はじめから よむ (第1回へ)

 僕は、いじめられていたのだ。

 どうしていじめられていたのかも想像がつく。僕が勇者だったからだ。子供というのは残酷なもので、自分と違うものや特に目をひくものを、面白がっていたぶる事がある。本人たちには悪いことをしているという自覚がない場合もある。悪いとわかっているけど、やってしまうこともある。そんな中、大して腕っぷしが強いわけでもないのに、生まれた時から「勇者」という肩書きを持っていた僕は格好の餌食だったろう。いじめられる要素がありすぎた。

 アダンにやられてショックで死んだ後、さらに頭に石入りの泥だんごをぶつけられて意識が朦朧としている。踏んだり蹴ったりだ。はっきり痛みも感じる。頭の中がぐわんぐわん揺れる。痛い。なんで走馬灯なのに痛いのか。話が違うじゃないですか。聞いてない。聞いてない。

 草原に体を横たえて身悶える僕の前に、誰かが、現れた。

「またいじめられたの?」

 誰だ。これは誰だ。

「見せて」

 そう言うなり、誰かが僕の脇にしゃがみ込み、傷口を覗き込む。

「ひどいね……日陰に行こう。手当してあげるから」

 誰だ。これは誰だ。顔を見ているのに、思い出せない。

 身長は小さい。さっきの子供たちと同じくらいだ。

 ということは同級生か? クラスメイトの誰か?

 思い出の中のその人の顔は、まるでもやがかかったみたいに、真っ白にぼやけていた。

 声もそうだ。高いような低いような、男の子のような女の子のような。

 頭が朦朧としていたから、覚えていないだけなのか? それとも?

 その人は僕の肩を抱きかかえて、ゆっくり、一歩一歩、大きな木の下まで連れてきてくれた。持ち物の中からガーゼとテープと消毒液らしきものを出して、手当を始める。手際は決していいとは言えないが、ゆっくりとした丁寧な手さばきから、深い優しさを感じられた。

「大丈夫? 痛かった?」

 消毒液がしみて、ビクッと体を震わせた僕を心配して声をかけてくれる。なんだか、温かくて、穏やかな気分だ。大きな木に身を預けて、手当が終わるのを待つこの時間。僕はこの時間を、この人のことを、キライではなかったんだと思う。

「はい、おしまい。あんまりうまくできなくてごめんね」

 ガーゼの切れ端やテープを片付けながら、その人が言う。誰だ。この人は。誰だ。

 僕にもこんなに優しい友達がいたのだ。今の今まで忘れていた。どうしてだ。なんで、こんな素晴らしい人の事を、僕は忘れていたんだろう。心の奥に封じ込めていたんだろう。この人は誰で、今はどこで、何をしているんだろう? 何も。何も思い出せない。

 僕は頭を抱えてうずくまる。そんな僕の様子を見て、また声をかけてくれる、この人。

「大丈夫? やっぱりまだ痛いの?」

 とても心配そうにしている。違うんだ。傷が痛いんじゃないんだ。僕は小さく首を振った。

 僕にも、いたんだ、こんな人が。

 アダンにとってのバルトロやリュシカ。そして僕には、この人が。

 でも、ごめん。なんでだろう。僕はあなたのことを、何も思い出せない。

 男なのか、女なのかもわからない。そんなことってあるか。ひどい。人でなしだ僕は。

 悔しくて、悔しくて、つらかった。

 そんな僕の横顔を見ながら、記憶の中のその人は、言った。

「ねえ。勇者ってさ……どんな気分なの?」

 勇者の、気分?

「なんにも悪い事してないのに、みんなにいじめられてさ。つらくないの?」

 つらくなかった、といえば、嘘になる。

 でも。それ以上に。僕にはやりたいことがあったから。

「勇者になんて、生まれてこなければよかったって、思ったことある?」

 僕は首を振った。

「それじゃ、勇者に生まれて、うれしかった?」

 僕は、こくりと頷いた。

「そうなんだ……

 その人は少し驚いた顔をして、僕の方を見ていた。そうだ。たしかそうだった。

 少しずつ思い出してきた。それから、次にこの人から聞かれたのは。

 夢の、話。

「ねえ。夢って、ある? 大人になったら、こんなことしたいとか」

 そうだ。僕はこの人から質問された。

 大人になったらしたいこと。

 あの頃の僕は。あの頃の僕は。

 力もなくて。頭も悪くて。今よりずっと弱かったけど。今よりずっと、強かった。

「まおうが……

 十年前の僕と今の僕が、記憶の中で重なる。

 僕は。そうだ。あの時僕は、こう言った。

 自分の言葉で、こう言った。

「魔王がよみがえったら、ぼくが倒すんだ」

 そう。自分の、言葉で。

「僕の家は勇者の家系だから、父さんが魔王を倒したみたいに、今度は僕が、倒すんだ」

 その言葉を聞いて、その人は少し戸惑った表情をした。

 だけどすぐに、にっこり笑った。にっこり笑って、すごいね、と言ってくれた。

 記憶の中のその人は、まだ相変わらずもやがかかったままだけど、笑ってくれたことは覚えている。その顔を見て、僕は、とてもうれしかったんだ。

 そして、その人は、そんな僕に言ってくれたんだ。

「あなたにならできるよ。きっと、できるよ」

 顔は見えなかった。声だけが聞こえた。でも、声だけで、じゅうぶんだった。

 僕は。こんなにまっすぐで、強かった。今よりずっと、強かった。

 忘れていた。今の今まで。こんなまっすぐな気持ちを忘れていたんだ。

 他の人がどうとか、自分にはふさわしくないとか、そんなの関係なかった。

 他の人がどう思おうと関係ない。僕がそれをしたいから、やるんだ。

「がんばってね」

 がんばるよ。がんばるよ。今がんばらなくていつやるんだよ。

 僕は何をしてたんだ。こんなところで。死んでる場合じゃないだろう。

 ありがとう。記憶の中の誰か。でも本当に誰なんだ。思い出せなくてごめんなさい。

 最低です。僕は最低です。最低だけど、ここから、また、のぼっていく!

【 第23回を読む 】


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