徹夜に近い事務方の折衝でもまとまらず、最後は私と他の国を代表するイギリスのボリス・ジョンソン外相(当時)の差しの協議ということになりました。
一番の争点は、ミャンマー問題、ラカイン州のイスラム教徒の難民問題でした。
ジョンソン外相は、ミャンマーに国連の調査団の受け入れを求めるべきだと強硬に主張しましたが、私は、それは逆効果になるおそれが高く、日本としては別なやり方をとるべきだと考えていると説得し、G7の首脳会議までを期限として、日本のやり方でやってみようということになりました。
ミャンマー国民の多数を占める仏教徒の多くは、「国連」は常にイスラム教徒の側に立つ組織であるととらえています。
その国連が調査団を送ってもミャンマー国民の多くは公平な調査が行われるとは考えず、それを受け入れればアウンサンスーチー国