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今週は近代を作った群像(1)長州編」です。|久野潤チャンネルブロマガ
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今週は近代を作った群像(1)長州編」です。|久野潤チャンネルブロマガ

2017-04-21 20:07


    久野
    です。

    戦後は「明治維新」と呼ばれがちになった、
    幕末から王政復古を経て近代化した過程は、
    我が国の歴史においても誇るべき軌跡です。

    近代化に成功したどの国も、結果で見ると
    「王様や皇帝にちょっと引っ込んどいてもらう」ことで
    厳しい国際社会を生き抜いてきました。

    ところが日本だけは逆に、
    君主制としての建国の原点に立ち戻る
    という方法によって難局を切り抜けました。

    王政復古の大号令の中でも、

    「諸事神武創業之始ニ原キ」

    と述べられていることが知られています。
    そのおかげで、我が国はフランス革命や
    ロシア革命のようなものを引き起こすこともありませんでした。

    たまに「日本は革命を経験していないから
    (≒国民でよってたかって天皇を引きずりおろすことがなかったから)
    本当の民主主義国家ではない」

    などと言う全共闘世代の論者もいますが、
    2000年以上にわたって
    同じ国のかたちが続いてくれたことに対する
    感謝や畏敬の念がないとしか言い様がありません。

    戦後は王政復古すらもやや否定的に捉えられ、
    日本が“日清日露戦争という侵略戦争”
    を行う下準備であったかのような学問的主張が為されてきました。

    近年の幕末ブームも手伝ってか、
    ようやくそれらも下火になってきましたが、
    今度は「明治維新は長州藩による謀略であった」
    という主張が注目を浴びるようになってきています。

    戊辰戦争の時など、相手方を挑発し破るための
    数々の謀略があったことは間違いありませんが、
    極端なものでは「明治天皇は長州藩士がすり替わった」
    とまで主張されています。

    これが本当ならば、すでに今の日本は
    皇統に連なる天皇を戴く(戴いてきたと国民が信じて国家を支える)
    日本とは言えません。

    これはもう、「明治政府の中心となった
    長州・薩摩から見た歴史観がなんでも正しいのか?」
    といったレベルの話ではないのです。
    形を変えた王政復古批判、
    あるいは隠れ蓑を着た自虐史観とでも言えましょうか。

    【久野潤チャンネル】では今週から、
    「近代を作った群像」と題したシリーズでお送ります。
    第一弾は長州藩です、

    このような議論の中で
    王政復古(明治維新)の価値に
    自信がもてなくなっている方もぜひご覧下さい♪

    ( 久野 潤 )

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