3D小説「bell」本編
■久瀬太一/8月15日/20時30分
電波が悪いのか、少しだけ割れた、女性の声が聞える。
「こんばんは」
とその声は言った。雪だろう。
スマートフォンに向かって、八千代は語りかける。
「こんばんは。オレの他にもふたり聞いている。いいのかい?」
「こちらはかまわない」
「そう。じゃあ、続けて」
八千代はテーブルの上のワインを手に取り、口をつける。宮野さんはじっと八千代の様子を観察していた。オレは、それでなにかがわかるわけでもないのに、スマートフォンをみつめた。
「あのミュージックプレイヤーは、まだ君の手元に返すべきではないと考えている」
と雪は言った。
平坦な、感情を読み取れない声だ。
「どうして?」
「どうしようもなく君は、いずれミュージックプレイヤーのボイスを聴くことになる。でもその時は『今』ではないと考えている。だから宮野さとみに依頼し、君の手元からあれを奪った」
違和感があった。
わけのわからない話の中にひとつ、わかりすい疑問が生まれた。
――まるで、八千代はまだミュージックプレイヤーの中身を知らないみたいじゃないか。
それは、あり得ないことのように思えた。
わずかに顔をしかめて、八千代は応える。
「どうして、あれを聴くべきじゃないんだろう?」
「理由は説明できない」
「こちらとしてはね、理由をきけなければ、話の進めようがない」
「私も詳しくは把握していない。でも、理由はミュージックプレイヤーを返せない事情と同じだろう」
ふむ、と八千代は呟く。
「じゃあ一体、誰が詳しく把握しているのかな」
「彼は制作者と名乗っている」
――制作者。
ユキと制作者は繋がっている。そのことはわかっていたが、やはりその名前が出ると驚く。
ユキは続ける。
「もうしばらく、あのミュージックプレイヤーはこちらに預けて欲しい。時がくれば君の手元に戻るはずだ。それを許可してくれるなら、ひとつ情報を開示しよう。そう制作者は言っている」
八千代は息を吐き出す。
「ふたつ質問がある。制作者ってのは、何者なのか。情報というのはなにに関することなのか。このふたつがわからなければ、交渉の余地はない」
当たり前だ、とオレは思った。
だが、雪は答える。
「そうでもない」
「どうして?」
「君はあのミュージックプレイヤーを怖れている」
八千代は短い時間、目を閉じて、また開く。
ワインに口をつけて、それから言った。
「ま、いい。確かにあれは、今すぐ必要なものじゃない。いつか戻ってくるのなら、情報って奴をきこう」
「ありがとう」
雪はゆっくりと、静かな、でもはっきりと聞こえる口調で告げる。
「本物の『良い子』は、ヨフカシだけが知っている」
「それで?」
「それだけだ」
八千代がまた顔をしかめる。
雪はふいに、ふっと息を吐き出すように人間味のある音で笑った。
「じゃあ、おやすみなさい」
その言葉を最後に、通話が切れる。
※
「どういう意味だ?」
とオレは尋ねる。
いつになく真剣な表情で、「オレにもわからない」と八千代は答えた。
彼は額に右手を当てる。
オレはまた、テーブルの上のスマートフォンをみた。あまりに言葉が足りな過ぎるだろう、と感じていた。また雪の声が聞こえることを期待していたが、スマートフォンは宮野さんが回収してしまう。
「では、交渉はこれで終了ということで」
彼女はかわりに、ボイスレコーダーをテーブルに置く。
「八千代さんは、スイマですね? ちょっとスイマの内情を暴露してみませんか?」
もう少し空気を読んで取材を始めて欲しいものだ。
みお@3D小説参加中 @akituki_mio 2014-08-15 20:42:02
ついに物語の中にも制作者の名前が…
かめ@kameaaa32 @kameaaa32 2014-08-15 20:43:17
メタ的な制作者ではなくて、制作者って言う人物が、本当に小説の中にいるパターンか。宮野さんが現実に飛び出してきた辺りを考えると、メタ的な制作者と同一人物の可能性もあるけど
リコリス@単冠湾泊地/レンブラント派ソル @lycoris_alice05 2014-08-15 20:42:51
読んだ!これはミュージックプレーヤーがやっちーのイコンになるか、もしくはやっちーのプレゼントがぶっ壊れるか…?
よもぎ@3D小説参加中 @hana87kko 2014-08-15 20:47:35
@huyusirone @elevenback893
でた、クリスマスプレゼント…
そうなんですね、にしても雄吾さんが中身知らなかったとは。
いちこ@ソルティーライチ @ichiko_015 2014-08-15 20:54:22
レコーダーを君は恐れているって、もしかしてプレゼントをもらった時に改竄された記憶の本当の記憶でも入ってるのかなーなんて
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