(※この記事は2013年10月11日に配信されたメルマガの「今週のニュースピックアップ Expanded」から抜粋したものです)
2013年9月7日、アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれたIOC総会で、2020年のオリンピック開催都市が東京に決まりました。おりしも世界中が東京電力福島第一原発の汚染水問題に注目していたなかで勝ち取った招致。「状況はコントロールされています」――安倍晋三首相が最終プレゼンで行った力強いスピーチが決め手になったと評価する声もありますが、次から次へと新たな汚染水問題が伝えられる国内メディアの報道との温度差に違和感を覚えた人も多いのではないでしょうか。いま、福島第一原発の敷地内で何が起こっているのか。汚染水問題を解決に導く有効な手立てはあるのか。まず、今週のニュースピックアップ Expandedでは、ネオローグの原発問題担当記者・小嶋裕一(@mutevox)に汚染水問題の経緯を説明してもらいました。いわば今週の原発クリッピングの特別版ですね。このあとに続くメディア/イベントプレイバックpart1の田坂広志さんによる解説とあわせてお読みいただければと思います。
◆なぜ汚染水問題は深刻化したのか――東電による過去の「選択」、政府がするべき未来の「選択」
津田:1964年以来2度目となる東京での五輪開催が決まり [*1] 、祝賀ムードに包まれている日本。たしかに最終プレゼンで披露された高円宮妃久子さまや滝川クリステルさんらによるスピーチ [*2] はすばらしかったですし、「TOKYO」と読み上げられた開催都市決定の瞬間は僕も本当にうれしかったです。ただ、このとき東京五輪決定の事実と同じくらい注目を集めたのが安倍首相による発言でした。最終プレゼンのスピーチで「状況は統御されている。東京にダメージを与えることはない」とアピールした [*3] のに加え、質疑応答で東京に影響がない根拠を尋ねられて「汚染水の影響は、港湾内で完全にブロックされている」などと回答 [*4] 。これに対して国内外から「安倍首相は嘘をついた」という批判の声が上がっています [*5] 。今日は汚染水についていろいろ話を聞きたいのですが、まず小嶋さんはこの安倍発言についてどう思いますか?
小嶋:そうですね……スピーチでの“under control”という発言をめぐってはさまざまな解釈があるようですが、純粋に「汚染水問題を含めた福島第一原発の現状が制御されているか?」と問われれば、それは違うでしょうね。実際に、IOC総会からわずか数日後の9月13日、東京電力の山下和彦フェローが福島県で開催された民主党の会合で「今の状態はコントロールできているとは思わない」と発言しています [*6] 。
津田:首相と東電で言い分が食い違っている。
小嶋:ただし、同日夕方には東電が「首相と同じ認識」だと釈明しているんですよ。山下フェローの発言は「汚染水の影響は原発の港湾内にとどまっており、発言は貯蔵タンクからの漏えいなどを念頭にしたものだった」[*7] と。
津田:「コントロールされている」と「コントロールできていると思わない」という発言は180度違いますから、語弊があったというレベルの話ではないですね。何らかの有形無形のプレッシャーがあったんでしょうね。
小嶋:ちょっと無理がありますよね。このドタバタ劇が影響しているのかどうかはわかりませんが、朝日新聞による最新の世論調査では、安倍首相の「状況はコントロールされている」という発言に対し、「そうは思わない」が76%、「その他・答えない」が13%で、「その通りだ」はわずか11%にとどまるという結果が出ています [*8] 。また、東京都の猪瀬直樹知事も9月20日の記者会見で「今は必ずしもアンダーコントロールではない」と明言していますね。もっとも、IOC総会での安倍首相の発言については「アンダーコントロールにする、なるんだと意思表明したことが大事だ」と擁護しているようですが…… [*9] 。
◇汚染水発生のメカニズム
津田:そんなふうに発言者によって認識が違うと、僕ら国民としても目下進行中の汚染水問題はもちろん、2020年の東京五輪は本当に大丈夫なのかと心配になってしまうわけですが……。現状を把握する前に、そもそもなぜ汚染水の問題がいまになって騒がれ始めたのでしょうか。「汚染水」という言葉自体は原発事故後のわりと早い段階から耳にしていたような気がします。
小嶋:汚染水の流出について、東京電力から最初に発表があったのは2011年4月2日ですね。福島第一原発2号機の取水口近くにある作業用の穴(ピット)の周囲に亀裂が見つかり、毎時1000ミリシーベルトを超える高濃度の汚染水が海に流れ出ていたことがわかりました [*10] 。4日後の4月6日、地中に凝固剤を注入するなどして海への流出が停止したことを確認しています [*11] 。
津田:そうそう。実はかなり早い段階から指摘されていたんですよね。2011年に初めて海洋への汚染水流出が確認されたということは、福島第一原発内にはそれ以前から汚染水がたまっていたはずですし。
小嶋:はい。そもそも、なぜ汚染水が発生するのかというメカニズムから説明すると、東日本大震災発生直後の2011年3月12日、津波によって原子炉の冷却機能が失われ、メルトダウン(炉心融解)した1号機への海水注入が始まりました [*12] 。その後、3号機と [*13] 2号機 [*14] への注水も始まるのですが、とにかく大量の水を入れて冷やし続けなければならないわけです。するとどうなるかというと、核燃料に触れた高濃度の放射性汚染水が原子炉建屋にたまっていくんですね。それを管理するには、本来なら集中廃棄物処理施設 [*15] に移送しないといけないのですが、当時、同施設にはすでに1万トンの低レベル放射性廃液が保管されていて、新たな汚染水を受け入れられなかった。そこで東電は集中廃棄物処理施設の低レベルの汚染水とあわせて、5号機・6号機の建屋付近にたまった低レベルの汚染された地下水を海洋放出することにしたんです [*16] 。
津田:法律に基づいた緊急措置とはいえ [*17] 、地元の漁業関係者や自治体、近隣諸国には十分な説明がなされなかった。それがこの大問題につながっているわけですね。
小嶋:2012年になって報道関係者向けに公開された東電の社内テレビ会議映像には、当時の福島第一原発所長だった故・吉田昌郎さんが「(汚染水の)水位を考えると、心臓が止まりそうだ。心臓と胃がキリキリになる最大の原因だ」と放出を訴える姿が映っています [*18] 。それが2011年3月30日時点の出来事なので、現場ではかなり早い段階から汚染水に悩まされていたということでしょう。
◇馬淵発言で再燃した「遮水壁見送り」
津田:なるほど、福島第一原発事故が起きた2011年3月にはすでに汚染水問題が顕在化していたと……。となると根本的な疑問として出てくるのは、なぜこれまで東電や国は有効な汚染水対策をしてこなかったということなんですが。
小嶋:大型土嚢やシルトフェンス [*19] 、鉄板を設置するなど [*20] の応急処置的な対策はなされています。その後、2011年5月になって東電は事故収束に向けた工程表の見直しを発表。当初予定されていた原子炉を水で満たす「水棺」[*21] による冷却はメルトダウンで圧力容器に穴が開いて実現不可能になったため、タービン建屋などにたまった汚染水を汲み上げてセシウムを除去し、浄化後の水を原子炉冷却に使う「循環注水冷却」[*22] へと方針を変えます [*23] 。本格運用が始まったのは7月ですね [*24] 。理論上、これが機能すれば汚染水は減るはずでした。
津田:でも、残念ながら汚染水の量が減少しているという話はこれまで一度も聞いたことがないような……。
小嶋:そうなんですよ。循環注水冷却の運用が始まってからも、汚染水は増え続けています。原因は建屋に日々流入してくる地下水。福島第一原発の周辺はもともと水脈が豊富な土地で、山側から海側に向かって大量の地下水が流れているんですね。その地下水に触れて建屋が浮き上がったり浸水しないように、東電は事故前から1日850トンもの地下水を汲み上げて水位を調節していたわけです。ところが、地下水を汲み上げるサブドレンが地震と津波で壊れたことで地下水の水位が建屋の基礎部分より上に位置するようになり、1日400トンもの地下水が建屋に侵入し始めました [*25] 。
津田:1日400トン……。原発周辺の豊富な地下水について一般に広く知られるようになったのは最近ですが、東電関係者がそれを事故直後から問題視していないはずがないですよね。こうなってしまうのは誰の目にも明らかなのに、なぜ抜本的な対策を講じてこなかったのか。
小嶋:それについて言うと、地下水の建屋への流入を防ぐための遮水壁の設置計画は2011年6月の時点で存在したんですね [*26] 。今年9月になって民主党の馬淵澄夫選対委員長が党会合で証言した [*27] ことで注目が集まりましたが、馬淵さんといえば、当時の菅内閣で原発事故担当首相補佐官を務めていた当事者です。証言によると、福島第一原発の吉田所長とともに建屋の四方をぐるりと囲む遮水壁の計画を進めていたところ、記者発表の直前になってストップがかかったと。どうやら、遮水壁の設置に必要な1000億円レベルという試算が公表されることによって市場が混乱するのを懸念した東電側が、当時の海江田万里経産相に「発表しないでほしい」と伝えたようですね。その後、計画は立ち消えになってしまい、馬淵さんは首相補佐官を退任します [*28] 。
津田:その報道には僕も驚きました。民主党は10月からの臨時国会を「安倍首相のIOC総会での発言を追及する“汚染水国会”にする」と意気込んでいるようですが、馬淵さんの証言が事実なら民主党にそんな資格はないということになる。地下水の建屋流入で汚染水問題が深刻化する可能性を認識しながら遮水壁を見送り、一方では原発事故の「収束宣言」[*29] をしたわけですから。
小嶋:まぁ、正確に言えば、見送られたとされるのは「建屋の四方を囲む」遮水壁で、海側に遮水壁を設置する計画は進んでいるんですよ。2011年8月の報道資料に初めてその基本設計について明記され [*30] 、同年12月時点の中長期ロードマップでは「地下水が汚染した場合の海洋流出を防止するため、2014年度半ばまでに遮水壁を構築」と具体的な運用時期にも触れています [*31] 。2013年4月より鋼管矢板の打設工事が行われていて、来年2014年9月に完成する予定だということです [*32] 。ただ津田さんもご指摘のとおり、海側の遮水壁だけだと地下水の建屋流入を防げませんから、抜本的な対策にはなりませんね。
津田:ほかに有効的な地下水対策はなかったんですか?
小嶋:その後、東電は建屋への地下水流入に対する抜本的な対策は「サブドレンの復旧」だとしています。同時に、山側から流れてきた地下水を建屋の上流で汲み上げ、地下水の流れを変える「地下水バイパス」も計画していますが、こちらは当時、あくまでもサブドレンの補助的なものという位置付けでした [*33] 。
津田:サブドレンって地下水を汲み上げて水位を調整するための井戸ですよね? 井戸がそんなに重要なんですか?
小嶋:これが結構重要なんですよ。というのも、本来なら地下水流入抑制のゴールは、地下水の水位を事故前と同じくらいまで下げることです。ところがいまは、建屋にたまった汚染水が地下水に流出してしまわないよう、地下水の水位を建屋の汚染水の水位よりも高く保って水封している状態でもあるんですね。高濃度の汚染水が地下水に流出するのは絶対に避けないといけないですから。つまり、地下水の水位を下げるには、先に建屋内の汚染水をすべて汲み上げる必要があるんです [*34] 。だからといって地下水の水位が高すぎると大量の地下水が建屋へ流入してしまう。そのあたりの調節をするのにサブドレンが必要不可欠だということです。ちなみに、東電が2011年10月に陸側の遮水壁建設を断念した理由のひとつにも、建屋まわりに遮水壁をつくることで地下水の水位が建屋内の汚染水よりも低くなり、汚染水が流出するおそれがあることが挙げられています [*35] 。
◇INESの暫定評価をレベル3に引き上げ
津田:なるほどね。まったく汚染水対策をしていなかったわけじゃなくて、そのような計画を進めていたなかで、今年に入って一連の汚染水問題が次々に発覚してしまったと。
小嶋:はい。今年に入ってからの主な動きをお伝えしますと、まずは4月6日、東電の記者会見で、発電所構内に設置した地下貯水槽から汚染水が漏れていたことが発表されました [*36] 。その後、地下貯水槽での汚染水保管は中止となり [*37] 6月中旬には地下貯水槽から地上タンクへの2万7000トンの汚染水移送が完了しています [*38] 。もともと汚染水の置き場所に頭を抱えていた東電にとってこれがかなりの痛手となったのか、政府や東電、有識者からなる「汚染水処理対策委員会」が4月26日に初会合を開き、建屋まわりの遮水壁について検討を始めたようです [*39] 。
津田:2011年に却下されたはずの陸側遮水壁が、ここに来てふたたび注目されることになったと。
小嶋:そういうことになりますね。その後、状況が大きく動いたのは6月19日です。この日、東電が臨時会見を開き、1〜4号機のタービン建屋の東側、護岸付近にある観測孔のひとつで採取した地下水から、高濃度のトリチウムとストロンチウムが検出されたことを明らかにしました [*40] 。2011年4月に2号機の取水口付近から漏えいした汚染水の一部が2号機電源ケーブル管路から地中に浸透。セシウムは土壌に吸着されたが、三重水素 [*41] であるトリチウムは地下水とともに流されて移動したのではないかというのが当時の東電による推測です。ただし、港湾内の海水分析では大きな変化が見られず、海への流出は確認されていないとのことでした [*42] 。
津田:5月にわかっていた検出結果の発表が、なぜ6月半ばになったのか。本当に海へは流出していないのか。記者会見ではそのあたりが厳しく追及されていましたよね。
小嶋:原子力規制委員会も東電を追及します。汚染水の影響が海へ及んでいる可能性は否定できないとして、東電に対してモニタリングの強化や護岸背後エリアの地盤改良などを指導 [*43] 。その後、7月22日になって東電は初めて「汚染水が海に流出している可能性がある」と認めました [*44] 。ただし港湾の外側では数値に変化がなく、海への拡散は限定的だということです。
津田:発表した日が参院選翌日だったことでさまざまな憶測を招きましたよね [*45] 。東電が参院選に配慮したのか、はたまた参院選のドタバタに便乗したのか……。
小嶋:しかも、海洋流出を裏付けるデータの提出日が東電、経済産業省、原子力規制庁の担当者ごとに食い違っているという…… [*46] 。まぁ、タイミングがタイミングなだけに何を言われても仕方がないし、実際に何らかの思惑があった可能性もゼロではないでしょう。最終的には東電の広瀬直己社長が記者会見で発表の遅れを謝罪する事態になりました [*47] 。
津田:このあたりからメディアでも汚染水問題が大きく扱われるようになっていきますよね。同時に、東電からも次々と汚染水に関する報告が発表されるようになった気がします。
小嶋:そうなんです。汚染水の海洋流出を認めたことに続き、8月2日には記者会見を開いて流出したトリチウムの試算量が20兆から最高で40兆ベクレルになることを公表しました [*48] 。この数十兆レベルの数字は一見するととてつもない量のように感じますが、保安規定上のトリチウム放出基準値は年間22兆ベクレルなので、東電は「保安規定に定められた年間の放出基準値と同程度」としています [*49] 。
津田:あくまでも通常の原発運転時の放出量とそんなに変わらないと主張しているわけですね。
小嶋:はい。日本国内のほかの原発でも毎年数十兆ベクレルレベルのトリチウムが海洋に放出されている [*50] とのことで、さらにその5日後、経済産業省による汚染水に関する試算も発表されます。資料によれば、福島第一原発の1号機〜4号機周辺には主に山側から1日あたり1000トンの地下水が流れ込み、うち400トンが建屋に流入していると。残りの600トンは海に流れ、このうち300トンは建屋のトレンチなどにたまっている高濃度の汚染水と混ざって海に流出しているとのことでした [*51] 。そして8月19日には、原子炉冷却に使用した高濃度の放射性汚染水を貯蔵するタンクから汚染水が漏えいしていたことが発覚します [*52] 。
津田:これは循環注水冷却システムで原子炉の冷却に使われた汚染水をためていたタンクで、2011年のシステム運用以来、増設を続けてきたものですよね。「タンクはなるべくお金をかけないでつくった」「長期間耐えられる構造ではない」といった関係者の証言 [*53] を聞く限り、かなり急ピッチでつくられていた印象があるのですが……。
小嶋:このときはパトロール中の作業員が水漏れを発見したのですが、このあとの調査でタンクのずさんな管理体制が次々と明らかになります。まず、漏えいが確認されたタンクは、以前別の場所に設置していたが地盤沈下で傾き、解体したものを再利用していたことがわかったと [*54] 。また、その後の発表では、300トンの汚染水が漏れたこと、漏えいを起こしたタンクは「フランジ式」と呼ばれる鋼板をボルトで締めてつなぎ合わせた構造で、1〜4号機の汚染水を貯留している全タンク約930基のうち同型のものが約300基あること、そのタンクのパトロールを1日たった2名の人員でこなしていたことなどが報告されました [*55] 。ただし、タンク周辺の汚染土壌の除去や類似タンクの総点検、パトロール体制の見直しといった対策も提示されています。
津田:実際、タンクから漏れた汚染水の放射線量はどのくらいだったんでしょうか。
小嶋:汚染水そのものから検出されたのは、1リットルあたりのセシウム134は4万6000ベクレル、セシウム137は10万ベクレル、また、ストロンチウムなども8000万ベクレルといった非常に高い数値です [*56] 。それでも東電は当初、漏水量を0.12トンと発表したため、原子力規制委員会は原発事故の国際評価尺度(INES)[*57] での暫定評価をレベル1(逸脱)としていたんです。それが実際は300トンだったと判明したことで、評価をレベル3(重大な異常現象)に引き上げました [*58] 。
津田:福島第一原発事故そのものの評価はチェルノブイリと同じレベル7です。それとは切り離して個別にレベル3の評価にした [*59] ということは、それほど重大な事故だったと。レベル3というと、臨界事故が起きる2年前の1997年に東海村の再処理施設で起きた動燃東海事業所火災爆発事故 [*60] と同じ。そこそこ重大な事象であるわけですね。
小嶋:そういうことでしょうね。さすがにフランジ型のタンクはこれ以上使えないということで、溶接型タンクへの切り替えが始まりますが、溶接型を製造するには数カ月かかってしまう。しかも、その時点での原発敷地内にある全タンクの空き容量は7万〜8万トンほど [*61] と、まさにふんだり蹴ったりの状況でした。オリンピックの招致は絶望的――そんな報道 [*62] をたびたび見かけるようになったのもこの頃ですね。
◇政府に突きつけられる「究極の選択」
津田:そんな状況のなか、冒頭でも触れたIOC総会で安倍総理による発言、そして劇的な勝利につながっていくわけですね。「状況は統御されている」と言い切った背景には、何らかの抜本的な対策の構想があったということでしょうか。
小嶋:世界中のメディアから非難や疑問が集中しましたからね。日本政府もここにきてようやく重い腰を上げ、汚染水問題の解決に乗り出しました。まず、9月3日に原子力災害対策本部が「汚染水問題に関する基本方針」[*63] を決定。要するに「これからは政府主導でやっていく」と宣言したんですね。汚染水に関する具体的な対策は大きく分けて3つで、ひとつ目が汚染源を「取り除く」ための多核種除去設備(ALPS)[*64] の増設です。これまでの循環注水冷却システムでは放射性汚染水からセシウムを除去することしかできませんでしたが、ALPSならプルトニウムやストロンチウムなど、トリチウム以外の有害な放射性物質約62種類を取り除くことが可能。汚染水問題解決の切り札として、2012年秋からの稼働に向けて整備が進められてきたのですが、相次ぐトラブルでいまだ本格運用には至っていません。2つ目の対策は汚染源に地下水を「近づけない」ための建屋を囲む遮水壁の建設です。これは今年4月の汚染水問題発覚以降、新たに検討されていたものですが、政府は最終的に建屋まわりの土を凍らせてコンクリートのように固める「凍土壁」[*65] を採用。ALPSに150億円、凍土壁に320億円、合わせて470億円の国費を投入するとしています [*66] 。そして3つ目は、汚染水を「漏らさない」ための対策。例として貯蔵タンクの管理強化やパトロールの体制を2人から50〜60人にしたことが挙げられていますね。
津田:ちょっと待ってください。いま聞いた汚染水から汚染源を除去したり地下水が汚染源に触れるのを防いだり、汚染水を漏らさないための対策はたしかに大事です。ただ、それらをすべて実施したとしても、福島第一原発にある汚染水の量は「減らない」。ALPSがトリチウムを除去できない以上、どんなに処理しても敷地内に大量の汚染水があるという状況は変わらないわけですよね。
小嶋:そう。やっかいなのはトリチウムなんですよね。トリチウムは三重水素なので、水に混ざってしまうと水と一緒にALPSのフィルターを通過してしまう。これを最終的にどう処理するかが最大の問題となってきます。ひとつ考えられるのは、増え続ける水を放射線量が十分に低減するまでタンクに保管するという方法。しかしトリチウムの放射線量が半分になるのに約12年かかるため [*67] 、安全なレベルに低減するまでにはさらに長期間の保管が必要になります。これまでにも述べてきたように、タンクにはさまざまな問題がつきまといますし、何十年もつくり続けていけるのかというのは疑問ですね。東電は将来的にタンクの容量を70万トンに増やす計画を発表しましたが [*68] 、それで足りる保証はどこにもないわけで。加えて、タンクのパトロールをする作業員の被ばくリスクも軽視できません。現場の作業員たちの疲弊がかなり深刻になっているようですから。
津田:結局はその場しのぎで、抜本的な対策になっていない。
小嶋:もうひとつ考えられるのは、トリチウムの入った汚染水を希釈して海へ流すという方法。1リットルあたり6万ベクレルという法定許容限度をクリアするまで水で薄めてから放出するということです。東電としてはALPSの導入を決めた2011年の時点で、汚染水からセシウムとストロンチウムが除去できれば将来的には海へ放出できるだろうという目論見がありました。それが、予想に反してALPSの導入が遅れてしまい、増え続ける汚染水に対処できなくなってしまったんですね。ですから当初の予定通りではあるのですが、これが一番現実的な解決方法なのではないかと考えられています。実際に、原子力規制委員会の田中俊一委員長や日本原子力学会 [*69] は最終的に海洋放出が必要だと述べています [*70] 。
津田:だからそこALPSは汚染水対策の切り札だったと。ただ、直近では9月27日に試運転を再開したALPSがトラブルを起こしてまた停止しましたよね [*71] 。それに、ALPSがうまく稼働したとしても最終的に海に流すのというのがね……。そんなにうまく事が運ぶとは思えないですね。
小嶋:低濃度のものであれ、汚染水を放出するにあたり最大の障壁は漁業関者など地元の理解を得られないことです。ただ、これは完全に東電の自業自得なんですよね。2011年4月に汚染水の海洋放出を事後報告してからというもの、漁業関係者の東電や国に対する不信は募る一方です。実際、2011年12月に低濃度汚染水の海洋放出を計画した際も猛反発にあいましたし [*72] 、今年5月に開催された地下水バイパスの説明会でも厳しい意見が相次ぎました [*73] 。
津田:地下水バイパスで海に放出する予定だったのは、汚染される前の地下水ですよね。それすら反対されるのなら、低レベル汚染水の放出を認めてもらうなんてかなり非現実な話に感じてしまうのですが……。
小嶋:むずかしいでしょうね。トリチウムには年間の放出限度も規定されており、これを順守すると放出が終わるまで約60年もかかってしまうという問題もあります。海に流すのがダメなら、米国のスリーマイル島原発事故のように、汚染水を蒸発させて大気中にトリチウムを放出する [*74] というやり方もあるにはありますが、これも結局は地元住民の理解が必要になりますし、加熱にかかるコストなどを考えればあまり現実的な案ではない。結局、いまできることは地下水バイパスや遮水壁で汚染水の増加や海洋への流出を防ぎ、ALPSの稼働で貯蔵している汚染水から少しでも多くの放射性物質を取り除くことです。そのうえでトリチウム入りの汚染水をどうするか、最終的にはやはり選ばないといけない。核廃棄物の最終処分の問題にしても同じことが言えますが、結局のところ、原発事故とは「究極の選択」からは逃れられないものなんだということを改めて感じました。
津田:なるほど……。汚染水についてはその後もさまざまな問題が報道されている [*75] わけですが、少なくとも安倍首相の「国際公約」によって政府が前面に立って解決にあたらなければならなくなった。それは一筋の光明と考えていいですか?
小嶋:そう思いたいですね。国が予算をつけたことでALPSの増設や建屋まわりの遮水壁の設置が決まり、実際に動き出している。民間企業である東電だけでは対応しきれない事態であることは明らかでしたら、これについては間違いなく進歩でしょうね。ただ、国が主導権を握れば、今度は政権内や国会で足の引っ張り合いが起こる可能性もあります [*76] 。今後は原発事故対策の司令塔として何を「選択」していくのか。政府の手腕が問われることになるでしょうね。
津田:僕が政府に近い筋から聞いた話としては、汚染水問題で1つ深刻なのは担当官僚の「人材不足」だということです。どういうことかというと、原子力規制委員会を立ち上げる際、委員会のメンバーは原子力安全・保安院や内閣府原子力安全委員会、文部科学省の原子力関連部門、資源エネルギー庁などから約500人の官僚が集められたのですが、政治や行政からの独立性が高い組織にするため、集められた官僚たちはすべて転出前の部局に戻ることのない「片道切符」で異動したんですね [*77] 。それ自体は良かったのですが、問題がひとつあって、国中の原子力について知見のある官僚がほぼすべて規制委員会に集められてしまったため、規制委員会以外の原子力関連組織に原子力に明るい人間がいなくなってしまってガタガタになってるそうなんです。で、汚染水問題が面倒なのは、この問題の担当官庁が規制委員会じゃなくて資源エネルギー庁なんですよ [*78] 。プラントにも関わる技術者に話を聞いてみたら「今のエネ庁にはロクな人材がいない。汚染水みたいな大きな問題を処理できるわけないよ」なんて答えが返ってきました。規制委員会はあくまで原発そのものについてのことしかできないので、汚染水対策は「担当外」になってしまう。こういう悪しき縦割りを何とかしない限り政策資源を投入するといっても限界がある。いずれにせよ、今後の政府の対応を注意深く見守りたいですね。
▼小嶋裕一(こじま・ゆういち)
1982年生まれ。映画作家。明治大学理工学部電子通信工学科および日本映画学校卒。東日本大震災直後からジャーナリスト・津田大介のもとで原発担当記者を務める。監督作品に『19862011』『おくの細道2012』がある。
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[*3] 安倍首相のプレゼンテーションでの正確な発言については首相官邸を参照。
[*4] 安倍首相による回答は「影響は福島第一原発の港湾内0.3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされている」「放射性物質の数値は最大でもWHOの飲料水水質ガイドラインの500分の1」「日本の食品や水の安全基準は世界で最も厳しい基準であり、被ばく線量は基準の100分の1」の3つ。
[*10] 福島第一原発発電所2号機取水口付近からの放射性物質を含む液体の流出について - 東京電力
2号機 取水口付近 海水への流出イメージ図 - 東京電力
福島第一原子力発電所2号機取水口付近からの放射性物質を含む液体の海への流出の停止確認について - 東京電力
[*16] 数日間かけて約1万1500トンの汚染水を海に放出した。
当面の取り組み(課題/目標/主な対策)のロードマップ 5/17改訂版 - 東京電力
[*25] 地下水流入抑制のための対応方策 P2 1.現状分析 地下水の流れ
総理大臣補佐官退任 - まぶちすみおの「不易塾」日記
2012年4月時点の遮水壁設置計画概要
[*32] 『資料2 海側地下水及び海水中放射性物質濃度上昇問題の現状と対策(東京電力)』2013年8月2日第1回特定原子力施設監視・評価検討会汚染水対策検討ワーキンググループ - 原子力規制委員会 P38 護岸付近の追加対策について
[*34] 地下水流入抑制のための対応方策 P7 2.止水方策
[*35] 海側遮水壁の工事着手および陸側遮水壁の検討結果について - 東京電力
[*36] 4月3日に貯水槽の一番外側のシート(ベントナイトシート)と地盤の間にたまっていた水を分析した結果、10^1Bq/cm3オーダーの放射能を検出。
[*40] 地下水は2013年5月24日に採取したもので、1ccあたり約1ベクレルのストロンチウムと1ccあたり約500ベクレルのトリチウムを検出。ストロンチウムは海への排出基準の約30倍、トリチウムは約8倍だった。
福島第一原子力発電所におけるタービン建屋東側の地下水調査結果について - 東京電力
[*43] 平成25年7月10日 第14回原子力規制委員会
7月22日東電定例会見
2013年7月22日海側地下水および海水中放射性物質濃度上昇問題の現状と対策 - 東京電力
汚染水の発電所港湾内への流出に関する公表問題について
汚染水の港湾内への流出に関する公表問題の時系列
[*48] 海側地下水及び海水中放射性物質濃度上昇問題の現状と対策 - 東京電力
[*52] 福島第一原子力発電所構内H4エリアのタンクにおける水漏れについて
H4タンクエリアにおける漏えいに関する調査状況について<訂正版> - 東京電力
[*55] H4タンクエリアにおける汚染水の漏えいについて - 東京電力
「(1):本件の特定原子力施設から漏えいした放射能の量は、漏えいした汚染水の放射能濃度と量から数千テラベクレル程度(Mo-99 換算)であり、これは「施設における放射線バリアと管理」に関する基準でレベル3に相当する。(2):また、当該施設において安全防護層が残されていなかったこと及び当該事象の最大の潜在的影響を考慮すると、「深層防護」に関する基準でレベル3に相当する。(3):(1)と(2)を価した結果、INESレベル3に該当する」
東京電力株式会社福島第一原子力発電所における汚染水貯留タンクからの漏えいについてINES評価(暫定)を見直しました - 原子力規制委員会
原子力規制委員会記者会見録
[*59] 当方からの照会に対する IAEAからの回答要旨 - 原子力規制委員会
[*63] 東京電力(株)福島第一原子力発電所における汚染水問題に関する基本方針 - 原子力災害対策本部
[*65] 凍土遮水壁による地下水流入抑制案 - 経済産業省
[*69] 「学会事故調からの声明「福島第一原子力発電所の汚染水の処理について」(2013年8月21日)
その後、9月30日未明に汚染水の処理を再開した。
[*75] 2013年10月2日には、地上タンクから新たな汚染水の漏えいが発覚。タンクの傾きが漏えいの一因だったことが明らかになっている。
コメント
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2014年中頃に地球は消滅する
露の政府系「ロシアの声」サイト日本語版(2013.11.1)が伝えた:
http://japanese.ruvr.ru/2013_11_01/123749423/
この英国・天文物理学者A.シェルヴィンスキーの情報は、無数宇宙ブロックス管理界からの知らせによれば、事実である。ブラックホールから噴出したガス雲が我々の太陽系を破壊し、このままでは、2014年中頃に地球を消滅させると教えられた。死中活路は?何をなすべきか?
詳細は:http://ameblo.jp/tatsmaki
英語版:http://tatsmaki.blogspot.jp
ちなみに、所謂「科学的」社会主義は非科学的ニセ社会主義だった:
http://gold.ap.teacup.com/tatsmaki/11.html
現在、米国独裁支配者ロックフェラー一派は、デフォルト、ドルと米経済の崩壊、内戦と新革命を、金権奴隷支配体制温存のためMarxismの旧ソ連型全一国家資本主義へ導くために策動している。
http://gold.ap.teacup.com/tatsmaki/99.html
だが、こうしたレプティリアンの変身体のあがきは風前の灯と化した。地球が消滅するんだから。