佐倉視点
banner_space.png
 後部座席に載せられていた。
 運転席にいるのはニールだ。トランクに詰め込まれはしないだけましだが、数十センチ先に誘拐犯がいるのは、やはり息が詰まる。
「旅行は好きか?」
 シートベルトを念入りに確認していると、前を向いたままのニールに尋ねられた。
 いきなりなにを言っているんだ、こいつは。
 ニールは気にした様子もなく、鍵を回してエンジンをかける。
「俺は好きだ。遠ければ遠いほどいい。でも隣の県であれ、知らない土地ってのはそれだけで魅力的だよ。ただし邪魔な荷物がなければな」
 荷物とは私のことだろう。そう思うなら放っておいてほしかったが、きっと言うだけ無駄だ。
 代わりに尋ねる。
「どこに連れていくつもり?」
 こいつが私と世間話をしたがるとも思えない。旅行の話題を出したのにはなにか意味があるのだろう。とはいえもちろん、プライベートな行楽旅行に誘っているわけでもないはずだ。
 ニールは投げやりに答えた。
「すぐそこだよ」
「すぐそこってどこ?」
「うるせえな、かさばるどころかぎゃあぎゃあわめき出す荷物なんてあるか? だいたい年上には敬語を遣え」
「誘拐犯を敬うわけがないでしょう」
「じゃあ口を開くな。人質にいちいち行き先を伝える誘拐犯なんかいねぇよ」
 なら初めから話を振るな、と言いたかった。
 私も口げんかをする相手くらいは選びたかったので、とりあえず黙っておくことにする。ニールは面倒くさそうにハンドルを切り、アクセルを踏み込む。車が加速する。ニールがカーオーディオのスイッチを入れ、なにか耳触りな音楽が流れ始める。
 そのまま、車内はしばらく、騒々しい静寂で満ちていた。
 10分ほど走ってから、車が減速する。人気のない、信号もない細い裏路地だ。そこに女性が立っていた。
 あ、と思わず声が漏れた。
 ニールは彼女の隣で車を停めて、後部座席の鍵を開ける。
 女性が私の隣に乗り込む。
「ノイマンさん」
 無事だったのか。
「心配した?」
「いえ」
 おかしな話だが、本当は少し気にかかっていた。不測の事態に巻き込まれたのではなかったのか? ただ、誘拐犯を心配するというのも変なので、反射的に首を振った。
 彼女は苦笑する。
「酷いわね。まあいいけど」
「どこに行ってたんですか?」
「すぐそこの異世界よ」
「なんですか、それ」
 運転席のニールが振り返った。
「おい、どうしてそいつには敬語なんだよ」
「別に。なんとなく」
「なんだよ。男女差別かよ」
 ノイマンが冷たい声で言う。
「うるさいわね。さっさと車を出しなさい」
 ちっ、と舌打ちしてニールはアクセルを踏んだ。
 ノイマンはこちらに向き直る。
「申し訳ないんだけど」
 と彼女は言った。本当に申し訳なさそうに、眉間に皴を寄せていた。
「貴女を脅しつけてでも協力して貰わないといけないことがあるのよ」
「脅すって?」
「たとえば、久瀬太一の安全とか」
 息が詰まった。
 どうして。
「フルネームを知っているんですか?」
「知ってるわよそれくらい。貴女を誘拐したスイマを捕まえた彼でしょ?」
 その通りだ。
「危険なんですか? 久瀬くん」
「どうかしらね。今も貴女を助けようとしているなら、あるいは」
 彼は、私を見捨てない。
 うぬぼれではない感情で、そう確信できる。
 とても嬉しいことだ。けれど、とても悲しいことだ。
 なんと言っていいのかわからなかった。
「そんなわけで貴女には、ちゃっちゃと私に協力して欲しいのよ」
「どう話が繋がるのか、よくわかりません」
「貴女が協力的だと、聖夜協会の中のいろんなことが上手くいくの。いろんなことが上手くいくと、聖夜協会も多少は落ち着く。貴女を解放して、久瀬くんの元に帰してあげることだってできるかもしれない」
 残念ながら、私は元々、彼のところにいたわけではないけれど。
「今すぐは帰してもらえないんですか?」
「ここで解放しても同じことよ。また別の聖夜協会員が貴女を狙うでしょうし、そのとき隣に久瀬くんがいたら巻き込まれるわ。犯罪者に手を貸すのは気が進まないでしょうけれど、こっちの問題を貴女が解決してくれるとみんな上手くいくの」
「なんですか、問題って」
「貴女に頼みたいのは、これ」
 ノイマンは手早く、持っていたカバンから用紙の束を取り出した。コピー用紙の片端をダブルクリップでとめただけのものだ。
 用紙には1枚につき1つずつ、不可解なイラストが印刷されていた。隅には番号がついている。
「40枚あるわ」
「それが?」
「選んで、並べて、4コマ漫画を作って」
 意味がわからない。
 運転席のニールが言った。
「そのイラストのいくつかは、英雄と呼ばれるある少年のエピソードに関係するものだ。エピソードは4コマひと繋がりで、イラストに紛れ込んでいる。わかるか?」
 わからない。
「要するにこの40枚は、4コマ漫画10本ぶん?」
「違う。ちゃんとひとの話を聞けよ。言い回しから汲み取れ。いくつかはっつってんだろうが」
 ニールの身勝手な言葉を、ノイマンが補足する。
「何本の4コマ漫画があるのかは知らないけれど、関係のないイラストも入っている可能性が高いわ」
「どうしてそんな、ややこしいことになってるんですか」
「私たちも知らされてない。上からの指示だから」
「上って、メリー?」
「だといいけれど」
 どういうことだ? 誰に指示されたのかもわかっていないのだろうか?
「直接指示を出したのはメリーよ。でも、メリーにそれを依頼したのは別の人物。貴女にこれをやらせようとしているのもね」
「おい、喋り過ぎだ」
 とニールが言った。
「いいじゃない。結局のところ、私たちはこの子を頼るしかないのよ」
 ノイマンはわずかに目を細める。
「もう10年以上も前に、聖夜協会の初期メンバーのうちの数人が失踪しているわ。今回、指示を出したのはそのひとりよ」
 ――失踪。
 時期的にも一致する。
 私のお祖父ちゃんがいなくなったのも、その時期だ。
 そしてお祖父ちゃんも、聖夜協会に所属していたはずだ。あのパーティにはお祖父ちゃんの誘いで参加していたんだから。
「どうかした?」
 とノイマンが言う。
「いえ」
 私は首を振った。
 ノイマンはこちらの顔をじっとみつめて、それから続けた。
「指示を出したのはリュミエールと呼ばれていた女性よ。なぜ10年も経って今さら、彼女からの連絡があったのかはわからない。でもリュミエールは、悪魔――貴女だけが、英雄のエピソードをみつけられるのだと言った」
 わけがわからない。
 女性だというのなら、お祖父ちゃんも関係がなさそうだ。
 英雄なんて知ったことか、と内心で舌を出しながら、私はそれでもコピー用紙の束をめくる。
 そして、息を飲んだ。
 まず目に飛び込んできたのは20番と振られたイラストだ。そこには額にHEROと書かれたマスクをかぶった、奇妙なキャラクターのバッヂが描かれていていた。
 バッヂ。その絵が一目でバッヂだとわかる人間は、そう多くはないだろう。でも私にはわかった。
 ――ヒーローバッヂ。
 それは、私が彼に贈るために用意したものだ。
 意味がわからない。納得がいかない。でも。
「英雄って、もしかして――」
 ノイマンが首を振る。
「彼の正体には、決して触れてはいけないことになっているわ。誰も知ろうとしないし、知ってはいけない。もしなにか思い当ったとしても、口にしてはいけない」
 いったい、どういうことだろう?
 でも、一度連想してしまうともうダメだ。
 私には英雄の正体が、久瀬くんだとしか思えなかった。
読者の反応

ほうな@bellアカ @houna_bell 2014-08-03 17:48:26
方向性の示唆が来ましたね   


ちょくし@[3D小説 bell]参加中 @DodoRoku 2014-08-03 17:50:01
4コマか、結構しんどそう?


わかめ@ソル神奈川支店 @signarial 2014-08-03 17:45:29
愛媛のブログの29番目のイラストって、もしかして宮野さんが持ってったやつ?  


悩ましいよしにゃん @gunou4241 2014-08-03 17:47:09
例のスタンプ何枚かは聖夜協会の構成員のことだったりするんだろうか  


桃燈 @telnarn 2014-08-03 17:49:13
ちょっとそこの異世界に行っていてお食事会に参加できなかったノイマンさんはどうやら無事の模様。どういうことなの? 


よもぎ@3D小説参加中 @hana87kko 2014-08-03 17:52:48
麦わら帽子のお姉さんは誰だ  


交響楽 @koukyoraku 2014-08-03 17:59:29
悪魔のことは触れまくるのに英雄のことは触れてはいけないって言うのは気になるなぁ





※Twitter上の、文章中に「3D小説」を含むツイートを転載させていただいております。
お気に召さない場合は「転載元のアカウント」から「3D小説『bell』運営アカウント( @superoresama )」にコメントをくださいましたら幸いです。早急に対処いたします。
なお、ツイート文からは、読みやすさを考慮してハッシュタグ「#3D小説」と「ツイートしてからどれくらいの時間がたったか」の表記を削除させていただいております。
banner_space.png
佐倉視点