水曜夜は冒険者――場所はお馴染み、東京は代々木、HobbyJapanの配信室から。
 今日はミシュナが欠席。ドラコリッチの経箱の扱い方がわかったからといって、理解と実践は別物。今回は儀式その他で忙しく、とても声のかけられる状態じゃなかったという扱いに。
 ちなみに今日は卓の上には血飛沫の飛んだ背景の上に「待った!」「異議あり!」等々、どこかで見覚えのある台詞の書かれたカードが数枚。そう、今日のセッションは裁判になります、と、DMは最初に宣言する。そして……



 “デーモンの大穴”から“証拠”と共に無事生還したジェイドたち一行、この証拠品をエヴァーナイトの評議員たちに見せ、名誉市民として認めてもらうべく、司法の場たる“絶叫館”に向かう。
 死骸市場から街を横切り、ちょうどネヴァーウィンターでは“正義の館”のあった場所にゆきつくが……

クーリエ:「しまった、遅かった」

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 絶叫館の門扉は固く閉じられている。

クーリエ:「5時を過ぎちゃいましたね、今日は閉館ですよ、もう」

 ここはお役所なので9時から5時までしか開いていないのだとか。
 アンデッドだからといって24時間営業で活動していてはhpが回復しないですから、と、当然のようにクーリエが言い、アンデッドにもhpがある以上それは確かに正しく……というわけで、明日朝まで待つしかない。

クーリエ:「いちいち死骸市場まで戻るのも面倒だ。すぐそこで泊まれますよ、いい宿があるんです。だって休まないといけないでしょう?」

 具体的には今回のセッションから5レベルにレベルアップできることになっているのだが、それには大休憩を取らねばならないのだ。
 というわけで、クーリエに導かれるまま行くと――(アンデッド的には)たいそう素晴らしい(のであろう)宿屋の前に出た。
 “ブラック・ランタン亭”と看板の出たその宿は一見して打ち捨てられた廃屋。
 壁はところどころ剥げ、窓には板が打ちつけられ、玄関の前には外れた戸板が倒れている。というわけで開けっ放しになった玄関から覗き込んだ中は、控えめに言っても薄汚い。もっと言えば人の踏み込んでいい場所とは思えない。床にはゴミが散乱し、その間には得体のしれない染み。エイロヌイはおもむろに妖精境からタランを呼び出し、片づけを命じる。

クーリエ:「ね、いい宿でしょう?」

 ヘプタあたりは確かに馴染むかもしれんがなぁ、と、誰かがこっそりつぶやく。
 入ってすぐの広間は定石通り酒場になっていて、旅のグールやゾンビやスケルトンがたむろしている。部屋を頼むと、宿の女将――これはグールで、グーラと名乗った――が出てきて

グーラ:「6人部屋は空いていないんですよ。男性のお客様、どなたか相部屋お願いできませんかねぇ」

 と言った。

 相部屋。
 ここはよろめき歩く死者の街エヴァーナイトである以上、当然相部屋の相手もゾンビやグールやスケルトンである。

エリオン:「冗談ではない。死者のベッドに寝るのは一度でたくさんだ」

 即座にエリオンが言う。「俺は気にしないが」と答えるセイヴを見た途端、グーラはにっこり笑い「同じ死者仲間のよしみですから」と5人部屋に棺桶が運び込ませる。それを見た途端、セイヴはとっととその中に潜って眠り込んでしまった。

 となると候補者は3人。しかし、一度、死骸市場の宿屋で棺桶ベッドに一人で寝かされたうえ、顔にいたずら書きまでされているエリオンは「二度はごめんだ」と言い張り、それは確かにその通りなので、ジェイドかヘプタのどちらかがアンデッドと相部屋、ということになった。
 ちなみに、相部屋になったほうが本日の被疑者になりますので、面白いほうで是非、とDM岡田は再度宣言。ということはつまり……

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 もちろんここまでセッションの方向性があらかじめ明かされている以上、いざ何らかの裁判になったとしたら誰が弁護側にいるべきか、などということをPLは訴えるわけだが、決めるのはPLたちじゃない。

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ジェイド:「俺が行ったら向こうも怯えるだろう。ヘプタのほうがいいんじゃないか」

 というわけで、そういうことになった。
 確かに違和感がないのはジェイドよりヘプタに違いない。一応ヘプタはクレリック≒聖職者なのだが……

 ひとり相部屋に向かうヘプタの手を、エイロヌイは両手で固く握りしめ、「おやすみなさい」と、言った。まるで最後の別れのように。

 雨が、降りだした。
 屋根を打つ雨音は次第に強くなり、あらゆる音を消し去るほどの豪雨になってゆく。きっと“表”の世界のネヴァーウィンターも嵐に違いない。



DM:「では、ヘプタを除いてみなさん、部屋の外に出てください」

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 そう、DMは宣言した。そう、この先起こるのは死者と相部屋になるヘプタだけが知りうること……

 2階の小さな部屋にヘプタは通された。先客は2人。ゾンビの行商人、シンデルマン氏とスケルトンのライト氏である。ライト氏はなにやら細長い箱を大事そうに寝台の脇に置き、名乗るだけ名乗ると、もうそろそろ寝支度の様子。

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ライト:「すみません、疲れているもので先に休ませてもらいますよ」

 スケルトンが疲れるというのもおかしな話だが、見ればだいぶ骨が欠け、具体的には重傷状態。治してやろうにもヘプタが癒しの呪文など唱えた日にはよけいひどく破壊してしまいかねない。そっとしておくことにした。

シンデルマン:「すみませんねえ、私、ゾンビなものですからちょっと臭いますが」
ヘプタ:「いやいや、俺も着たきり雀っすから人さまのことは言えませんよ。どうぞお構いなく」

 ゾンビと聖職者がスケルトンの横たわる寝台を挟んで親しく挨拶しあっているというのもなかなかの図だが、ともあれシンデルマン氏、相当に愛想がいい。
 結局ヘプタはシンデルマン氏の扱っている商売もののパンを分けてもらってわびしい夕食を済ませ、墓石そっくりのベッド--というか石の台に、さすがにそのままは寝られないので荷物から取り出した夜具を敷いて横になった。せめて、と手元にあかりをつけると、隣の寝台のライト氏が

ライト:「すまないが消してくれ。眠れないじゃないか」

 低いが鋭い声で文句を言ってくる。
 仕方ない。墓の中みたいな暗闇で眠るしかないらしい。
 とにかく、今しっかり眠らなければいけないのだ――なにしろ、大休憩をきちんと取らないとレベルアップしないのだから。

 雨音はいっそう強くなった。
 夜中、夢うつつの中で「ジャーヴィのミートパイ、お届けにあがりましたぁ」という声を聞いた。ああ、ジャーヴィのパイが食べたいなぁ、と、ヘプタは思ったが、レベルアップには換えられない。目を覚ますわけにはいかなかった。
 それからしばらくして、何かがぶつかるような不穏な物音を聞いたような気がした。が、ここで目を覚ましたら大休憩を取ったことにならないので、目を覚ますわけにはいかなかった。
 
 夜が明け、無事5レベルになったヘプタの隣で、スケルトンが死んでいた。
 
 いや、もともとスケルトンは死んでいるのだからこの言い方は正しくない。頭蓋骨が陥没し、動かなくなっていた。そしてその隣にはヘプタのシックルが落ちている。思わず声を上げると、さらに隣のシンデルマン氏が目をさまし、部屋の状態を見るや大声を上げた。

シンデルマン:「し、し、し、死んでるッ!! あああ、あんたがやったのか!?」

 その悲鳴で宿の者が起き出し、騒ぎが大きくなった。呼ばれて飛んできた街の衛兵は、ヘプタを容疑者として縛り上げ、連行しようとする。これにはさすがにヘプタも

ヘプタ:「ちがうっす、俺じゃないっす、俺殺してないっすよ、俺、今まで殺人なんかしたことないっすよ、少なくとも昨日は誰も殺してないっすよ!!」

 喚き立て、必死で抵抗する。何ごと、と、飛んでくる仲間たち。ここでようやく、廊下に出されていた他のPLたちが戻ってくる。

衛兵:「昨夜、スケルトンのライト氏が殺害された。この男には殺人犯の容疑がかかっている」
ヘプタ:「だから、俺じゃないっすよ!!」

 スケルトンだったら殺害じゃなくて死体損壊が容疑なんじゃないか
 ――というのはさておき……



 ヘプタは殺人犯として、絶叫館に引っ張っていかれてしまった。
 一応裁判は行なわれるそうだが、なにしろ被害者の陥没した頭蓋骨の傍にヘプタのシックルが落ちていたという“証拠”がある。このままでは至極スムーズに有罪とされ、至極スムーズに処刑されてしまう可能性が高い。

クーリエ:「あの人を助けるんだったら、みなさんが弁護に立つしかないですよ。そうしてもらえるようにワタクシ、しかるべき筋に話を通しますから」

 そう、クーリエが言うので、ミシュナを除いた4人が弁護に立つことになった。
 ミシュナは何しろドラコリッチの経箱の解析とそれに伴う儀式に忙しく、宿の部屋から一歩も出るわけにはいかないという。ここで儀式を中断させてドラコリッチ暴走ということにでもなったらそれはそれで手に負えない。

 絶叫館に入る前、ジェイドは有り金50gpをそっくりクーリエに預け、

ジェイド:「俺はヘプタの無罪にこれだけ賭ける」

 と言った。さすがにエヴァーナイトのやり方に慣れすぎではなかろうか。だが、エイロヌイまでもがクーリエに金貨を1枚渡し、

エイロヌイ:「胴元の取り分は儲けの5%というところかしら。頑張ってくださいね」

 そう言っておいて仲間のほうに振り返っては

エイロヌイ:「弁護に立つ以上は、事実関係はどうでもいいのじゃなくて? ヘプタは無罪。もしそうならなかったら、別の手段で連れ出せばよいのよ」

 などと言い出している。確かにシャドウフェルの空気は人の心を蝕むのである。

 案内された絶叫館は、1階が法廷、地下が闘技場になっている。法廷で有罪と定められたものは地下の闘技場に送り込まれ、処刑と兼用の合法的な見世物として死ぬまで戦い続けることになる。死刑囚たちの上げる叫び声が途切れぬことから、この館は絶叫館と称されるのである――。

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 ヘプタは血塗られた格子に囲まれた被告席に引き据えられている。
 ジェイドたち一行は、弁護人席に通される。

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 裁判長はリッチ・ヴェスティジ。そして検事はというと

シェリー:「あら、あんたたちとこんなところでまた会うとはね!!」

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 なんと、ミシュナに絡んできたレッド・ウィザード3人組のひとり、シェリー・ホワイトグレイヴ嬢であった。

ジェイド:「それはこちらの台詞だ。なんであんたがこんなところにいる」
シェリー:「学生はアルバイトをするものよ!!」
セイヴ:「ほう、よそ者の小娘のアルバイトで検事が務まるのか」
シェリー:「失礼な!! 私を誰だと思ってるの。サーイのレッド・ウィザードは死霊のことで知らないことはないわ。検事ぐらいじゅうぶん務まるわよ」

 つん、とそっぽをむいたシェリー嬢、それにしても容疑者も弁護人も、関係者がみんなあんたたちだなんてね、と鼻を鳴らし――そして突然、重要なことに気づく。

シェリー:「ミシュナは?」
エイロヌイ:「エヴァーナイトの毒気にあてられて寝込んでいます」

 だからさっさと私たちをネヴァーウィンターに帰してちょうだい、とエイロヌイは言いたいのだが、

シェリー:「だったら……急がないと!!」

 ミシュナを早く自分たちの儀式仲間に加えたいシェリーは別方向に焦り始める。今にもヘプタの有罪を決定する書類を作り出しかねまじき勢い。そうなってはたまらない。

裁判長:「これより、エヴァーナイト暗黒裁判を開廷する」
 
 リッチの裁判長が槌を鳴らして宣言する。
 
裁判長:「被告人は氏名、住所、年齢、職業を述べよ」
ヘプタ:「ヘプタ、住所不定、年齢不詳、職業は……ああ、ハーパーのことはまさか言えないから……正義の味方です」
裁判長:「真面目に答えなさい!!」

 あきれ果てた裁判長が叫ぶと、ヘプタはべそをかきながら

ヘプタ:「……(えぐえぐえぐえぐ、ほんとのことなのにぃ)……ネヴァーウィンターのほうから来ました。廃屋の一角に住んでました。職業は……ごろつきです……」

 こいつは本当に助かる気があるのか。弁護席のエイロヌイが見かねて

エイロヌイ:「ええ、確かにもとはごろつきでした。でも、今は更生して、コアロン・ラレシアンの名の通ったウォープリーストです」
裁判長:「……え!?」
シェリー:「あんたたちね、嘘つくならもっとマシなこと言いなさいよ!!」
ヘプタ:「ホントっすよぅ、ほら、聖印も聖印のついた財布も持ってるっすよ!!」

 事態はさらに混乱する。が、混乱したままでは進まないので、気を取り直してシェリーは陳述に入る。

シェリー:「被告人は殺人の容疑で起訴されています。被害者はスケルトンのライト氏、ブラック・ランタン亭二階の相部屋で、斬撃武器による頭部へのクリティカル・ヒットにより一撃で殺害されていました。証言によりますと、ライト氏は昨夜就寝前時点において重傷状態、ヒット・ポイントは22点だったとのことです。死亡したライト氏の隣には、被告人の所持品と思われるシックルが落ちていました。被告はウォープリーストであるということですから、スケルトンのライト氏を殺害する動機は十分にあったと考えられます。これらの状況を総合しますと、被告がライト氏を殺害し……」

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エリオン:「待った!!」

 エリオンが叫ぶ。具体的には「待った!」カードを掲げる。

裁判長:「よろしい、エリオン君」
エリオン:「そのシックルについて詳しくお聞かせ願いたい。それはどのようなものだったのか。確かにヘプタのものなのか……」
ヘプタ:「あ、俺のっす」

 持ち出されてきた何の変哲もないシックルを目にした途端、こともなげにヘプタは言った。本当に助かる気があるのか。

エイロヌイ:「わかりました。でも、なぜそのシックルがライト氏殺害の凶器と断定できるのです?」
シェリー:「傍に落ちてたからよ!!」
エイロヌイ:「それだけですか?」
シェリー:「じゅうぶんでしょ!!」

 喧嘩腰になりかけたシェリーの勢いを折るように、セイヴが手を挙げる。

セイヴ:「クリティカル・ヒットで一撃死していたわけだな。では、ヘプタはそのシックルで22点を一撃で与えられるのか?」

 ……と、訊くだけ訊いて調べるのはもちろんPLなのだが、ともあれヘプタのキャラクター・シートをひっくり返し、シックルで出せる最大ダメージを計算する。結果、16点。

セイヴ:「つまりヘプタはクリティカル・ヒットを与えたところで22点でのダメージは与えられず、つまり一撃死はさせられない、と。では、ヘプタは犯人ではない……」

 いやちょっと待て、ヘプタは(あれでも)クレリックだから[光輝]ダメージを与えられる。相手はアンデッドだから[光輝]に脆弱性があったらヘプタの攻撃から22点のダメージを受けてしまうこともあり得る。だとしたらヘプタの可能与ダメージは証拠にならない。

エイロヌイ:「……被害者には何らかの脆弱性がありましたか?」
シェリー:「私のモンスター知識によると、ライト氏の脆弱性は[光輝]に対する5点」

 じゃあ、ヘプタの可能な最大与ダメージは21点だ。よし、ヘプタは絶対に犯人ではない。が、これは決め手になるからもう少し後まで取っておこう。

シェリー:「ほかにも証拠品があります」

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 なんでも、ヘプタの夜具に“アングウェント・オヴ・ダークヴィジョン/暗視の軟膏”を拭き取ったあとがあったのだという。
 つまりヘプタは何らかの理由があってライト氏殺害を決意し、瞼に軟膏を塗って視界を確保、暗闇の中でライト氏に狙いを定め、シックルで殺害したに違いない……というのだ。

 もちろん自分はそんなことはしていないとヘプタはべそをかく。埒があかないので、さらに証人が呼ばれることになった。事件直前にこの部屋の様子を見たものがいるという。

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ジャーヴィ:「はい、確かにこの部屋に来ました。ライトさんが私にミートパイを注文したんです」

 証人席に立ったのは、何とジャーヴィ。ああ、じゃあ俺が夢うつつに聞いたのはやっぱりジャーヴィの声だったんだ、とヘプタはつぶやく。

ジャーヴィ:「新開発の、生腐肉のミートパイです」

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ジャーヴィ:「新鮮な腐肉を詰め込んだパイでして、それだけではなく、グールの皆さんに、最後まであたたかく食べていただけるようにと工夫したものです。つまり、容器に温めた石を仕込みましてですね、これですと最後まで死にたての人間の肉のようにあたたかい状態で食べられると大変ご好評をいただいています。夜中に届けてくれと頼まれたものですから、夜中に伺いました。部屋に伺いますと、その時起きていたのはライト氏だけで……はい、その時は確かに生きていました」

 アンデッドの生き死にについてはややこしくなるので、以後エヴァーナイトの慣用表現で通すが、生きていた、という発言のたびに誰かが突っ込まずにはいられないのはもはやお約束。

エイロヌイ:「起きていたのはライト氏だけ……それが見えたのね。その時部屋にあかりはありましたか?」
ジャーヴィ:「……ど、ど、ど、どうでしたかね……」

 エイロヌイの質問に、ジャーヴィは明らかに落ち着きを失くす。当然全員で〈看破〉判定を行なう――間違いない、ジャーヴィは何か隠している。

エイロヌイ:「ライト氏から受け取ったパイの代金はありますか?」

 証拠品としてコインが持ち出される。そして――〈知覚〉判定の結果、それには軟膏をなすった跡とも思える油分が付着しているとわかる。

セイヴ:「ホントに君はライト氏にパイを届けたのか? ほかに部屋にはグールがいたりはしなかった?」
ジャーヴィ:「……いや、そう言われれば、部屋の隅に何かいたような……」
エリオン:「部屋の様子はどうだったんだ? 確かにパイは食べられていたのか?」
シェリー:「皿と石は残っていました。パイはすっかり食べたあとのようで、残っていませんでした」
エイロヌイ:「……そう。ところでジャーヴィ、あなた、パイを受け取ったのがライト氏だとどうしてわかったの?」
ジャーヴィ:「どうしてって……」
エイロヌイ:「あかりもない部屋で?」

 ジャーヴィ、真っ青になって震えだす。無意識のうちに商売もののパイを次々に口に放り込み始める。

ジャーヴィ:「……じ、実はその……暗視の軟膏つけてたのはあっしなんで……」

 なんでも、ジャーヴィのパイをひいきにしてくれる金持ちのヴァンパイアからもらったもので、夜の配達の時などには必ず付けているのだとか。まあ、それはわかる。

ジャーヴィ:「だから昨夜も軟膏はつけてました。でもあっしはやってない。ほんとにあっしはやってませんよぅ」

 半泣きのジャーヴィ。そしてジャーヴィの腕前ではどう頑張っても22点のダメージを一撃で与えることはできない。犯人ではないにしろ、部屋の状況を作るぐらいはしていないか。

エイロヌイ:「じゃあ、その軟膏の使い残しは? ヘプタの夜具で手を拭いたりはしなかった?」
ジャーヴィ:「軟膏は1回使い切りの容器に入ってますんで……でも、その容器はどっかで落したみたいで今は持ってません。人様の夜具で手を拭いたりもしてません」

 全員で〈看破〉判定。ダイスの出目で20が出ても「今回はジャーヴィは嘘は言っていませんね」とのこと。

エイロヌイ:「……つまりあなたは、軟膏のついた指でパイを商っていたということね。よろしい」

 傍聴席が「え、それ汚いんじゃないの」とざわめき始める。なに、ジャーヴィへのちょっとした嫌がらせだ。しかしこれでは手詰まりだ。と、突然被告席でヘプタが立ち上がった。

ヘプタ:「あ、思い出した。ライトさんは何かでかい箱を持ってたっす。厚みのある、長さ1mぐらいの、棺桶みたいな箱だったっす」

 なぜそれを今まで黙っているんだ、と、弁護人席はぼやきつつ、その箱について問いただす。

シェリー:「たしかに箱はありました。でも、中身は空っぽでした」

 なんでそんなものを。明らかに怪しいじゃないか。

シェリー:「ライト氏は生前、地下生物ブリーダーだったことがわかっています。何を扱っていたかは不明ですが、おそらくはその仕事に使う箱だったんじゃないでしょうか」

 そんなことでいいのか。ともあれこれ以上話していても埒が明かない。切り札を切ろう。この状況証拠をくらえ!!

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セイヴ:「状況はわかった。だがこの計算結果を見ろ。ヘプタのシックルではどう頑張ったってダメージは21点しか出せないんだ!!」
シェリー:「1点ぐらいまけなさいよっ」

 ほんとうにそれでいいのか。
 検察側が折れないので、次の証人が呼ばれた。相部屋のゾンビ、シンデルマン氏である。

シンデルマン:「はい、私が生きているライト氏を見たのは寝る前が最後でした。ライトさんが箱を持っていたのは覚えています。……箱の中身ですか? ええ、何か生き物が入ってましたよ。ちゃんとした生き物です。グールとかじゃないです。触手が生えて、緑色をしていました」

 こともなげに言う。

エリオン:「……その触手は1本だけか? それともにょろにょろと何本も生えていたか? だいたいあかりもない部屋でその様子が見えたのか?」
シンデルマン:「私は暗視持ちですから特に問題はないです」
セイヴ:「そんなわけのわからない生き物がいる部屋で、よく死んだように眠れたな」
シンデルマン:「なんだかライトさんになついてるようでしたから。ライトさんもその生き物に声をかけてやったり、毛並……いや、鱗を整えてやったり、大事にしてるみたいでしたし、特に危険は感じなかったので……」

 鱗? 触手? 緑色?

ヘプタ:「そりゃ、キャリオンクローラーじゃないっすか。だったら俺も見たかったなぁ!!」
シンデルマン:「いや、箱から出してたのはヘプタさんが来る前だったので……」

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 被告席と証人席でする会話ではない。が、ともあれ、スラム育ちのヘプタの知識のおかげでその「わけのわからない生き物」の正体はキャリオンクローラーだと知れた。となるとまた話が変わってくる。

ジェイド:「シンデルマン氏は知識がないから“なついているなら大丈夫”で済んだろうが、現にそのキャリオンクローラーは箱から出ているわけだろう。あいつは腐肉を喰う。なんで眠るシンデルマン氏を襲わなかったんだ?」

 そりゃ、その時シンデルマン氏は生きていたから――いや、ゾンビであればhpの有無はキャリオンクローラーには関係ないだろう。腐肉の踊り食いをするぐらいの感覚で喰いつくに違いない。何しろ新鮮な腐肉だ。腐肉を新鮮と言っていいのかどうかは……新鮮な腐肉!?

エリオン:「……ジャーヴィのパイか!! ジャーヴィの生腐肉パイはライト氏の夜食ではなく、キャリオンクローラーの餌だったんだな」
ジェイド:「そうか。それで合点がいった。ライト氏はスケルトンである以上、パイを咀嚼して飲み込むことはできるが……」

 その場合、ライト氏の寝台には噛み千切られたパイの山がなければならない。喰いつくされていたということは、パイを食べたのはライト氏ではなく、彼のキャリオンクローラーだろう。

ジャーヴィ:「ああ、つまりあっしのパイはグールのみなさんだけでなくキャリオンクローラーにも認められたということですね。道理でライトさん、3人ぶんもパイを注文されるわけです。いや、ずいぶん召し上がるんだなぁと思いながらお届けしたので」

 妙に嬉しそうなジャーヴィ。なんだか話はどんどん妙なほうに流れていく。――が、真犯人はさっぱり見えてこない。
 いや、待て。我々の仕事はヘプタの無罪の証明であり、探偵の真似事ではない。そしてシェリーが状況証拠を無視してシンデルマン氏を呼んでしまったから話がこじれたが、ヘプタの無罪はとっくに証明されているじゃないか。ヘプタでは22点のダメージで一撃死はさせられない。

シェリー:「だからぁ、1点ぐらいまけなさいっていってるの!!」

 駄々っ子のように声を張り上げるシェリー。ちなみにここの裁判は自分で暗黒裁判と名乗るだけあって、多少証拠に不備があっても検察側有利な判決が下されるもの、だそうな。ダメージが1点足りない程度では有耶無耶にされるとか。となればやはり真犯人を探さなければならない。

 しかし、役者は既に全員出そろっている。後は行方不明のキャリオンクローラーぐらいだ。

エイロヌイ:「そのキャリオンクローラーは宿屋にはいなかったの?」
シェリー:「どうかしら。でもいれば騒ぎになるはずよ。いないんじゃないかしら」
エイロヌイ:「……つまり、キャリオンクローラーという恐るべきけだものが、このエヴァーナイトを徘徊している、というわけね」

 多数のゾンビが暮らすこの街では、キャリオンクローラーは文字通り恐るべきけだものに違いない。

シェリー:「では、そのキャリオンクローラーを探しにいっても構わないわ。その間休廷ということで」

 というわけで外出許可は得られた。PLはおやつタイムだが、PCはそうはいかない。技能チャレンジが宣言される。
 ジェイドは〈運動〉判定で成功。足を棒にして街じゅうを探し回った。つまり路地という路地を調べ上げ、どこにもキャリオンクローラーは潜んでいない、という悪魔の証明を成し遂げた。
 セイヴは〈地下探検〉判定で成功。ブラック・ランタン亭の前に倒れている戸板に気が付いた。――有史以来、キャリオンクローラーは戸板の下に隠れると相場が決まっているのである。

 この時点で技能チャレンジは成功。つまり。

ジェイド:「戸板……キャリオンクローラー……まずい、これはまずい……」

 セイヴが戸板を示した途端、ジェイドの顔色が変わる。子供の時のトラウマが甦ったのだ。一瞬で使い物にならなくなったジェイドの代わりにセイヴとタランが戸板をひっくり返すと、その下にはキャリオンクローラーの幼生が潜んでいた。頭にリボンなどつけているところを見ると、ペットとして大事にされていただろうことはすぐわかる。

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 というわけで、その小さなキャリオンクローラーを法廷に運んで行った。

シェリー:「……あらかわいい」

 可愛いのか。

シェリー:「だって、キャリオンクローラーだってひらがなで書けば“きゃりおん☆くろーらー”とかでしょ。可愛いじゃない!!」

 まぁ、そういうことにしておこう。リボンとかもついてるし。
 試しにそいつを証言台に立たせてみたが「……うきゅ?」と鳴いているばかりである。ゾンビが口をきくようになってもキャリオンクローラーはそうはいかないらしい。

ジェイド:「ひょっとしたらライト氏は飼いキャリにアタマを喰われたとかかもしれないな。キャリオンクローラーの牙は刃物と似たような傷を与えたりするんじゃないか? ……そいつの腹の中を調べてみたら骨が出てくるとか……」

 ジェイドがいつになく物騒なことを言い出す。仮にもひとのペットとして大事にされていた生き物の腹の中を調べろとは凄まじい言い草だが、キャリオンクローラーだけは可愛いとも思えなければかける慈悲もないということらしい。

 しかし。
 こうやってキャリオンクローラーを連れてきてはみたが、事実はなかなか見えてこない。犯人になりうるのは部屋に出入りしたジャーヴィと部屋の中にいたシンデルマン、ヘプタ。ジャーヴィは能力的に無理。となれば……

エリオン:「凶器と思しきシックルだが、その柄に腐肉はついていないか?」

 残る可能性は、シンデルマン氏が何らかの理由と手段でライト氏を殺し、ヘプタに不利な状況を作ったというもの。殺害手段についてはひとまず置くとしても、状況なら作れるはず……すい、と、エリオンは眼鏡をかけ、シックルを睨む。いや、先週貰った“レンズ・オヴ・ディサーンメント”のパワーを使用して知識判定に修正をつけているのだが。

エリオン:「……このシックル、臭うぞっ」

 確かにシックルの柄には腐肉の欠片。腐った手で握らなければこうはならない。

 ライト氏の検死記録で得られた、頭部へのクリティカル・ヒットと22点のダメージでの一撃死という情報
 生腐肉のパイ
 愛らしいキャリオンクローラー
 軟膏の付着した夜具
 腐肉の付着したシックル
 それに3人の容疑者――ヘプタ、ジャーヴィ、シンデルマンの調書――具体的にはキャラクター・シートおよびモンスター・データ

 証拠は揃った。
 が、いずれも決定的な証拠にはなり得ない。いや。ヒントはある。そう、キャリオンクローラーだ。キャリオンクローラーは、腐肉を喰う。

 ――あそこで死んでた“ライトさん”は本当にスケルトンだったのか。
 ――キャリオンクローラーに喰いつくされたゾンビの白骨死体だったのではないか
 
 確かに、ゾンビも白骨化してしまえばスケルトンと見た目は変わらない。

 と、突然セイヴが手を挙げた。具体的にはDMから〈地下探検〉判定を要求され、成功したのだが

セイヴ:「ジャーヴィの生腐肉パイは“さいごまであたたかく食べられる”のが売り。だが……キャリオンクローラーは、あたたかい肉は喰わないんじゃなかったか?」

 その言葉を受けるように、ふっとエイロヌイの顔が冷たい微笑みを浮かべた。

エイロヌイ:「ジャーヴィの生腐肉パイを持ってきてください」

 あたたかいパイが運ばれる。新鮮な腐肉の臭いが鼻を突く。それをキャリオンクローラーの前に置く。昨夜パイ三人分を食べつくして空腹ではないということなのか、キャリオンクローラーはそっぽを向いたままだ。

エイロヌイ:「では、冷めたパイを持ってきてください」

 冷めた生腐肉パイが運ばれる。すると、これにはキャリオンクローラーは反応した。
 ということは。
 エイロヌイ、優雅にシンデルマン氏のほうを向く。

エイロヌイ:「……あなたはゾンビですか?」
シンデルマン:「……」
エイロヌイ:「あなたが殺したんですか?」
シンデルマン:「……」
エイロヌイ:「キャリオンクローラーをこちらにくださいな」

 樫の木の乙女の白い手が、きゅうきゅう鳴くキャリオンクローラーを抱き上げ、シンデルマン氏に近づける。キャリオンクローラーは身をよじってシンデルマン氏に近づこうとする。それはまるで飼い主に甘えるペットのよう。シンデルマン氏の身体から汗だか腐汁だかわからないものがだらだらとしたたり始める。

エイロヌイ:「ここにいるのは生腐肉パイをまとったライト氏で、死んでいたのは肉を剥がされ喰いつくされたシンデルマン氏の骸骨ではなかったのかしら?」

 証拠がないだろう、と、“シンデルマン氏”はかすれ声で言う。

エイロヌイ:「証拠?」

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 ほっそりとした手は再びキャリオンクローラーを抱え上げ、傍聴席に座っていたゾンビに近づける。キャリオンクローラーはたちまち嬉しそうにゾンビに喰らいつこうとする。

エイロヌイ:「ヘプタ、ライト氏を撃ちなさい!!」

 証拠品の山に駆け寄ったエイロヌイ、ヘプタにクロスボウを、“シンデルマン氏”にはロングソードを投げ渡す。一瞬躊躇し、ヘプタはボルトを撃ちだす。隣接した敵が遠隔攻撃を行なったので、反射的に思わずロングソードで機会攻撃を行なってしまう “シンデルマン氏”。

エイロヌイ:「ロングソードに習熟している……あなた、スケルトンね。そもそもあなたが本当にゾンビなら、叩き付け攻撃があるでしょう」

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 エイロヌイは静かに言った。

ライト:「……そうだ。俺がやった。当たりどころが悪かった。クリティカル・ヒットしたら奴はあっけなく死んじまったんだ。でも、あいつが悪いんだ……きゃりーちゃんはあたたかいパイじゃ駄目だったんだ。腹を減らしたきゃりーちゃんに、あいつがちょっとでも肉を分けてくれていれば……」

 ロングソードを放り出し、床にがっくりと膝をついてライト氏はすすり泣き始めた。その身体から、ジャーヴィご自慢の生腐肉のパイのフィリングがぼろぼろと剥がれ落ちた。

 つまり、こういうことだ。

 ライト氏はペットの“きゃりーちゃん”のために生腐肉パイを3人前注文した。が、パイはなかなか冷めない。
 それでは食べられず、腹を減らして鳴くきゃりーちゃんのために、少しでいいから身体の肉を分けてくれとライト氏はシンデルマン氏に頼む。断られてカッとなり、思わずロングソードで殴り掛かったところクリティカル・ヒット。ゾンビの脆弱性を持つ――つまりクリティカル・ヒットを与えられたら即座にhpが0になるシンデルマン氏はそれで一撃死。
 ライト氏は死んだ死体の肉をきゃりーちゃんに与え、自分はまだあたたかい生腐肉パイをまとってゾンビになりすます。それから同室のヘプタに罪をなすりつけるべく、ジャーヴィが落した軟膏の残りを夜具になすりつけ、シックルを床に落として状況をこしらえた……

セイヴ:「さて、検事のシェリーちゃん。これで私の同胞ヘプタの無罪は確定しました……ということでいいな?」

 裁判長が重々しく閉廷を宣言する。ヘプタが被告席から解放され、代わりにライト氏が引き立てられていく。その背中に向かってエイロヌイは声を張り上げた。

エイロヌイ:「ミートパイより重いゾンビの命がありますか!!」

 ……何もかも間違っている気がするが、おそらくはこれもエヴァーナイト流。
 エイロヌイもしっかり馴染み始めている気がするが……たぶんそれも、気がするだけの話だ。



ジェイドの決断

第二部第1回:
問い:「1日50gpと胸の肉1ポンド」の条件でグールの案内人を雇うか?
決断:雇いたいが、肉はともかく無い袖は振れない。1日あたりの給金をまけてもらう。

第二部第2回・その1:
問い:酒場で盛り上がるアンデッドたちにどう接する?
決断:郷に入ってそっぽを向いていてもしかたない。一緒に騒ぐ。

第二部第2回・その2:
問い:エヴァーナイトで名を上げるために何をする?
決断:デーモンの大穴に入る。そろそろ、タイモーラに捧げたコインの裏表を見に行くのも良さそうだ。

第二部第3回:
問い:「おろかな奴。もう一度訊く。そんなに死に急ぐか?」
決断:Yes

第二部第4回:
問い:壊すことも扱うことも可能なボーン・マングレル・ドラコリッチをどうする?
決断:ここで壊すのは忍びない。連れて行こう……

第二部第5回:
問い:アンデッドたちと相部屋になるのはジェイドとヘプタのどちら?
決断:ヘプタのほうが馴染みやすそうだ。


著:滝野原南生