ゲストさん のコメント
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この1年は、「BLUE BLOOD」リリース30周年だった。 「美しい記憶」の執筆・発刊やヘドバンのインタビュー、30周年記念ライブイベントなどから始まり、このブロマガでも、30年前の記憶やエピソードを基にした文章を書いてきた。 そして先日は、3回にわたるニコ生の特別番組で、この1年を締めくくることもできた。
「BLUE BLOOD」30周年という節目に、30年前の自分が命懸けで必死に過ごした時間が、きちんと意味のあることだったことを、世界的な活動を展開する今のXと長い年月を支え続けてきたファンのおかげで再認識できたことに、僕は深く感謝をしている。 だから、この30周年という1年間で、それらへの「恩返し」のようなことができて、僕は今とても嬉しい。
30年ぶりに当時の資料を見て、音楽合宿をしていたスタジオを訪ねたこの1年、改めて気づいたのは、あの頃の炎のように燃え盛るメンバーと僕の熱いエネルギー、そしてそのエネルギーがなかなか理解されない悔しさが生み出す様々なプロダクツと活動などによって、少しずつ周りの人たちがXのことを理解し、愛が増えていった様子だ。 まるで炎が少しずつ伝わって、どんどん周りに広がっていき、やがてものすごい勢いであたり一面燃え盛っていくように・・・。
では、当時の僕が、まるで炎のように熱く燃え盛りながら、メンバーと一体となって共闘を続けることができたのは、なぜか。 おそらく、誰もが持つことのできる、ある姿勢にあったのだと思う。 それは、自分ではない誰かのことを「自分のこと」のように感じ、そのためにエネルギーを傾ける姿勢のことだ。 「他人ごと」の真逆、つまり「自分ごと」と感じることだ。 Xというバンドとそのメンバーは、当時の僕にとってある意味、そのまま「自分のこと」でもあったのだ。
この「自分ごと」という感じ方や姿勢は、特別な作用を人に及ぼすことができる。
当然のようだけれど、「自分ごと」と感じることで、人は「自分以外の誰かの力になれる」のだ。
自分以外の誰かのことを自分のことのように感じるから、物が自分に向かってきた時に素早く身をかわすように誰かのことを守れるし、溺れそうになった時に必死で岸まで泳ぐように誰かのことを助けることができる。
共感力と自己防衛本能、そして子に対する母親の愛などが一体化したようなものかも知れない。
30年前に関する話から、今の現実に話を戻してみよう。 そう、世界中を覆い尽くす新型コロナウイルスの猛威と、必死で戦う私たち。 そんな今、僕たちが愛するXのリーダーYOSHIKIは、コロナウイルスの危機が始まってから、何をしてきたか。 YOSHIKIのメッセージは明解だ。 ファンはもちろん、日本中の、そして世界中の人たちのことが心配でならない。
目先のことにとらわれることなく、一番大切なもの、つまり人の命を奪ってしまう脅威から自分たちを守ることを第一に。 そのためは、人の命を救う医療が崩壊しないように、それぞれが我慢をして、ウイルスとの戦いを乗り越えること・・・。 音楽家であるYOSHIKIが、人々の身の安全のために、山中教授との対談を世界中に配信し、その後外出を控えている状況でも自ら配信を敢行する・・・スタッフの反対意見も押しのけて続けているその行動は、Xファンのことを「自分ごと」と感じていることから生まれているのだ。 僕の知る限り、YOSHIKIは自分にとって大切なものを「自分ごと」に感じる心がとても強い人間だ。
音楽プロデューサー/作曲家の 津田直士が、その経験から得た、「主人公という生きかた」をもとに、① 人生の悩みや迷いへの答えを分りやすく答える『その答えは』 ② 世間の話題や素晴らしい作品、アーティストプロデュースや音楽制作などあらゆるテーマで自由に綴る『本能が吠えるまま』 ③ 伝説のバンド X JAPANと共に過ごした記憶が瑞々しくリアルに綴られた著書「すべての始まり」に記されなかった舞台裏とプロデュースの原点を新たな視点で描く『夢と夕陽』 ④ 自分らしい人生を積極的に生きている人にインタビューをして、生きかたのヒントを見つける『ある人生 』といったブログを定期的に展開します。
ありがとうございました
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