
--ミスイとしては<全国12都市単独公演ツアー「それでも弱くてごめんなさい」FINAL>Spotify O-WEST公演が9月2日と迫ってきていますが、最近のライヴを拝見するとかなり仕上がってる印象があるんですよ。
柳:まあうちは肉弾戦って感じなんで、相変わらず激しいライヴをやってます。O-WESTは自体はミスイとして最大規模のワンマンライヴになるんですけど、2ndフルアルバム『生命線』を引っ提げたツアーのグランドフィナーレっていう位置づけでもあるので気合いは入ってますね。ミスイを結成したときに、この楽器隊を最低でもO-WESTまで連れていこうって目標を立てていたのでそれがやっと形になるなというところもあります。
--O-WESTにこだわったのはどうしてですか?
柳:東京には数多くライヴハウスはありますけど、O-WESTは自分のバンド人生においてすごくキーになった…というかターニングポイントになった会場なんです。だから個人的には絶対にリベンジしなきゃいけないって思ってます。因縁ですね。
--その因縁はミスイになる以前の活動ことですか?
柳:そうですね。ミスイの前にやっていたバンドでO-WESTで2回ワンマンをやってるんですよ。それで、そのバンドを解散させようと決めたのがWEST。もうここで辞めようって思わされたんです。
--登竜門でありつつも、生易しい会場でもなかったと。
柳:当時はたどり着いたっていう意識も強かったんですけど、それ以上に痛感させられるものが大きくて、ネガティブな意味で。自分の中にすごく色濃く残っているあの想いを塗り替えたいって想いがありますね。
--その頃って柳さんが仙台を拠点にしていた頃ですよね?
柳:ミスイの前のバンドMoNoLithのときですね。
--MoNoLithを経てミスイ結成が2019年ですが、ミスイのバンドのコンセプトとバンド名の由来を教えてください。
柳:コンセプトは漢字で“弱”。人間の持ついろいろな弱さを表現していこうって決めてこのコンセプトになりました。その弱さのひとつとして自殺未遂っていう言葉が浮かんだんです。自殺未遂って聞くとネガティブな意味だけにとらわれがちなんですけど、その“未遂”っていう漢字だけを思い浮かべると“まだ成し遂げてない・これから成し遂げる”って側面もあるじゃないですか?なので、このバンドに集まった5人は大きな事は成し遂げられていないけど、これから成し遂げようぜっていうポジティヴな意味も実は込められてます。
--コンセプトである“弱”に至ったのは何故?
柳:歌詞を書いて歌ううえで自分が一番表現するのに相応しいからですね。説得力のある歌を歌うには“弱”かなと。
--でも柳さん、ひいてはミスイはステージでパワフルかつアグレッシヴだからこそ、柳さんも強い人間なのかなっていう印象があったんですけど…。
柳:全然強くないですね。武装しているイメージです。弱い自分だからこそ強いサウンドであったり攻撃的な姿勢で必死に自分を守ってる感覚ですかね。歌詞や人間性の部分には自分の弱いところが出てると思います。
--しかしここに来て、バンドとして開けてきた印象もあるんですよ。もともとのハードさに加えてキャッチーというか、非常に伝わりやすさも加わった気がするのですが、その辺りはいかがですか?
柳:活動が進んでいくにつれて曲調や雰囲気はその時期で変わってくるものだとは思うんですよね。でも、変えようと意識してるわけじゃないんですよ。逆に自分の芯さえブレなければどんなことをしてもバンドが変わってしまったなっていう印象にはならないかなって。
--核たる“弱”の部分があるから、やれることが増えると。
柳:そういうイメージの方が正しいかなと思います。あとこれは絶対変わってないかなと思うのは、始動当初からいわゆる古のヴィジュアル系らしさを貫いているところですね。昔もそうですけど、今の時代ってヴィジュアル系と一言で言ってもいろんなカラーのバンドがいるじゃないですか?その中でいわゆるヴィジュアル系って言葉が定着化した頃にリスナーが想像してたヴィジュアル系バンド像っていうものをストレートに表現したいんですよ。
--柳さんもヴィジュアル系というジャンルにはかなりこだわりがありますもんね。
柳:まぁもともと岩手のギャ男ですからね(笑)。なんか奇をてらったこととかはミスイでやろうとは思わないんですよ。ハッキリ言ってしまえば新しいことは若者がやればいいじゃんっていう考えなんです。新しいことに挑戦したり、ちょっと奇抜なことをしようとか、そういうことを経てきたメンバーが集まってるんで、そのうえで何をやりたいかって言ったら還ってくる場所は自分たちの好きなヴィジュアル系でしかない。最近もシーンに新しい風は吹いてると思うけど、それに後出しで乗っかろうとは思わないし、若者の新たな発想には敵わないですよ。
--言い切りますね。
柳:決して新しくはないけど、自分たちの中で熟成したクラシックなヴィジュアル系なら自信を持って届けられると思ってるんで、それがミスイらしい魅力だと思ってます。
--ところでXANVALAはレーベルメイトって認識で合ってますか?
柳:そうですね。XANVALAが始動するときに、新しい風を吹かせたいってことで立ち上がったPARAGUAS inc.ってレーベルに属しているって感じですね。
--偶然かも知れないですけど、古からの文化にリスペクトがあるバンドが多いですよね、PARAGUAS inc.は。
柳:あー、言われてみればそうかもしれないですね。
--ちなみに柳さんのルーツになったバンドっているんですか?
柳:ほんとうにいわゆるギャ男だったんで、めちゃくちゃたくさんのバンドを聴いてきたんですけど、自分の中で一番根っこにあるのはDIR EN GREYですね。僕、岩手県に住んでたんですけど、岩手って滅多にアーティストが来ないんですよ。なので、PIERROTが岩手に来たら迷わず行ったし、DIR EN GREYは仙台に来る時に観に行ってました。
--初めて観たライヴもDIR EN GREY?
柳:えっとライヴを初めて観たのはKISAKIさんがやってたレーベルMatinaがツアーで仙台MACANAに来たときですね。
--かなり筋金入りですね。DIR EN GREYは柳さんにとってどんな影響を与えたと思いますか?
柳:まず曲入りで好きになったんですよ。もうそれまでに聴いたことがないような歌声でビックリして、それでアーティスト写真を調べたら見た目も好きで、影響どころか衝撃でしたね。あと京さんのプロフィールを見たら、自分と身長が一緒だったんですよ。そのスタイルもカッコよかったし、自分もなれるかもしれない、この人みたいになりたいって思わさせられました。
--最初に聴いた曲は?
柳:「JEALOUS」ですね。
--メロディが美しい曲ですよね。カップリングの「Unknown... Despair... a Lost」も秀逸で。
柳:そうそう!そうなんですよ~。でも、このバンドについていこうと決めたのはそこから先のメジャーデビューシングルの「残-ZAN-」なんです。
--「ゆらめき」、「アクロの丘」、「残-ZAN-」の3枚同時リリースでメジャーデビューして、全曲がTOP10に入ったのはいまだに伝説です。そのなかでも「残-ZAN-」なんですね。
柳:リリース順で言うとインディーズで「JEALOUS」、「-I’ll-」ときて“あ、この路線のバンドなんだな”と思ってたんですけど、「残-ZAN-」を聴いたら最初から最後までひたすらシャウトで全編構成されてて、そんな曲を聴いたのは初めてだったんでビビりましたね。このバンドこんな曲もやっちゃうんだって。そこから自分の新たな扉が開きました。シャウトっていう歌唱法があるのかと。
--当時の東北エリアってどんなバンドがいたんですか?
柳:えーと、僕がちょうどナイトメアと入れ替わりぐらいの世代なんですよ。ナイトメアが東京に進出した頃に僕ら世代が仙台のライヴハウスとかに出入りするようになるっていう。なので、ナイトメアの直属の後輩にあたるバンドさんたちが僕らの直属の先輩にあたる関係ですかね。でも、今は東北にヴィジュアル系バンドはほとんどいないですね。ほぼ壊滅状態で寂しいところではあります。
--柳さんが上京してきて、その後が続かなかった?
柳:MoNoLith解散後にMORRIGANが出てきたんですけど、彼らはどちらかというと東京拠点のイメージだったんで最後に仙台を拠点にがっつり全国区でやってたのは僕らぐらいですかね。
--LIQUIDも同期にあたるんですか?
柳:LIQUIDはヴォーカルのhibariさんは完全に同期です。腐れ縁(笑)。あそこはマイペースにやりたいときにやるって感じで続いてますね。
--hibariさんはソロでもたまに東京来られてますもんね。当時はどの辺のライヴハウスが主流だったんですか?
柳:当時はまだ仙台Hookがあったんですけど、あとはMACANAですかね。
--盛岡のCLUB CHANGE系列は?
柳:ツアーで東北に行くときとかは出てましたけど、メインでライヴするのはほとんど仙台でしたね。
--そうなんですね。パーソナルインタビューなのでここから柳さんの少年時代も伺おうと思ってるのですが、ズバリどんな子どもでした?
柳:一貫して言えるのはちっちゃい頃から陰か陽で言ったら陰ですね。大勢の友達とつるむタイプでもなくて、すごい仲がいい子が2人ぐらいいて、そいつらと常に一緒にいるみたいな感じです。スポーツとかも嫌いでしたし。
--苦手ですか?
柳:サッカーとかは苦手ですね。バレーボールとか野球ってまだそこまで対人じゃない気がするんですよ。ただ、バスケとかサッカーって人と人とのぶつかり合いみたいな。
--フィジカルスポーツですよね。
柳:それがもう嫌で(笑)。だから長距離走とか1人で黙々とやるのは好きでした。
・卒業文集のタイトルはSyndromeの曲名だった
・当時の東北シーン
・メンバー探しはバンドの物販に突撃
・人間性を大切にして集まったメンバー……インタビューは会員ページへ続く