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『ネヴァーウィンターの失われし王冠』第三部第8回リプレイ:穢れしものたち
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『ネヴァーウィンターの失われし王冠』第三部第8回リプレイ:穢れしものたち

2014-06-25 14:16



     水曜夜は冒険者――場所はお馴染み、東京は代々木、HobbyJapanの配信室より。
     今回はミシュナPL若月のみお休み。それでもクライマックスのまま物語は続きます。
     人間としての生を終え、アンデッドの“貴種”ヴリロカとして甦ったジェイド。この、おそらくはより長いものとなるであろう2度目の生はそのままネヴァーウィンターの復興のために用いよう――そう告げるジェイドの目の前で大地が割れ、この世のものならぬ異形の群れが這い登ってくる――というところから今回は開始。
     どうも毎回ホットスタートが続きますが……

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     ジェイドたちが這い登ってくるアボレスどもと対峙していた、ちょうどその頃。
     地上では、ネヴァレンバー卿が騎士レオンに守られ、市長ソマン・ガルトと共にネヴァーウィンターの門を目指して歩いていた――もはやこの街は危険すぎる。いったんウォーターディープに引き揚げよう。

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     街路は先ほどに倍するアンデッドどもで溢れているが、ジェイドが呼び寄せたエヴァーナイトのアンデッドがサーイのアンデッドを駆逐し続けているためか、ネヴァレンバー卿一行は剣を抜くこともなく門に到着する。

     いざ門を出ようとするちょうどその時、市長が唐突に口を開いた。

    ソマン・ガルト:「私はここでお暇をいただきとう存じます」
    ネヴァレンバー卿:「……そうか、死者のうろつく廃墟と化したとはいえ、故郷は捨てられぬか。記録者としてのそなたの手腕にはこれまでずっと助けられてきた。望みとあれば……」

     暇を取らせるが、と、卿が言いかけた瞬間、物陰から奇怪な触手が数本伸びてきたかと思うと、ソマン・ガルトの身体を捉えた。物陰に引きずり込まれる市長は――抵抗するふうもなく、その顔はなにやら微笑んでいるようにさえ見えた。
     
     何事が起きたか理解できぬまま、ネヴァレンバー卿はただ恐怖に打たれ、その場に立ち尽くしていた。



     地上のことは地上のこと、ネヴァー城の地下はもっと直截な騒ぎになっていた。
     霊廟の床に走った亀裂からは水が流れ込み、ジェイド一行とタンジェリン一行は完全に別たれてしまっている。タンジェリンたちのいる“岸”にも化け物どもが這い登っているのを見ながら、しかし助けに行くどころではない。ジェイドたちの目の前にも吐き気を催すような化け物どもが次々と詰め寄ってくる。

     “変わり果てたアボレス”の身体からは際限なく触手が生え、しかしそれはすぐに身体から零れ落ち、粘液の塊となってぼたぼたと地面に散らばってゆく――おそらく呪文荒廃の力といっしょくたになってしまったためだろう。話に聞く闇海の王アボレスであればヒトのかなうものではないが、こいつなら、ひょっとしたら……。

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     その傍には脳味噌から嘴と触手が生えたグレルと呼ばれる化け物。長い触手を器用に操り、相手を絡め取っては引きずり、放り出す。亀裂がそこここに走ったこの場所では、いつ深い穴に投げ込まれるか知れたものではない。

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     さらに、巨大なひとつ眼の周りに棘めいた触手が生えた化け物……これはナシックである。邪眼が独立して命を得たとでもいうのだろうか。いずれ劣らぬ不気味さ――そして(ヴリロカと化しても)触手嫌いのジェイドは顔をしかめ、居心地悪そうに身じろぎする。

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     だが――敵はおそらくこれだけではない。地下からはまだ狂気の音楽が響いてくる。ここは奴らの巣――いや、王国。いくらでも新手が湧いてくるのかもしれぬ。

     いや、こうしてはいられない。セイヴが口火を切った。
     あふれる水を跳びこし、こちらを睨んでいたナシックにいきなり斬りかかる。見事に命中、バランスを失ってその場に倒れるナシック――だが、その身体からは呪文荒廃の気配が滲み出している。瘴気に触れたセイヴが顔を顰める。毒だ。

     ヒトの身であった頃のトラウマから未だに抜けきれぬジェイドは、これだけの敵を前にしてもまだ頭の中に靄がかかったよう。いや、これだけの触手を一度に目にしたからかもしれぬが、幻惑状態から戦闘を開始している。

    タンジェリン:「お兄ちゃん、しっかりして、勇気出して、おにいちゃん!!」

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     亀裂の向こうからタンジェリンの叱咤が飛ぶ。
    具体的にはテイク・ハート・フレンドの兄妹版、テイク・ハート・オニーチャンである。だが声援を貰ったからといっても触手のトラウマによる幻惑状態は消えない。

     そうする間にもアボレスの触手がヘプタとエリオンを襲う。エリオンは身を捻ってかわしたがヘプタは触手に滅多打ちにされて幻惑状態に。そうしてアボレスはそいつ1体きりではない。2体目のアボレスの触手が凄まじい勢いで繰り出され、セイヴの身体を撃ち抜く。

     仲間が暴れているうちに、と、ナシックは剣士の間合いから外れようとする。転がったまま這い進むが、もちろんセイヴがそれを見逃すはずはない。そして、

    エイロヌイ:「ヘプタ、この状況で何をぼうっとしているのです!?」

     エイロヌイがヘプタを叱りつける。もちろん神の力を借りて奮起を促しているのである。しかし、試みさせた幻惑状態へのセーヴは失敗。そこでヘプタの臍のピンが応えるようにきらりと光った。正義の秘密結社ハーパーの構成員に与えられる神の祝福、リーラの幸運により、セーヴ成功。危ないところだったがヘプタの眼に光が戻る。それを見届けるとエイロヌイはもうアボレスに向き直り、真っ直ぐに剣を叩き込んでいる。

     エイロヌイの叱咤に気を取り直したヘプタの働きは目覚ましかった。水の流れを飛び越えて倒れているセイヴのもとに出現するやいなやその傷を癒し、

    ヘプタ:「アニキ、あとは頼みますよ!!」

     仲間の剣に神の導きをと祈りながら放った矢はみごとナシックに命中。ナシックは二度と立ち上がることなく事切れた。

     エリオンはグレルの1体と一騎打ちを演じていた。魔剣はみごとグレルの触手を何本か斬り落とす。が、グレルもエリオンの身体を引っ掴むと引きずり回し、穴へと放り込む――あわや、と思った瞬間、穴の下から呪文を唱えるエリオンの声がした。
     これまで高いところから敵の前にひらりと飛び降りてみせるとき以外に使ったことのないフェザー・フォールの呪文であった。

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     霊廟内はだんだんに乱戦の様相を呈してきた。
     セイヴは立ち上がる暇も惜しみ、アボレスの腹の下に転がり込むとおもむろに剣を叩き込む。ジェイドがグレル2体を視線で威嚇している一方で、アボレスがエイロヌイに叩き付けた触手をタランが身代わりになって受け止めている――今のエイロヌイを少しでも傷つけさせてはならない。彼女は霊廟の王の呪いを受けており、傷を受ければ余計に血の噴き出す身体、脆弱性5の身となっているのだ。エイロヌイはタランに手を貸して立ち上がらせてやると、おもむろに自分の身体を樫の木のそれに変える。木の肌は敵の打撃に耐えることができる。

     ヘプタの手から炎をまとった妖精がグレルめがけて飛ぶ。グレルが大きくよろめく。そして次の瞬間には、件のグレルに穴に放り込まれたはずのエリオンが、傷ひとつ負うことなく床の上に飛び出してくる。穴の底を力強く蹴って壁に取り付いた次の一瞬の瞬間移動――「この私を床に這わせようなどとは」と、エリオンは微かに笑う。

     厄介な妖精族は後回しだ。グレルは目の前のヴリロカ――ジェイドをつかんで穴に放り込む。が、これもまた次の瞬間には戻ってきている。これは単に凄まじい勢いで壁を登り切っただけだが。

     アボレスが触手を振り回す。打たれたヘプタがよろめく。エイロヌイが苛立たしげにそちらを見遣った。聖句を唱えながら樫の木の乙女が振り下ろした剣は神の力でアボレスを打ち――その力を奪う。“エンフィーブリング・ストライク”の技である。
     だが、弱った力に驚愕する時間はグレルには許されていなかった。穴の縁から疾風のように突っ込んできたエリオンの剣が、グレルの存在を消し飛ばしていた。剣風が隣のグレルをも巻き込む。具体的には剣のダメージで対象のグレルのhpがかっきり0になり、ブレードソングの効果の[光輝]ダメージは隣のグレルを巻き込んだのだ。咄嗟の触手での反撃も当たらず、飛び退るグレル。

     見る間に戦場の敵はおよそ半減――流れはこちらに来たか。
     そう思った次の瞬間。

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     大地が吼えた。霊廟の床が隆起したかと思うと裂け、地の底から炎が吹き上がる。そしてそれに乗って出現したのは――目の前のアボレスどもに倍する大きさ、巨大な触手持つアボレスである。

    ――呪文荒廃はすべてを飲み込む。プライモーディアルでさえも

     そう、そのアボレスは言った。いや、その思考が直接全員の脳内に囁きかけたのだ。確かにそのアボレスをここまで運んだ炎はプライモーディアルのもの……奴は元素の力を使いこなしているのか。
     アボレスは得々として自らのこれまでの企みを語る――いや、映像として直接全員の脳に流し込む。地上から人々を地底に引きずり込み、荒廃クリーチャー化しては地上に送り込む……呪文荒廃の力を植え込まれた犠牲者の中には知った顔もいる。そう、たとえばジェイドの剣の師匠にしてこの街の傭兵隊長であったサビーヌ=セイバイン将軍も……

    ジェイド:「……貴様か」
    ――これまで街を適度に栄えさせてやったのも我らなのだ。実験体の数を維持する必要があったのでな。貴様らの脳を頂戴したら、また我らはここに街を作ってやる……
    ヘプタ:「お、お魚ごときが何言ってやがる!!」
    セイヴ:「ヒトならぬものとの取引はアンデッドだけで充分だ。魚ごときとしゃべってる暇はねぇんだよ。おい、王様、何か言ってやれ」

     ジェイドは答えず、巨大アボレス――“アボレスの心暴き”である――を睨みつける。その背後でエイロヌイが冷たい笑いを浮かべる。元凶はお前ね、死になさい。

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     とにかく戦場を片付けよう。
     セイヴが今では小さく見える最初に現れたアボレスの1体に突っ込んだ。ぬらつく魚の半身が消し飛んだ。残りの半身をジェイドの蛮刀が叩き潰す。それでアボレスは形を失い、粘液と化して消えた。消えゆく生命力をすかさず飲み干し、ジェイドはあり得ざる身ごなしで仲間を庇いに行く。ヴリロカの力、“ライフブラッド”の技である。

     残ったアボレスが焦ったように触手を振り回した。それがエイロヌイに触れた――と思った瞬間。

    タラン:「エイロヌイ様!!」

     従卒が、珍しく真顔で触手と女主人の間に割り込んでいた。その身体が泡立って融けはじめ――そして消えた。妖精郷に帰ったのだ。

    九勇士の長:「既に決戦か――こうしてはおられぬぞ!!」

     霊廟に既に聞きなれた声が轟く。

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    九勇士の長:「我らの肉体の再生はまだ済まぬが――我らの魂にて貴殿らに力と希望を!!」

     墓石から光が浮き上がり、霊廟で戦う一人一人のもとに飛ぶ――その光が身体に触れると、使い果たしたと思った力が身のうちから不思議に湧き上がって来るではないか!
     具体的には一日毎パワー(あるいは遭遇毎パワー)を1つ回復させてよい、との宣言がDMから下される。これなら勝ち目はあるやもしれぬ。

     ヘプタの放ったボルトが残ったアボレスの急所を見事に射抜いた。具体的には“出目いい枠”の自称に違うことないクリティカルが出た。
     勢いに乗ったヘプタは聖印を刻んだ財布を高々と掲げ、コアロン神の名において勝利を宣言する。 “マーク・オヴ・ヴィクトリー/勝利の印形”の聖句が大アボレスを正面から叱咤する。これでこの遭遇の間中、大アボレスに対して振るわれるすべての武器は、コアロンの加護により正確さと鋭さを増すのだ。

    エリオン:「ありがたい。では、私が行くぞ!!」

     ヘプタの宣言を受け、真っ先にエリオンが走り出す。剣が高らかに歌う。大アボレスの身体を抉った剣から陽光にも似た白い光がさらに迸る。あっという間に大アボレスの身体の半ばは形を失い始める。口ほどにもない。が。

     形が崩れ始めたのがきっかけだったか、アボレスの鰓が大きく裂け、中から思いもよらぬものがこぼれだしてきた。1人のドワーフ――身体の関節のすべてはあり得ざる方向に折れ曲がり、その目の焦点はあっておらず、歪んだ口からはたえず不気味なうわごとをつぶやき続けているが……確かにそのドワーフには見覚えがある。それは市長ソマン・ガルトの変わり果てた姿であった。

     床に転げ落ちたソマン・ガルトはにやりと笑う。その身体から呪文荒廃の悪夢が網となって噴き出す。エリオンとエイロヌイは危うく避けるが、ジェイドは避け損ねた。悪夢が心を縛り上げるかと見えた刹那。

    ジェイド:「――王に対して無礼である」

     王冠に秘められた力、初代王ナシャーの怒りが無礼な狂人を罰した。
    王冠から炎と冷気が迸り、ソマン・ガルトを撃っていた。悪夢の網はジェイドの身体の幾分かをこそげはしたが、王の心に触れることはできない。

     一方、悪夢の網から飛び退ったエリオンのほうが窮地に陥っていた。大アボレスの力がエリオンの精神を捉えていた。――エリオンの眼が焦点を失ってゆく。だが誰もそれには気づかない。

     ジェイドは戦場を大きく回り込んで危険を避け、残る“小アボレス”に突撃する。ヴリロカと化した身体は思いもよらぬ速さで剣持つ腕を運んでいた。勢いに乗った剣が大きく振り抜かれる。その一撃でアボレスは形を失って消滅。戦場に残る敵はグレルが1体、大アボレス、それに狂ったソマン・ガルトのみとなる。

     エイロヌイは苦しげに唇を歪めた。呪いを受けた身のままで庇ってくれるタランもいない。戦場に蔓延する瘴気を吸い込むだけで、生命力が大きく損なわれる。具体的にはすべてのダメージに対する脆弱性5を負っているのだ。たまったものではない。だが、すべては戦闘を終わらせれば済む話。エイロヌイの胸元から妖精郷の光が迸り、汚らわしい大魚を打ち据える。

     大アボレスがとんでもないことをしでかしていたのがわかったのは次の瞬間だった。
     エリオンが突如雄たけびを上げたかと思うと、無茶苦茶に走り出した。隙だらけのエリオンに向かって大アボレスが、さらにはソマン・ガルトが一撃を浴びせる。それをものともせずエリオンが剣を叩き込んだ相手はセイヴ。

    ヘプタ:「エリオンさん、何血迷ってんですか!! ……あ、いつもか……」

     まさかその言葉に気付いたわけでもなかろうが、次の瞬間、エリオンの眼に光が戻る。これでわかる。狂人もグレルも相手にしている暇はない。本当に危険なのは、あの大アボレスだ。

     戦場をかき回そうとするグレルの触手がエイロヌイを捉えるが、もう構ってはいられない。突撃するセイヴを、大アボレスは楽々とかわした――かに見えた。
     次の瞬間、またあり得ざる速度でヴリロカ=ジェイドが戦場を大回りし、大アボレスの脇めがけて蛮刀を振りかぶっていた。その腕に嵌められた“ガントレット・オヴ・オーガ・パワー/オーガの力の篭手”がきらりと光った。空中に、少し前にヘプタが描いた勝利の印形が浮かび上がった。さらに剣が大アボレスを捉える瞬間、その柄から逆棘が飛び出し、ジェイドの手を貫く――血を吸った剣がほの赤く光った。刃の重みが増している。

     ありったけの力で叩き込まれた一撃が振り抜かれた後に、魚の形は残っていなかった。大量の粘液が床を汚し、完全な狂人と化したソマン・ガルトがその中に転がっていた。主を失ったグレルは穴に飛び込んで消えた。

     時を同じくして“向こう岸”でもタンジェリンが光の剣を最後の闇の魚に叩き込んでいる。戦闘は終わったのだ。

    ジェイド:「……だが、私にはこれが元凶とは思えない……」

     “向こう岸”の光に横顔を照らされながら、血まみれのヴリロカ=ジェイドは低くつぶやいている。



     その懸念は正しいのかもしれない。
     粘液にまみれながらあらぬことをつぶやき続けるソマン・ガルト――だが、そのきれぎれの言葉をつなぎ合わせると、何やら意味を成しているようだった。

     曰く。
     ――この地に悪が惹きつけられるのは、すべて古代の邪竜ロラガウスの力……ネヴァーウィンターの森の奥不覚に眠る古代の悪しき亡骸の力……

     ロラガウスとは何だ、とジェイドは問う。エリオンが答える。それは古代の黒竜だ。イリヤンブルーエンができるずっと前にこの地にて悪の限りを尽くしたと言う、強大な邪竜だ。そいつは大昔に死んだが、その骸は手つかずのままどこかに葬られているともいう……

    ジェイド:「そうか。では、森に往かねばならぬな」

     ジェイドは低く答える。俺は行く。街はタンジェリンに任せよう。慌てて全員がジェイドを引き留める。こんなにぼろぼろの状態で、これ以上俺たちに何ができる。落ち着け。

     落ち着くどころの話ではない。妹との再会もつかの間、その妹の剣で命を落とし、ヴリロカとして再生し、さらに瘴気渦巻く戦場で陰謀の元凶と見えたものを倒せばまだそこには裏がある……あまりのことにジェイド自身精神の平衡を失いかけているのかもしれぬ。

     私は往かねばならぬ、とジェイドは繰り返す。
     ――が、ああ、そうだ、まずはネヴァーウィンターの王として、エヴァーナイトとこの地を切り離さねばならぬな。では、タンジェリンに言ってクーリエを殺させ、この地の正当な女王として統治するように言うか。……あの男には世話にはなったが、アンデッドをネヴァーウィンターの住民にするわけにもいかぬ。いずれ決着はつけねばならぬのだろうな。

    セイヴ:「おい、落ち着けボウズ。動転しているのはわかるが……」

     その時。

     流れ込む水の向こうから、櫂の音。そして場違いな――それともすっかり忘れてはいたが確かにこの場にはなくてはならぬだろう――声がした。

    ジャーヴィー:「旦那がたー、こんなところにいたんですね!! 探しましたよー!!」

     この場の9人を全員載せるのに十分な大きさのいかだを操り、やってくるのはハーフリングのパイ屋のジャーヴィー。エヴァーナイトがネヴァーウィンターに流れ込んだので、彼も再びこの地に戻ってきたものらしい。

    ジャーヴィー:「さぁ、こんな辛気臭いところ、早く出ましょう」



     かくして戦闘は完全に終わった。おにいちゃんとも会えた、自分を狂わせた元凶も倒した、もう怖いことはなにもないのね、と幸せそうなタンジェリン。
    だがジェイドの顔は晴れない。
     ネヴァーウィンターを救わねばならぬ。エヴァーナイトとの分離、諸悪の根源の退治……王冠に認められた王としての統治のほかに、私がせねばならぬ仕事はいくつもある……どうすればいい? 予言に頼ろうにも、デイロンは戦闘の連続に疲弊し、眠り込んだまましばらく目を覚ましはしないだろう。

     そのデイロンに関しては、悩み続けるジェイドの目の届かぬところで物語がひとつ終わり、そして新たに始まっていた。

     その夜、眠り続けるデイロンの世話をするアデミオスのもとに、エイロヌイがひっそりと訪れていた。

    エイロヌイ:「アスモデウスの裁きも下らず、このままデイロンの傍にいられる方策がたったひとつあります」
    アデミオス:「……何だ? だましているのではなかろうな。言ってみろ」
    エイロヌイ:「ついてきなさい」

     エイロヌイは多くを語らず、アデミオスを連れて行った先はなんとクーリエの前。それからおもむろにエイロヌイはレイピアを抜き、アデミオスを刺殺した。

    エイロヌイ:「クーリエ、この人をアンデッドにしてあげて」

     騙したな、と苦しい息の下で呻くアデミオスに、エイロヌイはくすりと笑って言う。
     ――いいえ、こうするのが一番よかったのよ。アンデッドと化したあなたの魂にはアスモデウスの手は届かない。フェイワイルドで下された処断も既に実行済み。でもあなたは身体と意識をもってデイロンの傍にいられるのだから。では、お元気でね。
     その背後では、クーリエが心底嬉しそうに悩んでいたりする。
    ――ああ、エラドリンの偉い人ですものねえ、ただのアンデッドじゃ申し訳ないですよねえ、何にしましょうかねえ。ちょっとカタログとか見ながら考えましょうかねえ。

     同じころ、ジェイドはひとり、まだ悩んでいる。自分は何を為すべきなのか。少なくとも邪竜のしがらみを断ちにはゆかねばならぬだろう。だが、それをタンジェリンに告げてゆくか、それとも……

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     やがて、ジェイドは静かに頷き、立ち上がる。やるべきことは――わかっている。そうだ、そうすればいい。

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     朝まだき。
     身支度を整えたジェイドは街の門を抜けようとしていた。目指すはネヴァーウィンターの森の邪竜、ドラガウス。

     門を抜けたところで、一瞬、ジェイドは足を止める。
     セイヴが、ヘプタが、エリオンが、エイロヌイが、そしてミシュナが――既に身支度を整えた仲間たちが、彼を待っていたのだ。ヴリロカと化し、人間らしい感情をどんどん失ってゆくジェイドの心に、彼らの表情はどう映ったのか――。

     朝もやの中、影と化した一行は黒々とうずくまる森を指して歩いてゆく。
    会話は、聞こえない。
    もはや要らぬのかもしれぬ。



    ジェイドの決断

    第1回
    問い:エラドリンたちはニュー・シャランダーに留まるべきか、引き払うべきか。
    答え:俺が秘宝を取り戻してくる。だからしばらくこの地に留まっていてほしい。

    第2回:
    選択肢なし

    第3回:
    問い:ネヴァーウィンター全滅の原因を問うネヴァレンバー卿になんと答える?
    答え:俺のせいだ。俺にはこの惨劇を止める機会があったが止めきれなかった。

    第4回:
    選択肢なし

    第5回:
    問い:傭兵団ブレガン・ドゥエイアゼを率いるドラウ、ジャーラックスルを案内人として雇うか?
    答え:不安は残るが先には進まねばならぬ。それに放っておいて敵対勢力と組まれてはもっとまずいことになる。雇い入れる。

    第6回:
    問い:ネヴァーウィンター九勇士の試練を受ける権利をタンジェリンに譲るか?
    答え:俺が責任を取る。ここは俺に任せろ。

    第7回その1:
    問い:ネヴァーウィンターをどうするつもりだと問う王冠に対し、何と答える?
    答え:何十年、何百年かけても自分がこのネヴァーウィンターの復興を成し遂げる。

    第7回その2:
    問い:タンジェリンの剣がジェイドの心臓に迫る。その時……?
    答え:逃げはしない。そのままタンジェリンの剣に貫かれる。

    第8回:
    問い:タンジェリンに真の元凶らしきブラックドラゴンの存在を告げるか?
    答え:告げない。何も告げずに竜を倒しに森に往く。



    著:滝野原南生
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