた時はなんちゅうこと言うんだこの人はって思ったけど、人ってやっぱり、慣れるもんなんだなあ。
やっぱりもう終わりなんだ。僕が生き返る事は、きっともうないのだ。
そんな事を思った矢先、遠くの方にいた子供たちが数人、僕の方に走ってきた。
「あー、こんなとこにいやがったのか! 探したんだぞ!」
「テメエ逃げんなよなー」
え? え? 僕? 僕は状況がうまく理解できないまま、うろたえていた。というより君たちデカくない? 小学生くらいの子供だと思ってたんだけど、目の位置、僕と一緒だよ。
「おら、こっち来い!」
子供たちが僕の体をぐいっと掴んで、地面に投げ飛ばそうとした。いや、さすがの僕も子供に投げ飛ばされるなんてことは、と思ったのだが、その瞬間僕の体は宙を舞い、視界がぐるっと一回転して地面にたたき落とされた。なぜ。僕は子供より弱かったのか。ふふふそりゃあアダンに勝てるはずがないよね。ジョンスに勝ったのもきっと僕の妄想だったんだね。
「よーし、みんな、やれやれ!」
リーダー格らしきガキ大将が他の子供たちをあおる。転ばされてしまったのでその場に何人いるかわからないが、それを確認しようとした次の瞬間、一斉に何かが飛んで来て僕の体の至るところに当たる。びしゃっと弾ける粘性の何か。きっと泥だんごだ。子供たちは大量に泥だんごを作ってきていたようで、すぐさま僕の顔も手も足も泥だらけになった。痛い。目に入った。やめて。やめてくれよ。なんでこんな事するんだよ。絶え間なく飛んでくる泥だんごから必死で身を守るように、僕は亀のように丸くなっていた。そんな僕を見て、子供たちがヤジを飛ばす。
「見ろ見ろ、勇者様が丸くなってるぜ!」
「だっせぇ!」
「やーい、勇者のくせに弱虫!」
「あっはっはっはっはっは」
「あっはっはっはっはっはっはっは」
子供たちが楽しそうに笑っている。何にも知らない顔で、楽しそうに笑っている。
そんな子供たちに囲まれて、泥だんごを体じゅうに受けて、丸くなっている僕。
これは。
そうだ。これは。
きっと、これは僕の。
「くらえー!」
子供たちの中のひとりが、さらにもう一発、僕に泥だんごを投げてくる。がん、という鈍い音がして、僕はあまりの痛みに頭を押さえて縮こまった。血が出ている。こめかみのあたりから流れ出した血を見て、子供たちが慌て始める。
「お前! バカ! 中に石入れたろ!」
「だって」
「だってじゃない! どうすんだよ!」
「お、おこられるぞ」
「そうだよ怒られるじゃねえか!」
「ご、ごめん、だって」
「だってじゃない!」
「に、にげろ」
「わあああああ!」
一人が逃げ出し、他の子供たちもそれに続くようにばたばたと走り去っていった。僕は遠のく意識の中で、その後ろ姿を眺めていた。
そうだ。これは。
これは僕の、思い出だ。
死ぬ時には今までの事が、まるで走馬灯のようによみがえると聞いたことがある。
きっとそれだ。
これは、十年前の僕。
心の奥底にカギをかけて閉じ込めていた思い出が、最後の最後でわき上がってきたのだ。
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