メディアアーティストにして研究者の落合陽一さんが、来るべきコンピュータに規定された社会とその思想的課題を描き出す『デジタルネイチャーと幸福な全体主義』。第5回の前編となる今回は、全体最適化による全体主義は、なぜ〈幸福〉なのか。オープンソースの普及や、インターネットによる学習効率の向上がもたらす変化の先にある、新しい社会の形態を素描します。(構成:長谷川リョー)
PLANETS Mail Magazine
落合陽一「デジタルネイチャーと幸福な全体主義」 第5回 機械の時間と最適化された世界(前編)【毎月第1木曜配信】
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放送日:2016年9月27日
第5回となる今回は、インターネットで徐々にその傾向を強めつつある全体主義性が、どのような原理によってもたらされているのか。それがどんな世界を導くのかについて考えてみたいと思います。
現在のインターネットは、資本主義で駆動される世界と、オープンソースに基づく世界の二方向に分かれつつあります。資本主義的な世界はアプリケーション的な要素から構成され、企業体が存在しユーザーが存在する、当たり前ですが民主主義的に駆動されています。それとは若干異なって、オープンソースの世界は、論文・コード・ライブラリといった要素から構成され、全体主義的な性質を持ちます。
なぜ、このような二つの世界が現れたのか。簡単に前回のおさらいをしましょう。マックス・ウェーバーは資本主義が成功した要因の一つとして「資本の再投下」に着目しました。シリコンバレーにおいては、黎明期にIntelやHPといった企業が成功を収め、その利益がAppleなどの次世代の企業に再投下され、さらにその利益がGoogleやFacebookに再投資されました。この資本の再投下のループによって戦後のアメリカ経済は大きく発展しますが、その裏側では、LinuxやGitHubなどに代表されるオープンソースの思想が誕生します。オープンソースによってインターネットの裾野は拡大し、公開された基礎技術の恩恵を資本主義企業も受け取る。こういったプロセスを辿りながらアメリカのIT業界は成長してきました。
そして2000年代以降、オープンソースはさらに影響力を強めています。これからの社会は、オープンソースを基盤とした全体主義的な社会構造になっていくのはないか、というのがここでの問題提起です。
ただし、ここでいう全体主義というのは、20世紀前半の全体主義とは明確に区別されるべきものです。前世紀の全体主義が「民主主義に由来する全体主義」とすれば、これは「全体最適化による全体主義」といえるでしょう。
民主主義による意思決定で焦点となるのは人間の数です。現在の制度では多数決で意思決定が行われますが、そこには必然的にマジョリティとマイノリティの区分が生まれ、マイノリティは大多数を締めるマジョリティの意見に従わなければなりません。しかし、全体最適化を意思決定の根拠とする場合は、賛同する人間の数は問題になりません。あくまで、生態系として捉えた社会、その全体にとって都合が良い選択肢が個々の問題や一人一人に対して別々に選び出されるわけです。
この「全体最適化による全体主義」が実現するのであれば、そこではAIが重要な役割を担うことになるのは間違いありません。すでにAIは我々の社会に入りこみつつありますが、そこで必ず出てくるのが「人工知能が人間の仕事を奪う」といった「AI脅威論」です。しかし今現在、世界で起きているのは、それとはすこし位相の違った現象です。
たとえば、AIの「AlphaGo」はトップ棋士のイ・セドルに勝利しましたが、「AlphaGo」のエンジニアの囲碁の腕は、イ・セドルよりもはるかに劣るはずです。この事実が示唆してるのは、既存の専門家から職を奪うのは、AlphaGoのようなAIそのものではなく、AIのエンジニアだということです。これからはバイオやデザインなど他の分野にもAIが介入し、専門的領域の多くがコンピュータ・サイエンスによって覆い尽くされていくでしょう。ただし、それは「AIが世界を統治する」のではなく「コンピュータ・サイエンスの研究者があらゆる分野に進出する」という言い方が正しいのです。
そう遠くない将来、どの分野においても、トップの研究者たちはコンピュータ・サイエンスの研究者とタッグを組むようになり、AIと距離を置く人たちは、影響力を失っていくでしょう。AIと組んだ研究者グループによる高度な成果が基準となることで、それに太刀打ちできない人々は淘汰されます。この「AIと人間の協業」がオープンソースをベースに展開されることになれば、私たちの社会は大きくその姿を変えるはずです。
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