はじめから よむ (第1回へ)

 他人を負かすことよりも、自分を乗り越えることのほうが、何倍も難しい。

 僕は決死の覚悟で、自らのトラウマと向かい合った!

 

 マオが あらわれた!

 マオは まっすぐに こちらを みつめている!

 

 何を。僕は何を言えばいい。この人に何を言えばいい。

 ジョンスやアダンのように殴りかかるわけにはいかない。

 呪文だ。呪文しかないはずだ。ああ、でも、何を!

 いったい何を言えばいいの!

 

 マオの じゅもん!

「むかしからぜんぜんかわらないね」

 ゆうしゃに 79のダメージ!

 

 やっと変われたと思っていた僕をいきなり突き放す「全然変わらない」という言葉。

 この人の前では僕の成長なんて、ないも同然なのか!

 

 マオの じゅもん!

「あなたってよくみると」

 

 背筋がゾクッと冷える感覚。

 迫り来るとてつもない危機を察知し、僕は耳を塞ぎ、亀のように丸まる。

 あの呪文が、来る!

 

 マオの じゅもん!

「ドブネズミみたいなカオしてるわね」

 ゆうしゃは このじゅもんに よわい!

 ゆうしゃに 161のダメージ!

 

 一瞬で意識を刈り取る破壊力。つらい。きつい。吐きそうになる。

 脳が揺れ、たたらを踏む。心がコナゴナに弾けとびそうになる。

 だけど。

 だけど僕は。

 今にも消えそうな生命力で、この呪文を、耐えきった!

 

 マオの じゅもん!

「ちいさいころからずっと あなたのことみてきて おもうけど……

「あなたに たたかいは むいてないよ」

 ゆうしゃに 73のダメージ!

 

 そんなことない、僕にだって!

 やればできる! できるんだ!

 

 ゆうしゃの じゅもん!

「かってにきめつけるな」

 じゅもんが マオを おこらせた!

 ゆうしゃは ふかく きずついた!

 ゆうしゃに 34のダメージ!

 

 言われて傷つき、言って傷つき、頭痛がさらに激しくなる。

 おそろしい気配を発しながら、畳み掛けるようにマオが呪文を唱えてくる!

 

 マオの じゅもん!

「ひとのかおいろばかりうかがってる ドブネズミみたいなあなたなんて」

「すぐしんじゃうにきまってるから!」

 ゆうしゃに 86のダメージ!

 

 人の顔色ばかり窺ってる。

 思えばここまでやってきた勧誘もすべてそうだった。

 僕がどうしたいかというより、相手がどうしたいかを最優先に考えていた。

 もちろんそれも大事なことだと思う。相手の気持ちを理解するのは大切なことだ。

 でも。僕の気持ちを優先して、誰かを引っ張っていこうとは考えもしなかった。

 リーダーシップ皆無。団体の長の器ではない。

 正しい。すぐ死んじゃうのも正しい。今まで何度も死んできた。

 他の人なら死ぬ必要がないところでも、無様に死んできた。

 マオは正論で僕をねじ伏せにきた。ここへきて圧倒的な「正しさ」が僕を襲う。

 間違っているのは僕なのか。すべてはムダだったのか。

 いやだ。そんな。そんなふうに思いたくない。

 僕が正しいかどうかはわからない。でもここで死ぬわけにはいかない!

 

 ゆうしゃの じゅもん!

「ぼくはしにません」

 じゅもんが マオを おこらせた!

 ゆうしゃは ふかく きずついた!

 ゆうしゃに 44のダメージ!

 

 何を言っても怒るマオの気持ちがまったく理解できない。

 わからない全然わからない、恐怖で萎縮して頭の中がパニックになり、それでもなんとか立ち向かおうとありったけの勇気を振り絞り、だんだんわけがわからなくなってくる。

 何を言えば。いったい何を。この人に何を言えっていうんだ。

 

 マオの じゅもん!

「ダサくてキモくてネクラなうえに マッチぼうみたいな ほそいうで」

 ゆうしゃに 55のダメージ!

 

 折られる。僕の気持ちが。

 今にも大きくひん曲がりそうな僕の精神的支柱を、必死な思いで支え続ける!

 

 マオの じゅもん!

「かてるわけないよあなたなんか まおうにあえずに ジエンドだよ!」

「しぼうりつ120パーセントだよ!」

 ゆうしゃに 94のダメージ!

 

 おさまらない震え、堅く縮こまる体、遠のいていく意識。

 マオの呪文がどんどん僕の体の自由を奪っていく。

 思いの強さが桁違いだ。今まで出会った誰よりも強大で、揺るぎない!

 どうしてだ。なんでこんなに強い気持ちで僕にひどいことを言い続ける?

 楽しいから? 僕を苦しめるのが面白いから?

 僕に原因があるのか? いじめがいがある人間だから?

 久しぶりに現れたのはなぜだ? 悪口を言いにきたのか?

 魔王討伐に行くから二度と会わなくていいのに、わざわざ悪口を言いに?

 わからない、なんでそんなことするのか、理由がわからない。わからないわからない。

 何を。何を言えばいい。思い出せ。今まで覚えた呪文を。思い出せ。

 僕は極限状態でふさわしい言葉を探す。頭の中を、しっちゃかめっちゃかにしながら。

 やめてしんじゃう。おせわになりました。ありがとう。ウソだろホントかよ。

 おまえにんげんだろ。やなことでもあったの。にのうでさわらせて。イケメンをなぐろう。

 ごはんおごるよ、ひとりはさみしいだろ、おまえになにがわかる、よしよしよしよし。

 キミはじつにバカだなあばばばばばもうやすめよ、おはずかしいですムチャいうないただきますひとちがいですハローエブリワン、おんせんでもいこうなみだがとまらないふとんがふっとんだぼうりょくはんたいくちさきだけだねかわそれはざんぞうだよそのりくつはおかしいなんでやねんぼくはあきらめないめをさませいいからおちつけパねぇマジパねぇいけたらいくわさみしいこというなよさらばくるしみよじぶんのからにこもるしにたくないけどしぬおせわになりましたしぬしぬしぬしにたくないけどしぬかえりたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたい。

 帰りたい。

 一時はエデンかと思えた草原。思い出の場所とよく似た草原は。

 僕にとっては、地獄だったようです。

 十年前の思い出と重なる大きな木の下で、僕はまた、ふりだしに戻った。

 もう。だめだ。

 僕は、自分の夢の終わりを。人生の終わりを、覚悟した。

 
【 第31回を読む 】


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