久瀬視点
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 八千代は約束の時間に、5分ほど遅れて現れた。
 彼は20代の後半ほどにみえる、背の高い男だった。細いストライプの入った、落ち着いた赤のジャケットを着崩している。顎の髭を少し残していて、胡散臭い芸術家のようにみえた。
「やあ」
 と八千代は微笑んで、オレの向かいに座る。
 店員に向かって、「アイスオレね。氷はいらない」と注文した彼は、こちらに向かってにっこりと笑って名刺を差し出す。
「次からはこっちに連絡してね。家にはさ、滅多に帰らないから」
 オレはその名刺を受け取って、眺める。
 八千代雄吾。携帯電話の番号とメールアドレスが併記されている。会社名や住所はなかった。
 気になったのは、その肩書きだ。――旅先案内人。
「ガイドなんですか?」
「ああ。そう思ってもらっていい。オレはね、君たちの知らない場所を案内するのが仕事なんだ」
 八千代の仕事は、別にどうでもよかった。でも、少しでも彼の人柄を知るために、オレはその会話に乗ることにした。
「じゃあ、たいていは海外にいらっしゃるんですか?」
「そうでもない。いろいろだよ」
「たとえば、どんな場所の案内をするんですか?」
「よく行くのは、日の当たらない裏路地だね。いったいなんの仕事をしているのかわらない会社ばかりが入っているテナントビルとか、みたことあるだろ? そういうのが密集しているところが多い」
「そんなところ、観光して楽しいんですか?」
「楽しくはないよ。楽しい場所にガイドはいらない。オレが案内するのは迷いやすい裏路地、一寸先もみえない闇の中、気がついたらはまっていた落とし穴の底。そんな場所だよ」
「普通の旅行じゃなさそうですね」
「うん。普通じゃない」
 店員が運んできた、氷の入っていないアイスオレを、八千代はゆっくりとストローでかき混ぜる。それからストローをテーブルの脇に置き、グラスに直接口をつけて飲んだ。
「たとえば君に親友がいたとしよう。君の部屋に遊びに来て、一晩泊まって、帰っていった。経験ある?」
「はい」
「だいたい、その半年後くらいかな。君の元に催促状が届く。当方はマルマル氏に金100万円を貸し付けたものです。貴殿がその債務の連帯保証人をされています。ですが該当契約に基づく分割弁済金が支払われておりません。――こんな風に」
「どうして?」
「君の親友が、判子を持ち出してぽんとついたんだ。それだけで君は旅先に放り出されるんだよ。自分の部屋も、通っている学校も、まったく知らない場所にみえてくる」
「旅なんてものじゃありませんね」
「まったくだ。それを旅にしてやるのが、オレの仕事だよ」
 八千代はまたアイスオレに口をつける。
「パスポートを用意して、チケットを手配して、また君の家に帰れるようにする。非現実と現実は隣接しているんだ。でも一方通行だよ。一度線をこえてしまうと、コツを知らなきゃ元に戻れない」
「つまり、なんでも屋みたいな仕事ですか?」
「なんでもはしない。オレは案内するだけだ。闇金融の見所はこちらです。法律の穴もぜひ押さえておいた方がいい。充分堪能しましたか? それではお帰りはこちらです、てね」
 まとめてしまうと、胡散臭い男だ。
 そう感じることに少し安心した。一見信用できそうな男の方がずっと怖い。
「連絡名簿は持ってきていただけましたか?」
 とオレは切り出す。
 八千代は頷いて、茶封筒をテーブルの上に置いた。
「この中に入っている」
「確認しても?」
「その前に少し、君と話をしたいな」
 それくらいいいだろ? と八千代は首を傾げた。
読者の反応

子泣き中将@優とユウカの背後さん @conaki_pbw 2014-08-02 17:37:01
来た…八千代胡散臭せええええ!  


空飛ぶ蜥蜴 @karashimiso477 2014-08-02 17:45:10
八千代さんの胡散臭さがどストライクで好みだーーー!


安里 まなか @Mi_go_pail 2014-08-02 17:46:40
八千代さんの胡散臭さが好みだった……!
いいよね、こういうキャラ……!  


コウリョウ @kouryou0320 2014-08-02 17:38:27
「非現実と現実は隣接しているんだ。でも一方通行だよ。一度線をこえてしまうと、コツを知らなきゃ元に戻れない」八千代味方につけられたらどんなに心強いか!  


闇の隠居 @yamino_inkyo 2014-08-02 17:40:56
なんかそのうちリアルに登場しますよと言わんばかりの詳細なジャケット説明だなー?  





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