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小説『神神化身』第二十六話 「堆金積玉(points card incident)」
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小説『神神化身』第二十六話 「堆金積玉(points card incident)」

2020-11-13 19:00

    小説『神神化身』第二十六話

    堆金積玉(points card incident)


     「ネットを断つことは、少しだけ死ぬことだ」
     比鷺(ひさぎ)がもじったのは有名な探偵小説の一節だが、生憎と彼はその小説を読んだことはない。比鷺が活字に触れるのは、大抵が攻略本やゲーム雑誌を読む時に限られる。SNSも活字に含めていいのなら、エゴサが一番上にくる。しかしこんな比鷺でも、その小説の主人公の伝え聞くハードボイルドさには共感を覚える。何故なら比鷺は、そのくらいの強い覚悟を持ってインターネットに向き合っているからだ。

    「だから、遠流(とおる)が俺にネットを断てって言うのは死ねって言ってるのと同じことなんだよ? 大事な舞奏衆(まいかなずしゅう)のメンバーが死んだら悲しいでしょ?」

    「既に僕の親友だった九条(くじょう)比鷺は死んだも同然なんだけど」

    「ちょっともー酷いこと言わないで! 三言もなんとか言ってよ」
    「その理屈でいくと、生まれた時から既に比鷺は死んでいたことになるな。哲学的だ」
    「三言、そういう話じゃない」
     舞奏社(まいかなずやしろ)の冷たい床に寝転んで、比鷺は愛おしそうにスマホを撫(な)でる。遠流が飛びかかってきてもスマホを奪われないよう、いつでも跳ね起きる準備が出来ている。この時ばかりは舞奏の稽古で少しばかり備わった瞬発力が生きるだろう。

    「せめて舞奏競(まいかなずくらべ)が終わるまでネットを断って真面目に生きろって言ってるだけだろ。お前は何をしでかすか分からないんだし」

    「は? 大分あるじゃん! マジで死ぬって! 今一番エゴサが楽しい時期なんだよね。毒にもなる時期でもあるけど。くじょたんでも九条比鷺でも引っかかるしさー。遠流のネームバリューに感謝するわー」
     歓心(かんしん)を集めるのが覡(げき)の本分というが、現代の歓心はこういうところでも可視化される。どんな言葉でも、自分に向けられるものは怖くて、それでいて嬉しい。舞奏競はネット断ちととても相性が悪いのである。

    「そういえば、比鷺はくじょたんとしても有名なんだよな。櫛魂衆(くししゅう)として活動していることがくじょたんのファンにバレるのは大丈夫なのか?」

     三言がそう尋ねると、比鷺は眉間に皺(しわ)を寄せながら口を開く。

    「うーんまあ長年追ってくれてるくじょ担の中には『九条比鷺に声が似てない?』って言ってる人もいるけどさ、基本全然繋がんないよ。まだまだ九条比鷺もくじょたんもそこまで有名ってわけじゃないし。『あのくじょたんが覡なわけないっしょ(笑)』的な? あー、なんかそう思うと誰かに気づいてほしくなってきた。あ、愛されてえー!」
    「櫛魂衆に炎上のイメージがついたらどうする。この生ける火薬庫が」
    「正直な話、前回の炎上で騒いだ奴らを見返す為に、八谷戸(やつやど)遠流とコラボしてえー! それで、くじょたんと遠流が大親友の大勝利エンドでちやほやされるのやりたいよー!」

    「なら本願をそれにしろ」
     遠流の声はどこまでも冷たい。国民の王子様とコラボしたら登録者数もうなぎ登り、ワクワク超パーリィへの道も開けるだろう。ということは、遠流とのコラボを本願にしたらその願いも自動的に叶うのかもしれない。それはちょっといいな、と比鷺は思う。
    「とにかく、そんなお前にこれだ」
     夢想する比鷺の鼻先に、名刺大のカードが突きつけられる。水色をした、ラジオ体操のスタンプカードみたいなものだ。上の方に可愛らしいフォントで、その正体が書いてある。
    「『くじょたんのインターネット断ち日カード』……何これ」
    「そのままの意味だよ。お前がネット断ち出来た日数に応じてスタンプを押してやる」
    「『作:遠流』ってあるけど、遠流が作ったの? これ」
    「そうだけど」
     細部まで凝っているパステルカラーのカードは、遠流の冷たいイメージに似合わないほど可愛らしい。でも、よく考えてみれば遠流は昔から手先が器用だった。遠流にかかればこのくらい簡単に作れるのかもしれない。それでも。
    「……遠流さあ、俺にネット断ちさせる為だけにこんな手間暇掛けるんだから、俺のこと割と好きじゃん。え、何? ツンデレ? はーっ、国民の王子様は属性盛るねえー!」
    「……人類は有史以前から膨大な知恵と時間を使って害虫との戦いにしのぎを削ってきたが、それがシロアリやムカデへの愛の証明になるか?」
    「ひゅっ」
    「いいじゃないか。遠流はセンスがいいな。小平(こだいら)さんが見たら嫉妬しそうな出来だ。特に端の鳥がいい。これは比鷺だろ?」

     三言は無邪気にそう言ってくる。それに対し、遠流は不思議そうに言った。
    「どうして小平さんが?」
    「実は、全力食堂のポイントカードをリニューアルしたくて悪戦苦闘してるらしいんだ。ああ見えて小平さんは凝り性だから」
    「全力食堂ってポイントカードやってたんだ」
     比鷺はあまり外を出歩かないので、全力食堂にも久しく寄りついていない。櫛魂衆結成の折に、お祝いの席を設けてくれた時以来だ。
    「ああ。素敵なデザインだぞ。ただ、最近はこのポイントカードが全力食堂に寄り過ぎているということで、デザインの変更も考えられているらしい」
    「全力食堂に寄り過ぎてるってどういうこと? 脱力要素を加えてく的な? それはそれで俺見たいかも」
    「一応あの店は『リストランテ浪磯(ろういそ)』っていうお洒落な側面もあるからな。リストランテ要素を足していこうということらしい。具体的には、今はカタカナで書いている店員の名前をローマ字表記にするとか。ほら、ムツハラよりMUTSUHARAの方がリストランテ感があるだろ」

    「いやでも、そもそもリストランテって英語じゃなくてイタリア語じゃない? ローマ字表記でいいの?」
    「比鷺は妙なところにこだわるんだな」
     笑いながら、三言が続けた。
    「でも、いいものだよな。全力食堂リストランテ浪磯のポイントカードを財布に入れてくれてる。リストランテ浪磯の為にその場所を空けてくれてる。そのことが嬉しいんだ。これも歓心の一種だな」
    「んー、そう言われると確かにね……」
    「それじゃあ、お前は僕の歓心に報いろよな」
     遠流が比鷺の額にぐりぐりとカードを押しつけてくる。
    「お前の配信は監視してるから隠しても無駄だ。あとソシャゲのログイン時間もチェックしてやる」
    「え!? ソシャゲはネットじゃなくない!? じゃあ逆にソーシャルに接続されてないゲームならいいの? 昔のプレステとかスーファミとか持ってきてノーソーシャルなゲームやってればオッケー?」
    「じゃあ次はゲーム断ちカードにしてやるからな」

     遠流はそう言うと、カード越しに比鷺の額を指で弾いてきた。



     「あのカードは良かったな。あれなら比鷺もネット断ち出来るんじゃないか? あんなにインターネットが好きなんだから、少し可哀想な気もするが」
     比鷺を駅前の家に送り届けた後、二人になるなり三言は言った。比鷺にとってネットは呼吸のようなものだ。舞奏を頑張らせている上で、大切なネットを奪うのは少し忍びない。
    「……そんなに心配しなくても、比鷺のことだから三日くらいしかもたないと思うよ。三日休んで一日やるくらいのペースに落とせたらまあいいかなって」
    「そうか。遠流は優しいな。あのカードはどこから着想を得たんだ?」
     隣を歩く遠流のペースが少しだけ落ちる。思い出の坂を遡っていくのと同じ歩幅になっているのだろう。同じだけ速度を緩めながら遠流が呟く。
    「……比鷺ってさ、RPG好きでしょ。確か、ゲームの中でも一番好きなジャンルだったんじゃないかな。何か理由があるのって聞いたら、レベルが上がるのが楽しいって言ってたんだ」
     遠流が懐かしむように言う。
    「頑張ったら頑張っただけ報われるようなシステムが好きなんだって。生まれ持った才能でそこそこやってるって意識が抜けないから、逆にそういうのが好きなんだろうね。だから、頑張った分が見られるような仕組みがあったら頑張れるのかもなって思ったんだよ。それだけ」
     言っていて恥ずかしくなったのか、遠流がぶっきらぼうに纏(まと)めた。細かいところまで工夫されたカードを思い出す。決して暇ではない生活の中で、遠流は色々考えていたのかもしれない。

    「俺も遠流に何か作ろうか。遠流頑張ってるカード。そうしたら毎日スタンプを押すことになるが」
    「いいよ別に。……いや、ちょっと欲しいかも」

     素直に告げられた言葉に、小平さんにパソコンの使い方を習おう、と三言は思う。遠流の頑張りを自分が見ていることを、ちゃんと形にしておきたいのだ。


    本編を画像で読みたい方はこちら↓
    (テキストと同様の内容を画像化したものです)

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    著:斜線堂有紀

    この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



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    ©神神化身/ⅡⅤ

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