第6回目のそのまえに

 水曜夜は冒険者――東京は代々木、ホビージャパンの会議室から。配信開始時は相変わらずの準備風景。ちなみに今日は立体の作り物はナシ。代わりにシンプルなフリップマットと蛍光色の靴ひもが1本。
DM:「作業時間がない。ので」
 今日は戦場を“側面から”見たマップ。
 そしてお馴染みの、『ミスタラ英雄戦記』による“今回予告”。今回は予告というより“中を進んでいたら何があったか”という感じ。飛びかかってくる人面獅子マンティコアに、命ある石像ガーゴイル。
それを倒すとバリアの中で言いたい放題を言う女王シン、それに前作のラスボスであるところのリッチ、デイモスとも対面。
 ちなみにこのデイモスに一度はとどめをさしたという因縁のある(そして、僧侶という立場上、“外から行け”という視聴者の、すなわち神の声を聞いて皆に指針を示した責任のある)グレルダンは今回欠席。どうやら“画面外で同行している”という設定らしい。同じく欠席のメギス共々、雑魚の対応に忙殺されてたってことにするのかなあ。

 そういえば今回、全員14レベルになっています。でもまだ大休憩は取れていません。うまくいけば今回の最後には大休憩が取れるはずなのですが……。


大樹要塞・樹幹にて

 呆れるほどに巨大な樹だった。首が痛くなるほど振り仰いでやっと最上部が見えるか見えないか。目測ざっと500フィート(150メートル)。現代日本で言えば霞ヶ関ビルと同等の高さなのだが、

グレルダン:「陽の射すところにこそ神の御心はある。中にはどれだけ悪辣な罠があるか知れたものではない。この幹に取り付いて登ったほうが容易かろう」

 とグレルダンが言ったので、そういうことになった。

 ただ登って行ったのでは、身軽なアーズやそもそも羽根のあるローズマリーはともかく、重い鎧を着こんだブラントや弓を射るのに両手の要るエルカンタールは落下の危険がある。もちろんエルカンタールなどは最初から靴に登攀用の小釘を付けたりはしているのだが、それでも大事を取って、全員の身体を、十分な間を取ってロープでつなぎ合わせた。ちなみにマップ上ではミニチュアが蛍光色の靴ひもでつなぎ合わされている。
ローズマリーも、上空に強風でも吹いていた時の用心に、ロープの先につないでおいた。ふわふわと暢気そうに周囲を飛び回り、時折、枝や誰かの肩にひょいと止まるローズマリーに、ブラントなどは極めて面白くなさそうな顔をしていた。
 が、確かに「光射すところに神の御心はある」などという、どうにも胡散臭さのぬぐえないグレルダンの言葉は結局のところ正しかったらしい。節くれだちねじまがった大樹は、手がかり足がかりにも身を隠す場所にも事欠かず、9割がたはことなく登りきる。確かに要塞の内部を登って行ったのではこうはいくまい。よし、あと少し。

 もちろんそうは問屋が卸さない。下のほうから何かが旋回しながら追ってくる――その翼の音を、エルカンタールが耳ざとく聞きつける。

エルカンタール:「敵か、それともこのあたりの野獣かどうかよくわからないが、とにかく危険なけだものがついてきている。……マンティコアが」

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 言われて足元を見下ろせば、おそらくどこかから飛んできて樹に取り付いたのだろうマンティコア――ぱっと見たところ大きめのライオンだが、背中には堂々たる翼。ただしその顔は額の禿げ上がった凶悪な老爺のもので、しかもやたらと発達した尾にはびっしりと棘が生えており、おそらく何かあれば尾を振るってその棘を飛ばしてくるのだろうと容易くわかる――が、もう少し向こうが前足を伸ばすかこちらがずり落ちるかすれば爪先に触れそうなところまで迫ってきている。――やれ厄介なことだ、だが1匹なら何とかなるだろう。
 そう思った矢先に。

 軋みにも似た重い羽ばたきの音が、大樹の根元からあっというまに近づいてくる。

エルカンタール:「あれは……まったく気づかなかった!」

 エルカンタールの眼さえ欺いて、息を殺し身を潜めていた2体のガーゴイルが、勝ち誇ったような笑いを浮かべて羽ばたいているのだ。

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ブラント:「まったく……どいつもこいつも羽根がありやがる!」

 ブラントが心の底から忌々しそうに唸った。とにかくこのままでは翼持ちの連中にいいように殴られ、手でも滑らそうものなら落下して一巻の終わり。マンティコアだけでも先に片付けなければ。

 こちらが殺気立てばそれは敵にも伝わるものだ。マンティコアはいきなり尾を振るい、棘を放ってきた。ローズマリーが悲鳴を上げる。が、それだけ。それよりもさらに迫ってくるガーゴイルのほうが危険だ。アーズは魔剣を手に、すさまじい勢いで樹幹を登り始める。急進(サドン・スプリント)の体術を計算に入れていなかったがために(つまりそれぞれの移動速度分の距離しか取っていなかったのだ)、みるみるロープは張りつめていく。それをアーズはためらうことなく斬り飛ばして自由の身になり、ガーゴイルに斬りかかるが、石の身体は奇怪なまでに固く、それこそ歯が立たない。ガーゴイルはアーズの刃をすり抜け、翼の風切り音もすさまじくアーズとローズマリーの脇をすり抜けざまに爪で切り裂いていこうとするが、これは運よく誰一人犠牲にならずに済む。代わりにDMの悲鳴が上がる。それどころか

ブラント:「……失せろ」

 ブラントがガーゴイルに投げつけたのは、嵐の神コードの御名によって聖別され、雷の力を帯びたハンマー。めったな打撃にはびくともしないはずの石の身体――具体的には“[武器]キーワードのみの攻撃に対する抵抗10”を持つのである――をやすやすと叩きのめした雷の電撃に、ガーゴイルは一瞬おびえたように飛び退る。

エルカンタール:「では、マンティコアは私が追い払うとしよう」

 翼の根元を狙ったエルカンタールの矢を受け、体勢を崩したマンティコアは石のように落下し、でも途中で体勢を立て直してまた舞い戻ってくる。

エルカンタール:「何度でも来るがいいさ。そのたびに痛い目にあわせてやるから」
ローズマリー:「じゃ、マンティコアはエルカンタールに任せたから!」

 エルカンタールの声に応じるように、ローズマリーは羽根を畳み、剣を構え、真っ直ぐにガーゴイルに突っ込む。剣がまばゆく光り、ガーゴイルの眼を眩ませる。マンティコアが援軍よろしく尾の棘を飛ばして寄越すが、ブラントにかすり傷を負わせるぐらいが関の山。そしてアーズが剣を構え、高らかに叫ぶ。

アーズ:「さあ、ブレード・オヴ・ストームズよ、今こそ真価を発揮してみせろ!」

 もちろん真価は発揮された。嵐の剣が放った電撃はガーゴイルの身体を貫き砕き、ひびだらけにする。瞬時に半壊したガーゴイルは、これは危ないととっとと逃げ出す。どうやらこの連中の知能は森の野獣と変わらず、逃がしたからといって援軍を呼びに行く知恵もなさそうだ。なので放っておくことにした。が、無傷のもう1体は怯えるふうもなく打ちかかってくる――打ちかかってきただけで、やはりその爪はことごとく外れたのだが。

ブラント:「うん、だから、貴様も失せろ。聞き分けろ。とりわけ用がないなら来るんじゃねえ。鬱陶しいっつってるだろうが!」

 ブラントが、今度はスローイング・ハンマーでなくいつもの鉄槌を、ガーゴイルの眉間に叩き付ける。ぐらりとガーゴイルの身体が傾く。具体的には、“正当なる怒りをこめて”叩き付けられた鉄槌が、幻惑状態に加えて弱体化状態をもたらしている。その背後では舞い上がってきたマンティコアがまたエルカンタールに射落とされている。

 すでに趨勢は決したも同然だった。マンティコアも、しぶとく居残ったはずのガーゴイルも、それぞれもう1、2度痛めつけられると文字通り尻尾を巻いてどこかに飛んで行ってしまった。

 結局どれも倒せず、追い払っただけだが、なに、目的地はあの樹冠なのだ。邪魔さえ排除したならそれでいい。


因縁のデイモス

 後は何の差障りもなく、一行は大樹要塞の頂上に辿りついた。そこは樹幹をすっぱりと横に薙いで拵えた空中のテラスになっており、ちょうど二人の人物が何やら儀式の真っ最中。儀式を執り行っているのは背の曲がった小男と見えたが、よく見ればその首から上は禿鷹のもの、あるいは禿鷹がローブをまとい、ごてごてと悪趣味に着飾った姿とも見える。そしてその禿鷹男が身じろぎ、一声発するたびに、周囲にうっすらと腐臭が立ち込めるのだ。

 そしてその儀式を見守る――というよりは、冷然とした表情で見下ろしているのは、これは名乗りや説明がなくても直感でわかる。大樹の悪夢の中で見た肉感的な肢体と官能的な衣装、しかし形がいくら艶めかしくとも、そのような甘えた感覚をひとかけらでも抱くには圧倒的すぎる、ほとんど質量さえ感じさせる威厳――あれこそ伝説の邪悪なる赤竜の仮の姿、女王シンだ。

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シン:「……おや」

 闖入者に気づき、女王は顔を上げた。

シン:「ほう、ここまでよくたどりつけましたね。でも、かわいそうに。やっとたどり着いたのに、ここで冒険も終わりだなんてね……。」
グレルダン:「……ここにいたのか。何ということだ。私は決してお前を許しはしないぞ」

グレルダンが(画面外から)叫ぶ。女王は微かに唇を曲げて高慢な笑みを浮かべた。

シン:「おや、あなたも来ていたの、セーブルタワーの英雄。ほほほ……。冒険のフィナーレを飾るのにふさわしい人に会わせてあげるわ……。せいぜい再会を懐かしむがいい」

 シンはそういうと、足元から経箱を拾い上げ、その蓋を取った。経箱から煙があふれ出したかと思うと、それは要塞のテラスの上にわだかまり、ヒトの姿を取った――いや、人ではない。豪奢な衣装に埋もれるように見える死者の顔。リッチ、すなわち死せる魔道士となったデイモスである。

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グレルダン:「貴様……デイモス! 黄泉路に迷ってまたこちらに戻ってきたか?」

 そう、2年前のセーブルタワーの戦いで、グレルダンは今まさに目の前にいる“死を欺いた死せる魔道士”に完全なる死をもたらしたはずなのだ。
ちなみに今回グレルダンPL堀内は欠席なので、記載したグレルダンの台詞はすべてDMが事前に問い合わせてPL堀内から聞いてきたものである。

 因縁の対面を面白そうに眺めながら、女王シンはさらに言葉を継ぐ。

シン:「デイモスよ、かつては私の片腕とまで称され、私の軍を預かりながら……私に刃向ってこの世界に覇を唱えんとし……挙句は英雄どもに倒され、恥を晒した。一度失敗したお前だけれど、もう一度だけ機会をあげましょう。この連中を倒すことができたなら、この経箱はお前の手に返しましょう。それに欠員も出たことだし、四天王の地位からやり直しをさせてあげましょう」
エルカンタール:「なんだかもったいぶってるが、四天王ってのはテルアリンとかだろう? あの男は大したことはなかったが……」
禿鷹男:「黙れ小僧、テルアリンなど四天王の中では一番の小物!! シン女王の配下には最強のダークウォリアーやこのナグパをはじめとして四天王などいくらでもいる!!!」

 激昂したらしき禿鷹男――どうやら名はナグパというらしい――は、「ああ、ついに言ってしまった……」「四天王がいくらでもいたらまずいんじゃないの」などというPLたちの些末な突っ込みをなぎ倒して喚きたてると、さらに鋭い声で何事か叫んだ。墓場の腐臭がいっそう強くなった。ナグパの背後から、墓場の死体を喰らう化け物、グールが2体飛び出してくる。女王はその様子を見ながら面白そうに笑い、どうやら高見の見物を決め込む様子。

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ローズマリー:「なんだか腹立つなァ。あの女王の持ってる経箱を取り上げられれば、あのデイモスを懐柔できたりしないかしら」
メギス:「無理でしょう」

 悔しそうなローズマリーに、メギスが(画面外から)言う「彼女はおそらく何らかの障壁の中にいます。こちらから何か手出しをしようとしても無理でしょう、障壁があまりにも強すぎる」。具体的にはDMが「だって彼女たち、カキワリの中に描かれてるだけで、フィギュアがないでしょ」と言っているのだが。そもそもデイモスとの取引などグレルダンが(たとえ画面外にいても)許すはずもないのだ。
 ともかく――ナグパと女王シンは今のところ自らの手を汚す気はないらしい。である以上、まずは目の前の死にぞこないどもを片付けよう。女王は、それからだ。今度は邪魔者を追い払うだけとはいくまい。

 今度もエルカンタールの矢が戦いの火蓋を切った。デイモスとグールに矢を射かけておいて、さらに大樹の魂の欠片に呼びかけてみる――応えあり。テラスの上に敵の足をからめ捕る茨の藪が出現する。
 ローズマリーも負けてはいない。詩人の感受性を最大限に高め、目の前の敵について語りだす――その唇から自然に、リッチの、そしてグールどもの弱点を暴き立てる言葉がこぼれだす。これこそが弱点露見の歌の魔法(エクスポージャー・オヴ・ウィークネス)。さらにもうひとつの旋律が小妖精の唇を彩る。どこかまがまがしいその歌は、敵におくる葬送曲(ダージ・オヴ・ザ・ダムド)。この楽の音の中にある限り、味方の武器はいっそう深く正確に敵の肉を抉り骨を断つのだ。さあ、戦いの本番はこれからだ。

 返礼はすぐに来た。デイモスが周囲に火球を放ったのだ。ローズマリーは危うく避けるがアーズはまともに喰らい、鎧の一部がはじけ飛ぶ。エルカンタールが胸に正面から火球を受け、大きくよろめいた。そこへ畳み掛けるように電撃が走る。――アクション・ポイントを惜しんではならない。これこそが、このパーティーに対する戦術としてDM柳田が身をもって学んだことなのであった。今度はブラントが、運悪く心臓の真上でその電撃を受け止めてしまう。アーズもエルカンタールも避け損ねている。彼らの膝は意志とは無関係にがくがくと震えだし、思うように進めなくなる。具体的にはライトニング・ボルトがヒットしたものは、セーヴ・終了の減速状態となっている。

 アーズは剣を握りなおした。一瞬、ちらりとグレルダンを見やる。が、太陽の信徒はそれどころではない。ナグパがさらに死にぞこないどもをぞろぞろと呼び出しはじめ、その対処を一手に引き受けているのだ。もう一度アーズは剣を握り直し、そしてそれを高々と天に掲げた。

アーズ:「魔王デイモス、グレルダンに代わってこの僕が貴様を成敗してやる。伝説のリッチと戦えるなんて、こんな光栄なことはない!!」
デイモス:「ほう、勇ましいな小僧。いや……ハーフリングか。珍しい。ハーフリングの肉は若鶏の、いや、ヒヨコの味がするそうな。ひとつ試してみるとするか」

 応酬はそこまでだった。グールどもが飛びかかってきたのだ。その爪で触れられれば麻痺は免れない。しかも墓場で死体を食い荒らすのに特化した化け物どもの爪は、動きが鈍い相手であればいっそう深くその急所を抉るのだ。火球と電撃で痛めつけられきっていたエルカンタールがついに倒れる。アーズもグールの爪を受けるが、伝説の剣士ともなれば肉体の弱さを気力で克服する(イグノア・ウィークネス)ことも不可能ではなかった。痺れを振り払うと、アーズは裂帛の気合と共にデイモスに斬りかかった。手ごたえあり。さらに踏み込んで切りつける。具体的にはアクション・ポイントを使用し、ミシック・スレイヤーのアクションまで追加しての3連撃を試みる。

ローズマリー:「エルカン、死んでる場合じゃないよ、この大変な時に!」

 ローズマリーが悲鳴とともに瀕死のエルカンタールの傍にすっ飛んでくる。真の詩人の声のあるところ、必ず生命の躍動は甦る。消えかけた生命の火をもう一度起こし、掻き立てる歌(リヴァイタライジング・インカンテーション)に、エルカンタールの眼が開く。みるみるうちに火傷はふさがり、傷も癒えていく――もう、大丈夫だ。

 と思った瞬間、空から燃える岩が降りそそいだ。デイモスはテラスの中心で天を仰ぎ、何事か大声で呼ばわっていた。デイモスの魔法で呼び出された流星雨(メテオ・スウォーム)は、都合よくデイモスとグールどもを避け、勇者一行の上にだけ狙ったように落ちていた。隕石を避け損ねた次の瞬間、アーズは自分の心をわけのわからない恐怖が埋め尽くすのを感じた。どうせこれも魔法なのだとは分かっていた。さっきうっかり正面から見てしまった、あいつの視線のせいだ。あんな魔王ごとき、怖いわけがない。が、足がデイモスのほうには1歩も進まない。その脇では、エルカンタールが再びグールどもにたかられ、かみつかれている。このまま身動きがとれなくなってやられるのか。

ブラント:「うん、お前は優秀だなァ」

 燃える石の欠片を払い捨てながら、唸るようにブラントは言った。

ブラント:「ほんとに優秀だ。魔法使いとしては。だが、戦略家としてはクズだな!! 魔法使いが生身ひとつで戦場に突っ立って、何ができる」

 台詞の最後はあざけりを含みつつ、割れ鐘のような大音声だった。ケンカを売るのがコードの聖騎士流の挑戦なのだった。が、相手がケンカを買うかどうかに頓着してやる義理はない。ブラントの眼は赤黒く染まり、顔はすでに獣の形相になっている。渾身の力を込めて鉄槌が振り下ろされた。燃える岩より重い一撃だった。

 その背後でエルカンタールが身軽に立ち上がっていた。もはや自力ではない。魔法のかかった長靴の力だが。そうして狩人は、微かに笑った。

エルカンタール:「残念ながら私は君らの大将ほど器用じゃない。だけどまぁ、やらなきゃなるまいな」

 言いざま、エルカンタールは空に向けて矢の束を放った。矢の雨が降りそそいだ。2体のグールに――そしてエルカンタール自身にも。グールたちが悲鳴を上げる。そして――まさか自分で悲鳴を上げるわけにはいかないエルカンタールは、必死で苦笑の形に唇を曲げていた。自分の矢がこんなに痛かったとは。

ローズマリー:「ちょっと待ってて。あいつに攻撃が命中したら、それで魔法の歌が完成するから!!」

 足のすくんだアーズを妖精の粉で宙に飛ばしながらローズマリーが叫ぶ。戦場を駆け巡り、グールに斬りつけ、そうして成功を呼ぶ歌を完成させる。全員の身体に新たな活力がわきあがる。具体的には即座に1回のセーヴが可能となり、さらに一時的ヒット・ポイントが与えられる。

 妖精の声はアーズの心から偽の恐怖を拭い去った。アーズの眼に再び力が戻る。

アーズ:「デイモス、待たせたな!!」

 振りぬいた雷の魔剣は過たずリッチの身体を抉り、その腐った身体はもはや半壊。デイモスは反射的に手にした杖で殴り掛かるも、歴戦の戦士に体術でかなうわけもない。死せる魔道士はたまらず、お供のグールを呼びつける。助けに来い、私に害をなすものを片付けろ。

 一番“害をなし”ているのはこのハーフオークのでかぶつだ、と見たグールはブラントにとびかかるが、

ローズマリー:「ブラント、後ろ!!」

 詩人の魔法(プレシェント・ウォーニング)か、それとも聖騎士の腕の冴えか、そこになかったはずのブラントの鉄槌は、飛びかかってくるグールのちょうど正面に叩き付けられている。

ブラント:「ええい、どいつもこいつもまとめて叩き潰してやる!!」

 ほとんど吼えながらブラントは鉄槌を振り回し(ワールウィンド・スマイト)、グールどもを薙ぎ払った。さらに、すぐ隣にいるはずのエルカンタールからも目に矢を射込まれ、ほとんど腐った肉片に戻りかけながら、それでもグールは動きを止めない。

――グールはあと少しでなんとかなるだろう。とにかく魔王を片付けなくては。

 アーズは逸る心を抑える。魔剣を構えなおす。大丈夫だ。使いこなせる。剣人一体の構えが形作られる――今だ!

 アーズの剣が。
 ブラントの鉄槌が。
 ほとんど同時にデイモスを斬り、叩き潰した。さらにアーズの剣から稲妻が走り、残り2体のグールの身体を焼いていた。
 それでもまだ反撃の呪文を唱えようとし、唇を動かし――そのまま魔道士は顔を歪めた。ありえない苦痛に胸をかきむしるようにして、魔道士はくずおれた。そして、グールも同様に。

 急に静かになった戦場に、ローズマリーの歌声だけが残っていた。詩人の紡ぐ言葉は、心に命を与えもすれば奪いもするのだ。腐った身体にまだひとかけらの心を残していたことが、リッチとグールどもの命取りになった。

 さて、因縁のリッチも片付けた。今度は女王シンだ――この状態で勝てるかどうかは怪しいが、やらねばなるまい。
 身構えなおした瞬間、女王は何事か叫んだ。これもまた言葉の魔術であった。言葉の響きが消えるのと同時に、全員がその場に倒れ伏していた――あまりにも忌まわしい言葉を耳にしたために。
冒険者たちには知る由もないが、これこそ失われし古代魔法、“冒涜の言葉”。具体的には4版より前の版に存在したブラスフェミィである。

シン:「少々お前たちを見くびっていたようだ」

 女王は忌々しげにつぶやいたが、魔法の効き目を見届け、満足そうに息をついた。

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シン:「まだまだ、未熟。可愛い顔をして眠りこけているわ。……でも、デイモスを倒すほどの腕を持つ者たちだもの、殺さず、連れて行きましょう。心を奪い私に従わせるなど容易いことなのだし」

 さあ、と、女王が一歩を踏み出しかけた瞬間、大樹要塞が大きくその身を震わせた。女王とナグパはテラスから放り出された。大樹に残っていた魂が、女王の所業を拒んだのだ。
 次の振動は、冒険者たちの身体をテラスの外に放り出した。意識を失ったまま、勇者たちは500フィートの距離を落下していった。


ノームたちの村

 勇者たちが目を覚ますと、そこはベッドの中だった。
 アーズとローズマリーはそれぞれひとつずつのベッドに行儀よくおさまっていたが、他はベッドを4つ5つ寄せ集めて作った台の上で、それでも柔らかな毛布にくるまれて目を覚ましたのだった。

ノーム娘:「よかった、気が付かれたのですね」

 ほっとしたような笑みを浮かべたのはアーズよりも幾分小柄な感じのいいノーム娘で、ここはフェイワイルドすなわち妖精郷であり、一行は大樹要塞の魂によって助けられ、この世界に送り込まれてきたのだと説明した。

ノーム娘:「あなたがたはあの樹に巣食っていた悪魔を追い払ってくれたのだと、樹は言っていました。そして、あなたがたの世話をするように、と」

 それから娘は、急に声を潜めてこんなことを言った。

ノーム娘:「あの……きっとあなた方にはその悪魔を追うというお仕事があるのだろうというのはわかっています。けれど、その前に、一つだけお願いをしたいのです。私たちの村に化け物が出て、今、とても大変なことになっているのです。どうか化け物を退治してもらえないでしょうか」

 ノームたちには意識を失っている間世話になったという恩がある。しかしシンを追うのも喫緊の任務。さて、どうするか……

 というところで、神の声すなわち視聴者にアンケート。

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 結果は圧倒的にノームたちを助けるほうに。というわけで

グレルダン:「義をみてせざるは勇なきなり、またノームたちには世話になった恩もある。なに、1日2日で決着をつければいいだけの話」

 一足先に起きていたらしいグレルダンの声だけが、台所のほうから響いてきた。

 というわけで、次回はノームの村の化け物退治ということになった一行。フェイワイルドの冒険です。たぶん。