俺の瞼の裏には、歴代の有馬記念のアーカイブが揃っている。昨年はオルフェーヴルが衝撃の8馬身差で圧勝した最中、俺の本命ラブリーデイは四角手前で馬群に沈み、馬券は紙クズと化した。
レース後、意識朦朧としながらも一年間の負け額を頭で弾いていると急に具合が悪くなり、中山競馬場のトイレに駆け込み、便器に突っ伏して嘔吐。そのままの姿勢で最終11Rの実況アナウンスを聞く羽目になり、追い打ちをかけるようにそのレースもハズレ。負け額の計算をやりなおす運びとなったのであった。
思い出深いのは1999年、グラスワンダーが連覇を果たした有馬記念。大好きなスペシャルウィークのラストランをどうしても現地で見たかった俺は、当時毎日のように荒らしていた競馬サイトで同行者を募集。結果「茎わかめちゃん」と名乗るハンドルネームの常連と現地観戦する約束を交わした。
大阪から夜行バスに乗って新宿駅南口に当日朝5時半に到着し、待ち合わせ場所へ。俺は「茎わかめちゃん」というその愛くるしい名前から勝手に可愛らしい女子を想像していたのだが、待ち合わせ場所のアルタ前に現れたのは浅黒く彫りの深い顔をした東南アジア系の強靭な男だった。思わず踵を返して大阪に帰ろうとしたがバッチリと目が合ってしまい、その途端ガニ股でこっちに向かって突進してきて「オハツです」と言われたので、しょうがないから挨拶を交わした。カタコトの日本語でコンタクトを取りながら武蔵野線に揺られて中山競馬場へ。
言葉は少なく、多少気まずい空気を共有しながらも地下の食堂で一緒にカレーを食べるなどして過ごし、いよいよメインの有馬記念を迎え、俺はスペシャルウィークの単勝馬券だけをしこたま買い占めた。レースは直線100mでグラスとスペシャルの鼻づらが並び、そのままどちらも譲らずゴールイン。長い写真判定、異様な雰囲気の場内、一部でユタカコールが巻き起こる中、天才・武豊が誤ってウイニングランを行なったのは、そのレースがいかに壮絶な競馬だったのかを物語っていた。結果スペシャルウィークは鼻差で負け、帰り道、落ち込む俺に「茎わかめちゃん」は見たこともないベトナム産のチョコボールをそっと渡してくれたのであった。
あれから15年、今年も有馬記念は否が応にもやってきた。つい1週間前まで本命はゴールドシップと9割9分腹を決めていたが、ここにきてラストインパクトの鞍上にデビュー3年目、若手の成長株、菱田裕二が抜擢されたことによって予想は振り出しに戻る。重賞未勝利の菱田をこの大舞台で本命にするのは俺の競馬セオリーに反するが、武豊が有馬を初めて勝ったのもデビュー3年目。ドラマが起こり得るのが有馬記念だとするなら、今年ドラマを起こすのはこの馬とこの騎手しかいないだろう。
ラストインパクトに金目のもの、全部。