
--1月に正式に再始動してからここまで、どう手応えを感じてますか?
伐:どうなんですかね?あんま手応えとかもなく楽しくやらせてもらってるって感じですけど、結束力というか前と違ってバンドとして上を目指そうって気持ちはあるかも知れないですね。やっぱり数字をもってないとくだらないことやってるバンドをブチ殺せないから、数字をつけようと考えるようにはなりました。でも、手応えとかは別にないっすよ。
--実際はそんなことなくて、先日の<バグサミ2025>も大変な入場規制になっていて、会場までまったくたどり着けなかったんですよ。やっぱり改めてまみれたの注目度を感じます。
伐:なんかめっちゃ列できててほとんど入れなかったとは聞いたっす。
--これだけ注目度も上がっているとはいえコンセプトは“床下”なんですよね?
伐:そうですね。クーデターを起こしてる感じっすね。世界の下と上がひっくり返ったら面白くね?って感覚です。
--さっそく物騒な発言も飛び出してますが、それがまみれたの意志ですもんね。最近のトピックで言うと、フェス荒らし対バン荒らしも絶好調ですが<まみれた主催「床下祭典」>が9月2日に新宿LOFTで開催されます。共演がアーバンギャルドの松永天馬さん、首振りDolls、赤いくらげ、鮮血A子ちゃん(オープニングアクト)です。
伐:俺ん中でヴィジュアル系ってジャンルじゃなくて概念なんですよ。今回ヴィジュアル系ってジャンルにいるのは鮮血A子ちゃんだけなんですけど、概念的にはここに出てるバンドの方がよっぽどヴィジュアル系じゃね?って思ってます。ヴィジュアル系ってすげーナメられてるじゃないですか?他の音楽ジャンルからしたらめちゃくちゃナメられてるんですよ、多分。そいつらの思考を塗り替えてやろうと思います。マジでイカれたジャンルなんで。
--そのためにまみれたに加えて鮮血A子ちゃんもいるわけですね。
伐:ひろくん(鮮血A子ちゃん)は仲良いし慕ってくれてるし、俺の知り合いだとヴィジュアル系がもともと持ってた危なっかしさに該当するのは彼らだけなんですよ。もちろんCHAQLA.とかMAMA. もいるんですけど、より一層アングラで俺がヴィジュアル系ってこうでしょってものを持ってるのは鮮血A子ちゃんですね。あいつらはこういう対バンを経てもっとヤバくなると思いますし。
--先日の<KHIMAIRA>でもひろくんは局部を露出しそうでしたしめちゃくちゃでしたよ。あと、これ自分自身で言うのって難しいと思うんですけど、まみれたってどんなバンドだと思います?
伐:まみれたですか?まみれたは…そうですね、世間の敵っすね。俺らは世間が敵だと思ってるんですけど。
--なるほど。そんなシンパシーというか共通項がありそうな今回の共演バンドについても教えてください。
伐:松永天馬さんは小説とかアニメから飛び出して来た人ってイメージなんですよね。なんか夏目漱石みたい。
--松永天馬さんもジャンルレスな活動スタンスですもんね。
伐:そうですね。実は今回出ていただく3バンドはまったく面識なかったんですよ。それでも絶対同じヤバさを持ってるなと思って声かけさせてもらいました。というかこの3バンドと鮮血A子ちゃんにしか声かけてないんですけど。それこそ地元の周南riseでビバラッシュと凱旋2マンをしたときにPAの方が繋いでくださったのが首振りDollsのnaoさん。首振りDollsもPAさんも北九州出身の知り合いだってことで、なんの面識もないのにその場で電話させてもらったんですよ。
--クーデターを起こそうとしているライヴだと説明しに(笑)。
伐:まぁアンダーグラウンドなことを突き詰めたいイベントだってことが伝わったんだと思います。あとちょっと昭和な感じですかね。それで赤いくらげは夏生さんの曝け出し方がまみれたのやりたいことと共鳴すると思いました。女性ヴォーカルのバンドってたくさんいると思うんですけど、あの人はちょっと別格だと思う。あのダミ声で、ボイチェン使ってるわけでもないのにぶっちぎってるのはヤバいですね。ギターも巧いし。曲が俺の好みですね。
--ヴィジュアル系であることに信念があるし、伐さん自身愛が深いじゃないですか?それにも関わらずジャンルをまたぐラインナップなのが意外だったんですよ。
伐:多分俺らって今のヴィジュアル系から嫌われてんだろうなあと思って。あんまり誘われないし、だったらこういうのもいいよねって感じです。でも観ればまみれたの主催だなって納得すると思いますよ。よくわかんないチャラチャラした自称ヴィジュアル系バンドとやるより全然意味がありますからね。
--ここで、ここ数年の活動を振り返ると伐さんはまみれた復活の前にはぶえで活動してました。
伐:まぁ、こずゑと凰凱が家庭の事情でバンドを続けられなくなってしまったのが解散の理由なんですけど、ここで俺が音楽辞めたらアイツら浮かばれねぇなって思ったんです。アイツらだってバンド続けたかったし、その悔しさは解る。こずゑと凰凱ってヤツがいたんだぞってことを世に知らしめてやりたいんですよ。だから俺はバンドを続けなきゃいけないって気持ちです。まぁクッパは今もステージに立ってますけどね。
--解散前のまみれたと復活したまみれたの間に挟まれたぶえのことを絶対にないがしろにしないのも伐さんらしいですよね。
伐:そこは絶対ですね。
--では、まみれたの3人がどんな人間かっていうのも伐さん目線で教えていただけますか?
伐:ドラムの森田は…しっかりしてるのかしてないのかよくわかんないっす。めちゃくちゃ頼りになる時もあるし、なんでお前それわかんないの?みたいなこともある。彼はめちゃくちゃ高学歴なんですけど、バカなのか天才なのかマジでわからない。紙一重のヤツですね。それでかる。さんはああ見えてめちゃくちゃ情に厚いんですよ。
--やっぱりそうですよね。実は。
伐:たとえば“お腹痛い”ってグループLINEに送るじゃないですか?そしたら個人LINEで“大丈夫?”とか言ってくれるヤツなんですよ(笑)。かる。さんは優しいですね。人一倍俺の思い描く“まみれた像”を叶えようとしてくれてるんじゃないかな。もちろん森田も隆世もやってくれてるんですけど、“伐さんやりたいのこういうことでしょ?”っていうのを一番解ってくれてる気がします。バンド内でも通訳みたいなことをしてくれてるし。
--情に厚いって話で言うと、初めてかる。さんと会った時に“伐さんがVISUNAVIには恩があるから、VISUNAVIが困ったときはまみれたは何でもするって言ってたんで、俺も何でもします!”って言ってきたんですよ。それがすごい印象的で。伐さんに対する全幅の信頼というか、かる。さん自身は人を見抜く鋭さがあると思うんです。とりわけ誰にでも尻尾振るような男じゃないからこそ、忠誠心って言ったらちょっと語弊があるんだけど、伐っていう主語がついた時の絶対感は凄まじいですよね。
伐:まあでもちゃんと危険なヤツですよ。
--隆世さんはいかがでしょう?
伐:こう言うとめっちゃ薄く聞こえるかもしれないけど、隆世もめっちゃ優しいんですよ。たとえば遠征のときもずっと何も言わず運転してくれたりするし。ヴォーカルって身体が楽器なんで、その分ライヴは頼むぜ?って感じなんですよね。ヴォーカルの負担を減らしてより良いライヴをするにはどうするかみたいなところまで考えてくれてる。あと、隆世って映像とかも作れるんですけど、俺がイメージしたものもすぐ形にしてくれるので助かってますね。ギタリストってだけじゃなくていろいろできる多彩な人です。まぁでも何より優しいっすね、本当に。あと、まみれた復活のきっかけは隆世なんですよ。ぶえの最後の方、こずゑと凰凱が出れないライヴのサポートをしてくれたときに、何気なく「この先どうするの?まみれたやる?」って言ったのは彼なんです。
--ぶえが解散することが内定していたときですよね。
伐:そうですね。俺も一度まみれたを辞めた時期にずっと考えてたんですよ。メンバーにもう一回まみれたやらない?って言われたら俺は何て答えるんだろうって。でも俺は卑屈な人間だから、きっとみんなまみれたじゃなくてもよかったんだろうなって思ってたんですよ。それぞれバンドも始めてたし。それで、俺もぶえを始めて、ぶえが終わってしまうってときにそう言われて、なんだろうな…。
--メンバーにとってもやっぱりまみれたは特別なバンドだったことが確認できたんですね。
伐:俺の背中を預けれるような人間なんてこれ以上現れないと思ったし、もうまみれたしかないなっていう感じですね俺の中で。
--でもまあ伐さんご自身もお客さんに“死ね”だ“帰れ”だ暴言は吐くものの、礼節と人情の男じゃないですか?そういうカラーのフィードバックも感じますよね。バンド全体に。
伐:森田だけは“そんな怒んないでいいじゃん”って言ってくるんすけど。まぁでもうちのメンバーは全員ストイックだし真面目ですね。基準が俺なんで、安易なものを出してるバンドが多分ムカつくんだと思うんですよね。だからアイツらもダセーバンド観ると普通にダセーな!って言ってるんでそれは良くないですね(笑)。彼らがああなったのは若干俺のせいかも知れないっす。
--ここで伐さんのこれまでも振り返っていこうと思うんですけど、幼少期はどんな子でした?
伐:子どもの頃はノート一冊使いきったことがないですね。
--勉強嫌い?
伐:勉強嫌いでしたね。大嫌いです。数学以外は全部ダメでした。数学ってあんなもん公式を覚えたら誰でもできるじゃないですか?だから数学だけはできましたけど。お母さんにも“ちゃんと宿題やって!”って言われてたし、先生からも“お宅のお子さんは授業中立ち歩いたり~”みたいな電話が毎日かかってきてました。その電話がかかってくるのが幼心なりになんか怖かったのは覚えてます。俺はとにかく学校の先生ってものが嫌いでしたね。親身になってくれる先生もいて、中学生の時には好きな先生もいたんですけど、ほとんど全員嫌いでした。
・オリンピックを目指していたかもしれない
・Psycho le Cémuが入口だった。
・ヴォーカルだけ化粧してるハードコアバンドがはじまりだった
・るいまる、お前めっちゃ頑張ったな
・音楽で戦えよって…インタビューは会員ページへ続く