水曜夜は冒険者――場所はお馴染み、東京は代々木、HobbyJapanの配信室から。
本日はミシュナとヘプタがお休み、でもまさかネヴァー城に踏み込もうというこの局面で別行動というわけにもいかないので、微妙に画面に映らない感じで同行、という扱いに。
かつてはネヴァーウィンターに暮らしていた者たちの恨みを正面からたたき伏せ、前庭の灰鏡の回廊を抜け、先行するタンジェリン一行の後を追うジェイドたちが見るものは……
灰鏡の廊下を抜けたその先は、謁見の間であった。
薄暗い広間の奥、一段高くなった場所に黒々とした玉座。正当なる主をなくしたはずのその座から、しかし、ゆらりと立ち上がった者がいる。
???:「すまんな、待ちくたびれたので、座らせてもらったよ。おっと、ネヴァーウィンターの王様の前では失礼だったかな」
笑いを含んだ声でそう言ったその人影は、気取った仕草で大きな羽のついた帽子を脱いだ。帽子の影になっていた顔が露わになってはっきりとわかる。黒い皮膚、特徴的な顔立ち……ドラウエルフだ。男は見事に剃りあげた頭をもったいぶって下げてみせる。
???:「俺はジャーラックスル、ブレガン・ドゥエイアゼという傭兵団を率いている。あんたがたは手助けが要るんじゃないか? どうだ、俺を雇わないか?」
ジェイドが微かに眉を顰める。
セイヴ:「知っているのか、ジェイド?」
ジェイド:「ああ、知っている。ドリッズド・ドゥアーデンにも並び称される剣客だ。しかし……」
セイヴ:「しかし、何だ?」
ちなみにドリッズド・ドゥアーデンとは『ダークエルフ物語』の主人公、この世界では非常に有名な”凄腕の剣客にして善なるダークエルフ”である。というのはさておき。
セイヴの問いに、ジェイドは軽く首を振って答えない。だが彼は思いだしていた。成人の儀式の日――彼がサン家の実の子ではなかったことを知らされ、次いで炎に追われるように旅立った日――に、屋敷に攻め込んできた者たちのことを。黒い肌、特徴的な顔立ち――ドラウだった。ジャーラックスルが率いるのは傭兵団であるというなら、金で雇われ父の屋敷を襲ったのが彼らであってもおかしくない。
だが、その隣ではエリオン――こちらもジャーラックスルの名には聞き覚えがあったらしい――会話を続けている。
エリオン:「その傭兵団長が我々に何の用だ?」
ジャーラックスル:「何、商売の話さ。あんたがたはこの地下に潜ろうというのだろう? 地下なら我々ドラウの領分だ。誰よりも正確に案内してやるし罠があれば外してやる。悪い話じゃなかろう?」
なぜそんな商売をもちかけてきた、と問われ、ジャーラックスルはにやりと笑った。
ジャーラックスル:「なに、この街の王様に恩を売っておいて損はないと思ってね。以前はサーイの連中と取引をしていたんだが、奴ら、もう我々の助力は要らないと言う。ならば次の商売相手だ。見返りは……そうだな、この城の地下で見つけた宝物の1割、それだけでいい」
顔を見合わせる一行。だが、ジェイドの顔は晴れないし、そもそも相手は卑劣と裏切りで名高いドラウエルフだ。
エイロヌイ:「あなたを信用するに足る理由がありませんわ」
ジャーラックスル:「そうか? だがな、俺を雇うってのは悪い話じゃないぜ。あんたたちと組むんじゃなけりゃあ、他に声をかけてきた奴もあるんだ。例えばラスカンの死鼠団という盗賊団の頭領で、キング・トイという男がこの城の地下にある秘宝を狙ってだな……」
セイヴ:「トイと組むだと!?」
皆まで言わさずセイヴが詰め寄る。そう、セイヴは一度目の生においては死鼠団の一員だった。キング・トイに裏切られて殺され、トイを憎んで死にきれぬその心をケレンヴォーが憐れんだか、レヴナントとして甦ったのだ。そこにその名を聞いたとあれば――
だが、ジャーラックスルはまた人の悪い笑いを浮かべ、セイヴを押し留めた。
ジャーラックスル:「だが、俺は奴には返事をしていない。いかに俺といえどもあの連中と組みたいとはあまり思わないのでな。で……」
セイヴ:「ボウズ、こいつを雇え。死鼠団と組ませるぐらいならあんたが雇ったほうがいい」
ジャーラックスルが相変わらずにやにや笑いながら言うには、キング・トイだけではなくサーイのレッド・ウィザードたちの中にも個別に商売話を持ち込んでくるものもいるらしい。もっとも彼らが欲しがっているのは城の地下の秘宝ではなくネヴァーウィンター九勇士の亡骸らしいのだが。
だが、それもあまり気持ちのいい話ではない、それよりも王様に恩を売るほうが面白い、と、ジャーラックスルはもう一度言った。
エイロヌイ:「わかりました。ところであなたはこの城の宝物で手に入れたいものがあるのですか?」
ジャーラックスル:「身に着けられる魔法の品物……だな。ああ、もちろんあんたがただってこの城の地下に用がある以上、あんたがたにとって必要なものを俺が取っちゃまずかろう。好きに取らせろとは言わんよ」
エイロヌイは静かにジェイドを見遣った。あなたがお決めなさい。
ドラウの集団とはいえ、ブレガン・ドゥエイアゼは地上で活動する一派だ。契約した以上は契約内の約束は守る――その点においては信用がおける。だが、これ以上胡散臭い連中と手を組んだら、今後に大きな禍根を残すのではないか。とはいえこの城に挑むうえで地下に詳しいものの助力は確かに欲しい。さらに、放っておけばこの男、どんな勢力と組んでしまうか知れたものではない……
ため息をつき、ついにジェイドは口を開いた。
ジェイド:「わかった、お前を雇おう」
そうこなくちゃ、と、ジャーラックスルが頷き、さらに付け足す。
ジャーラックスル:「特別サービスだ。この地下にはあんたの妹もいるんだったな。その一行の安全もある程度保障してやる――先に行かせた俺の部下に守らせてやろう。何しろネヴァーウィンターの王様にして死者の王の先導を務めるなど、ずいぶん光栄なことだからな」
ジャーラックスルが玉座の後ろを示すと、そこには地下の暗黒の中へ延びる階段が口を開けていた。いよいよ出発だ。
が、一行が階段へと踏み出した瞬間、そこに鎧に身を包んだ老人の姿が浮かび上がった。実体はない。亡霊だ――重々しく厳めしい風貌、おそらくはネヴァーウィンター九勇士の誰か。
亡霊:「果てなき迷宮、ネヴァーニースに挑むものよ、心するがよい。王宮に相応しからぬものが踏み込んだなら、二度と不埒を働けぬように迷宮はおぬしらを閉じ込めるだろう……」
お決まりの警告だ。
何と言われようと、この先には救うべき人、あるいは倒すべき人物がいる。
亡霊の脇を抜け、一行は闇の底へと続く階段へと踏み込んだ。
長々とした階段を降りてゆくうちに、足の踏む感覚がどこかふわふわと頼りないものになってきた。このあたり一帯が何らかの魔法を帯びているようだ、と、エリオンがつぶやいた。
永遠に続くかと思った階段もやがて途切れ、するとその先はまたとてつもなく長い廊下になっていた。が、この廊下の輪郭はどこかぼんやりして頼りない。また魔法か、と、ジェイドが廊下の敷石を剣で突いてみた。その瞬間、どこかあやふやだった足場がしっかりしたものに変わった。
――どうやらこの地下迷宮は自動的に生成されているらしい。先導するジャーラックスルの言うには、
ジャーラックスル:「まったく恐ろしいところだぜ。昨日来たときはここは自然洞窟だったのにな。……そうだ、この迷宮は来るごとに姿を変えやがる。呪文荒廃の力とこの城を守ろうとする力が合わさってねじまがったあげく、こんなふうになったらしい。俺の部下も何人かこの洞窟の中で行方不明になった。まったく高い投資についたぜ」
ということらしかった。
ともあれ、そこをゆかねばならぬ。技能チャレンジが要求される。
非常に困難な道行、ということで、必要成功回数は3回失敗する前に10回。ただしジャーラックスルが同行しているので、既に3成功は得られたものとしてカウントを開始する。
技能チャレンジの前半は集団判定で〈地下探検〉、〈知覚〉、〈持久力〉に成功することが要求された。ただし回復力使用回数を1回ぶん消費することで出目に+2することができる――疲れきるぐらい頑張ると宣言したなら判定が有利になる、というわけだ。
〈地下探検〉は、危ないところで成功した。〈知覚〉と〈持久力〉は難なくクリア。ジャーラックスルは「やるねぇ」と呟き、小さく口笛を吹いた。しかしエリオンはここで回復力使用回数を減らしてしまっている。
ジャーラックスル:「体力は温存しておけよ。この先どんなことになるかわからん。俺の部下の中には九勇士の幽霊に襲われて殺されたものもいるんだ」
と言われても、既に使ってしまった回復力使用回数は戻っては来ない。
そうこうするうちに、また大鏡の据えられた廊下に出た。親切なことに、先を行くタンジェリン一行の様子を映し出している。
4人を先導するのはハーパーの元指導者、キムリルである。サンブレードを手にしたタンジェリンが続き、その後ろをアデミオスに手を引かれたデイロン。
キムリル:「まったく、この廊下はどこまで続いているのかしら」
タンジェリン:「……デイロン君、大丈夫?」
小さく頷くデイロン。アデミオスが眉を顰める。
アデミオス:「デイロン様には少々お辛いようですな……」
言いながらアデミオスはひょいとデイロンをおぶった。
タンジェリン:「……あ、デイロン君、いいなぁ。私もちっちゃい頃、よくお兄ちゃんにおんぶしてもらったよなぁ……」
誰に言うともなく、タンジェリンがつぶやく。鏡のこちら側で、ジェイドが小さく呻いた。
一方、鏡の中では、いつの間にかアデミオスとキムリルが罵り合っている。
アデミオス:「まったく、お前が先導していながら迷うとはな。この役立たずが」
キムリル:「だったらあんたが先に行けばいい。正義のハーパーとしては、あんたみたいな似非神官はさっさと罠にでもかかって死んでくれたほうが有難いわ」
アデミオス:「なんだと、ハーパーだかローパーだか知らんが、我々を謀り、わざと危険な場所に踏み込んだわけではなかろうな」
いつ終わるともしれぬ言い争いの最中に、アデミオスの背中でデイロンが小さく叫んだ。
デイロン:「二人とも静かに! 闇の中から何かが……」
その言葉通り、鏡の奥の闇の中から触手のついた犬のような獣が歩み出してくる。タンジェリンが小さく悲鳴を上げ――そして鏡の表は真っ暗になった。
エリオン:「あれは――ディスプレイサー・ビースト!! こうしてはおられぬ、急がなくては!!」
駈け出そうとするのをジャーラックスルは笑って止め、
ジャーラックスル:「慌てるな。あいつらはこのずっと下だ。いまさら走って行ったところでどうしようもない。それにあいつらはああ見えて腕利きだ。何とか切り抜けるさ……ところで、」
言葉を切り、エリオンとエイロヌイのほうを見遣る。二人とも、アデミオスの姿が映った途端に(いや、エリオンはアデミオスがデイロンをおぶってからだが)殺気立った目で鏡を睨みつけていたのだ。
ジャーラックスル:「あのアデミオスってのは何者だ? ちょいと興味があるんだが……」
エイロヌイ:「似非神官ですわ、呼ばれていた通りに。コアロン神の司祭と偽って、九層地獄の魔王アスモデウスの信徒でしたの」
ジャーラックスル:「アスモデウス! ほう。……だが、蜘蛛神ロルスよりはずいぶんとマシだな」
エリオン:「マシなものか。こうしてはおられん。急いでくれ」
エリオンの眼の色は既に尋常ではない。大事な弟がアデミオスを信じきり、その背中におぶわれている。そして自分は何をすることもできない。――できるのは先を急ぐことだけ。
というわけで、技能チャレンジの後半が開始となる。失敗回数は前半から引き継がれるが、前半は一度も失敗していないので実質的には3回失敗する前に4成功すればよい。今度は個々人の判定。使える技能は〈運動〉、〈盗賊〉、〈交渉〉、〈看破〉、〈歴史〉、〈魔法学〉、〈威圧〉である。
エイロヌイは十分に高い〈交渉〉技能をもって、ダイスをロールすることなく出会った幽霊を説得し、道案内をさせた。身体に妖精郷の光を纏い、ネヴァーウィンターの王にして死者たちの王のための道案内を乞うたのだ。微妙に〈威圧〉じみているが、ともあれ、亡霊は「あの王と呼ばれている男からは死の臭いしかしないが、あなたのように高貴な方に頼まれたのであれば」と言って道案内をしてくれた。
エリオンは〈魔法学〉判定に成功し、この迷宮が生成される仕組みを見抜いて安全な道を見出した。
セイヴは〈盗賊〉技能に成功し、仕掛けられていた罠を解除した。
失敗なしでやってきた最後になるはずの判定はジェイドの〈運動〉判定だったが、これは失敗した。おそらく唐突に出現した迷宮の段差が目に見える以上に大きなもので、そこに足を滑らせたのだ。
エイロヌイが〈看破〉に成功し、その先の落とし穴めいた構造をことごとく見抜いたので事なきを得た。
ジャーラックスル:「なんてこった。前に来た時よりさらに酷い罠ができてる。あんたら、ずいぶんこの城に嫌われたもんだな」
嫌われもするだろう。何しろこの街の滅びの原因を作った者が同行しているのだ。が、
エイロヌイ:「好き嫌いが先に立つとは、大した城ではありませんのね」
セイヴ:「俺たちを嫌っているのが城でも九勇士でも構わん。王と呼ばれるこの男が九勇士を説得するさ。この街に根を下ろしていこうとする人間だ」
言い放つ2人を面白そうに眺め、ジャーラックスルはジェイドに向き直った。
ジャーラックスル:「説得……か。説き伏せる自信はあるのか?」
ジェイド:「説得する気はそもそもない。話し合おうとは思う。だが、俺がするのは死者に対し、生きているものとして――この先を生きる者として、思いを通すことだけだ」
微かに視線を落とし、だが揺るがぬ口調でジェイドはそう言った。
さらに行くと、急に空間に何か細かな光の粒のようなものがあふれ始めた。闇の中で瞬く無数の光点――きらめく光のせいで、互いの輪郭さえぼやけて見える。これは危ない、ひとまず全員の身体をロープでつないだほうがいい、そう言ってジェイドが荷物からロープを取り出し、隣のエリオンに渡そうとした瞬間。
受け取るはずの手が消えていた。
いや、そこには誰もいなかったのだ。
エリオン:「ジェイド――ジェイド!? どうした?」
ロープを渡そうとしてくれていた手が不意に見えなくなり、エリオンは思わず大声を上げた。と、
デイロン:「兄さん!? そこにいるの?」
エリオン:「デイロン!?」
ジェイドの代わりに応えたのは――忘れもしない弟、デイロンの声。気づけば怪しい光の粒は消え、エリオンは薄暗い洞窟の中に立っていて、そして目の前にはアデミオスにおぶわれたデイロンがいるのだった。
デイロン:「兄さん――生きていたんだね。一瞬だけ僕の視界が戻ったから、兄さんはてっきり死んだものだとばかり……」
エリオンは生来目が見えず、そして後から生まれたデイロンが「病弱な自分の代わりに兄に視界を」と、自身の“目”を譲ったという経緯がある。
エリオンはそれには小さく頷くだけで応え、そして声を張り上げた。
エリオン:「デイロン、その男の背から降りろ。そいつは危険な男だ!!」
デイロン:「……どうして? アデミオスさんはずっと僕に親切で、僕を守ってきてくれたのに」
エリオン:「デイロン……!!」
本当はすぐにでも飛び出し、力づくでデイロンを奪い返したい。が、エリオンの襟首をしっかりとつかみ「ダメっすよ、マボロシっすよ、ぜーんぶマボロシ」と言いながらその場から動かそうとしない手が邪魔だ。
タランとエイロヌイもその場にいるのだった。
そして、タランの手は、もう一人、エイロヌイの肩も押さえつけている。
エイロヌイ:「そう、アデミオスを信じるというのね……あなたは本物のデイロンかしら?」
エイロヌイの唇が、きゅう、と歪む。美しい顔が魔女のような笑みを浮かべていた。
エイロヌイ:「本物だというのなら、あなたのお母様の名前を言ってごらんなさい」
ここで慌ててDMがデイロンPL瀬尾から送られた膨大な設定集を読み返し始めたというのはご愛嬌。ともあれ、
エイロヌイ:「……確かに本物のようね。ということは、」
樫の木の乙女はアデミオスの方を向き直った。
エイロヌイ:「あなたも本物ですわね?」
その手には抜き放たれたレイピアが握られている。
エイロヌイ:「ならば生かしてはおけませんわ、アデミオス」
エリオン:「油断したな、アデミオス。ニュー・シャランダーに残されていた証拠はすべて明らかとなっているぞ」
アデミオス:「……ま、待てッ」
デイロンを背負ったまま、アデミオスはじりじりと後ずさりを始めた。
アデミオス:「この迷宮の奥底で、いかなる敵が潜むともしれぬこの危険な場所で、私ひとりを殺しても何もならんぞ。私は少なくともタンジェリン女王をお守りし、デイロン様をお守りして……」
エリオン:「貴様のごとき裏切り者が我が弟を守るなどと片腹痛いッ」
アデミオス:「吠えるな、この街を災厄に陥れた貴様らがッ」
その一言に、エリオンは一瞬たじろぐ。が、
エイロヌイ:「そうね。でもそれは物質界の話。フェイワイルドの住民たる私たちにとって、物質界の法がなんだというのです? 私はあなたの断罪の権利を得ています。コアロン司祭長、エムレイ・ファイアースカイから直々に。あなたを自らの手で絞め殺したいとエムレイは言っていました。けれども司祭長ともあろう人を復讐者にするわけにはいきませんものね?」
エイロヌイの表情はかすかに笑んだまま、氷のように冷たかった。その時、
デイロン:「嫌だ、アデミオスさんを殺しちゃだめだ!! この人はずっと僕を守ってくれたんだ!!」
デイロンが絶叫した。エリオンが言葉もなく後ずさる。そして、
アデミオス:「デイロン様……」
アデミオス本人も、デイロンの言葉に驚いているようだった。デイロンはさらに言葉を継ぐ。
デイロン:「兄さん、兄さんこそどうしてあんな危険な人と一緒にいるの? 僕だって信じたくなかった。でも予言の中で見えたんだ……この街を滅ぼしたのは兄さんが一緒にいる人じゃないか! しかもその人は死者たちの王にまでなって……」
エリオン:「……あれは」
エリオンは反論しかけ、言葉を切った。が、黙っていても何もならぬ。苦しい言葉をエリオンは紡いだ。
エリオン:「私とて彼を完全に信頼して共にいるわけではない。しかし、あの男はネヴァーウィンターを救おうとして敵を斬った。その結果が火山の噴火だった。それも敵が、自分を斬れば火山が噴火するぞと言ったから因果関係があると我々は思っているというだけのことかもしれぬ。確かにあの男は死者たちに推挙され、その王となった。褒められた話ではないかもしれぬ。が、あの男は何ごとかを成し遂げようとしている。私はそれを見届けるために――それが本当に正しき場所に行き着けるかどうかを見届けるために、傍にいるのだ。それに、」
エリオンはため息をつく。
エリオン:「私がお前を思うのと同じように、あの男も親族を……妹、タンジェリンを救うことを考えていた。そのために、自らの身を顧みず進もうとしていた。その一点で、私はあの男に完全に共感している」
それでもデイロンはアデミオスの肩から手を放そうとしない。エリオンは静かにアデミオスを見据えた。
エリオン:「アデミオス、貴様がネヴァーウィンターの地下で口にしたこと、私は忘れてはいないぞ。我が弟をこともあろうにアスモデウスの生贄にする、と、貴様はあの時言ったのだったな。その弟にここまで信頼されて、貴様、心は痛まないのか?」
アデミオス:「私とて……私とて、デイロン様に死んでほしくはない」
言いながらアデミオスは今度こそ闇の中へと後ずさっていく。
エリオン:「言え、アデミオス!! 貴様の目的は何だ?」
アデミオス:「……それは言えぬ……」
声は既に闇の奥へと消えていた。気づけばエリオンもエイロヌイも元の廊下にいる。傍にはロープを差し出しかけたまま怪訝な顔のジェイドもいる。何か不思議な場所に飛ばされていたのは、ほんの一瞬だったようだ。
エイロヌイ:「シルヴァークラウン」
打ちひしがれるエリオンに、エイロヌイは静かに言った。
エイロヌイ:「デイロンから兄として信頼されたまま彼を失うのか、それともデイロンを奪還し、そして彼からもはや兄ではないと蔑まれるか……覚悟しておいたほうがいいかもしれませんね」
この世ならぬ時空に迷い込んだのはエリオンとエイロヌイだけではなかった。セイヴもまた、この迷宮のどこかで、所縁ある人物に会っていた。
怪しい光の粒に取り巻かれたと思った次の瞬間、セイヴは暗く冷たい通路にひとり佇んでいた。通路の向こうから見覚えのある――いや、見忘れようもない人物がやってくる。白いフードを被り、両手には毒を塗った曲刀。異形の顔、赤い瞳。ラスカンの死鼠団の団長、キング・トイである。
セイヴの唇が、凶悪な笑みを浮かべた。
そのまま通路の真ん中に仁王立ちになり、セイヴは仇敵を待ち受ける。
キング・トイ:「……? 両手足の鉤爪、死人の顔色……新手のモンスターか?」
気配に気づいて顔を上げたキング・トイはひとりごちる。当然だ。彼が知っているのはエース、自分の地位を脅かしかねぬと恐れて殺したハーフエルフで、レヴナントのセイヴではない。
セイヴ:「よく口の回るネズミだな」
笑みを浮かべたまま、セイヴは斬りかかった。キング・トイその人から習い覚えた二刀流の剣技ははるかに上達しこそすれ、その太刀筋は死ぬ前から変わらない。キング・トイの顔が驚きに歪む。
セイヴ:「俺はラスカンでエースと呼ばれていた男だ。見忘れたか」
キング・トイ:「まさか! ……奴は殺したはず……」
セイヴ:「ああ、死んださ。だがケレンヴォーさんが、お前にはまだ為すべきことがあるだろうってんでこの世に送り返してくれたのさ」
キング・トイ:「まさか……俺を殺すために? ……いや待てエース、貴様ずいぶん強くなったじゃないか。そんな力を手に入れたなら死鼠団に戻ってこいよ。歓迎するぜ」
セイヴ:「あんたの首をここで叩き落としたら、頭領になりに戻ってやってもいいぜ」
言葉の応酬の間も、刃と刃のぶつかり合う音は止まない。
キング・トイ:「落ち着けエース、この城の地下にはすごい財宝が眠っているらしいぞ。俺と組もう。財宝を手に入れて山分けだ。復讐なんて止せ」
セイヴ:「興味ねェな。金なんてのは一日暮らすだけありゃぁ十分だ。そんなもんに縛られない人生ってのは面白ぇぞ。最高だ。生まれ変わってなァ、俺は王子様に会ったよ。本物の王子様だ。しかもこの王子様はアンデッドも従えててな……なぁ、二度目の人生があってよかったよ。なんだったらあんたも一度死んでみるか?」
埒があかないと見て、キング・トイは大きく飛び退った。
キング・トイ:「貴様も死鼠団のやり方はわかってるだろう。覚悟しろ。今度こそ二度と蘇れないようにしてやる」
捨て台詞と同時にその姿はドブネズミに変わり、そして壁の割れ目に飛び込んだ。消えていく尻尾に向かってセイヴは嘲笑いながら呼びかけた。
セイヴ:「その台詞、そのまま返すぜ。ラスカンで首を洗って待ってろ!!」
ジェイド:「そうか、そんなことがあったんだな……」
仲間たちの話を聞いて、ジェイドは小さくため息をついた。
ジェイド:「とは言え、ここまで来たんだ。目的もある。進まなきゃならん。それに……」
挙げた顔には寂しげな笑みが浮かんでいた。
ジェイド:「ほんの一瞬だとしても、探す相手に会えた皆が羨ましいよ」
ジャーラックスル:「しんみりはそこまでだ」
ドラウの傭兵団長が割って入った。
ジャーラックスル:「そろそろ九勇士の霊廟に着く。目的とするものはおそらくそこだ。だが、この辺りはサーイの連中が送り出したアンデッドもうようよしてる。気をつけろよ」
その言葉もろくに聞かばこそ、ジェイドは弾かれたように走り出していた。
通路の先に、小さいが、暖かく柔らかい光が見える。それこそサン家の家宝、サンブレード。あの光のあるところに、タンジェリンがいる。
――ようやく、会える。
ジェイドの決断
第1回
問い:エラドリンたちはニュー・シャランダーに留まるべきか、引き払うべきか。
答え:俺が秘宝を取り戻してくる。だからしばらくこの地に留まっていてほしい。
第2回:
選択肢なし
第3回:
問い:ネヴァーウィンター全滅の原因を問うネヴァレンバー卿になんと答える?
答え:俺のせいだ。俺にはこの惨劇を止める機会があったが止めきれなかった。
第4回:
選択肢なし
第5回:
問い:傭兵団ブレガン・ドゥエイアゼを率いるドラウ、ジャーラックスルを案内人として雇うか?
答え:不安は残るが先には進まねばならぬ。それに放っておいて敵対勢力と組まれてはもっとまずいことになる。雇い入れる。
著:滝野原南生