3D小説「bell」本編
■佐倉みさき/7月28日/10時15分
久瀬くんが私を引っ張る。
同い年とは思えない力強さにびっくりして、私は気づけば彼の後ろについて部屋を出ていた。
「どこにいくの?」
と私は尋ねる。
「もっと綺麗なところだよ」
と彼は答える。
私の手をひいたまま、久瀬くんは走る。廊下で数人の大人に声をかけられたけれど止まらない。パーティ会場にも目もくれず、私たちはホテルを飛び出す。
久瀬くんは足が速くて、私は生まれて初めてじゃないかというくらいの全力疾走だった。行き先もわからないけれど、不思議と不安はなかった。それよりも、久瀬くんに置いていかれないように必死だった。この手を離すことの方が怖かった。
私はじっと、久瀬くんの後ろ姿をみつめる。
久瀬くんは無言で、ただ手を力強く握っている。
その温度に、大丈夫だ、と言われている気がする。
どきん、どきんと鼓動が打つ。
体温がどこまでも上昇していく。
肌に触れる、冷たい空気が心地いい。
息が苦しくて、頭はまっ白だ。
なにも考えられなかった。
さっきまで胸に溜まっていたはずの不安も、もう思い出せなかった。
※
どれくらい走っただろう。とっくに限界を超えていて、でも久瀬くんの手のひらだけを信じて走っていた。
気がつけば、私たちは小さな公園にいた。
少し坂になった芝生があって、久瀬くんがそこまで私を引っ張り上げる。
久瀬くんがふいに、すべての力を出しきった、という風に仰向けに倒れ込む。私も限界で、どうしようもなくて、久瀬くんの横に寝転がる。彼の横顔がみえた。
「綺麗だろ」
「え?」
「ぶっ倒れてから見上げる星が、いちばん綺麗なんだ」
それで私は、仰向けになった。
真正面に夜空がある。
その空に星は少なかった。地上の明かりでいくつか雲もみえて、濁っていて、ありきたりな夜空。
けれど、確かに綺麗だと思った。
私が知る中で、一番綺麗な星空だと思った。
暗い夜空が明るくみえて、なんだかちょっと涙が滲んだ。
それからしばらく、星を眺めたまんま、久瀬くんはぽつぽつと話をしてくれた。
彼の失敗談をきいて、私は笑った。
ずっと、このままでいたいと思った。
久瀬くんも同じ気持ちなら嬉しいと思った。
だけど、彼は言う。
「がんばれ、みさき」
今はその言葉が、星空と同じように綺麗に聞こえて、私は頷いた。
※
とはいえ目の前には、明らかな問題があった。
遅刻だ。叱られる。
うつむいてそう言うと、久瀬くんは笑った。
「叱られるのはオレだろ。勝手に連れてきたんだから」
そんなことはないのだ。久瀬くんは、悪くない。
彼だけが泣いている私に気づいてくれたのだから。
「大丈夫だよ」
と久瀬くんは言う。
それから、ふいに、私になにかを差し出した。
「これ、やるよ」
彼が手のひらに持っていたのは、キーホルダーだった。不敵な笑みを浮かべる、赤い帽子をかぶった男の子のマスコットがついている。
そのマスコットに似た顔で、久瀬くんは笑う。
「こいつ、みた目はこんなだけどさ、実はすげえんだぜ」
「すごいの?」
「うん。こいつにはさ、奇跡の魔法がかかってるんだよ」
「なに、それ」
私は思わず笑う。
さすがにもうこの世界には、魔法なんてないと知っている歳だったし、久瀬くんがそういう子供っぽいことを言うのがおかしかった。
なのに、笑顔を浮かべたまま、声だけは真剣に。
「本当だよ」
と彼は言う。
「こいつを持ってると、絶対に悲しいことは起こらないんだ。そういう風にできてる」
だからもう怖がらなくてもいい。
そう言った彼の声は力強くて、不思議と嘘だとは思えなかった。
私は、たぶん心の底から頷いて。
それから笑って、キーホルダーを受け取った。
※
パーティ会場に戻ると、もちろん私たちはひどく叱られた。
でも、キーホルダーの魔法だろうか、それが悲しいことだとは私には思えなかった。
予定よりも30分も遅れて、私はピアノの前に座る。
不思議だった。もちろん、緊張していた。
でも、絶対に上手く弾けるとわかっていた。
amor000@bell情報ディーラー @nagaeryuuiti 2014-07-28 10:19:33
ってことは、久瀬先輩がついた嘘って、このキーホルダーの説明?
あ、いや、他人のための嘘なら構わないんだったか
みどばち @midobachi3 2014-07-28 10:19:57
これは良い意味で小学生じゃないw
コウリョウ @kouryou0320 2014-07-28 10:22:37
ショタ久瀬の失敗ってなんだろ
みどばち @midobachi3 2014-07-28 10:23:46
「いろんな人に頑張れって言われたら、嫌になっちゃった」てのは分かるな
amor000@bell情報ディーラー @nagaeryuuiti 2014-07-28 10:24:51
@midobachi3 俺もわかります。
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コメントを書く久瀬君ヒーローだわー