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※本来、8月16日に行われたイベント「だれかのタイムカプセルを掘り起こそう!」中に小冊子の形でみつかる予定でしたが、もろもろの都合でボツにしていました。
オレと、美優と、それから幸弘ってやつは、幼稚園に入る前からの友達だ。ちょっと前までは3人で、よく幸弘の山で遊んだ。幸弘の山ってのは、幸弘の父さんが持っている山のことだ。あそこで一緒にバーベキューもしたし、段ボールを持ち込んで秘密基地を作ったり、虫取りをしたり、いろんな楽しいことがあった。だけど最近は、なんだか一緒に遊ぶことも少なくなっていた。
「好みが違ってきたんだよ。仕方がない」
と幸弘は言った。
そんなものだろうか。よくわからない。オレはいまでもあいつらとサッカーをしたり、ゲームで対戦したりしていたかった。ただ他にも一緒に遊びたい奴らがいて、ちょっと時間がなかっただけだ。
※
よく注意力がないと叱られるオレでも、美優の様子がおかしいことには、さすがに気づいた。
美優は笑わなくなったし、クラスでもひとりきりでいることが多くなった。遠くからみていてもそれがわかった。
学校からの帰り道に、オレは幸弘とふたりきりになったから、あいつにきいてみた。
「最近、美優がへんじゃないか?」
幸弘は呆れたようにこちらをみて、それから答えた。
「いまさらかよ。もう2週間も前から、あいつ景浦に目をつけられてるぜ」
「景浦? どういうことだよ」
「知るか。本人に聞け」
「目をつけられるってなんだよ」
「そっからかよ。つまり、嫌われてるってことだ。いじめってやつだ」
「まじか。そんなのうちの学校にあるのかよ」
「どこにだってあるんだろ、たぶん。普通のことだよ」
「だって、それ、たいへんじゃねぇのか?」
「だから本人にきけよ。僕は知らない。関係ない」
「関係ないって、美優のことだぞ?」
「助けてって言われたわけでもないんだ。こういうのは、周りが中途半端に手を出すと、余計に面倒なことになるんだよ」
「お前、なんか冷たいよな」
「現実的なだけだ」
最近は幸弘とも話が合わないことが増えてきた。こいつのいう通り、好みが変わってきたのだろうか。
なんにせよオレは、美優を放っておくつもりはなかった。
※
次の日に、オレは美優と話をした。
「おまえ、いじめられてるの?」
そうきいてみたら、なんだか美優は、寂しそうに笑った。
「そんなことないよ」
「でも、幸弘がそう言ってたぜ?」
「大丈夫。たまたま、ちょっとケンカしてるだけだから」
「なにがあったんだよ?」
美優はなかなか事情を話してくれなかった。
でもやがて、ゆっくりとペンケースのことを教えてくれた。マコって女の子のペンケースを景浦が窓から捨てて、美優がそれを取り戻した話。美優はなにも悪くない。逆恨みって奴だ。ひどい話だと思った。
「よし。じゃあオレが景浦をぶったおしてやるよ」
簡単な話だ。
景浦はいつも教室でわけがわからないことを言っている女子だ。あんなやつに負けるわけない。
美優は「やめて。大丈夫だから」と言ったけれど、オレはこいつを助けてやるんだって決めていた。
※
「美優に謝れよ」
オレがそういうと、景浦は一瞬、驚いたような顔をして、それから笑った。
「いったい、なにを謝らないといけないの?」
「あいつにひどいことしたんだろ?」
「してないわよ。私はなんにも。被害妄想じゃないの」
「なんだよ、被害妄想って」
「自分で調べなさい。だからガキは嫌いなのよ」
景浦は取り巻きたちと、なにか小さな声で話をして、くすくすと笑った。
「話をそらすなよ。お前が悪いことはわかってるんだ」
「うるさいわね。唾を飛ばさないで。汚い」
「汚いのはお前だろ。じめじめしたことやってんじゃねぇよ」
「私はなにもしていないって言ってるでしょ。あの子が嫌われてるだけじゃないの」
「どうして美優が嫌われないといけないんだよ」
「さぁね。でもバカな男子に泣きついて庇ってもらうような子、最低よ」
「あいつは泣いてねぇよ。オレが勝手にやってるんだ」
「ふーん。あの子が好きなの?」
「なんでそんな話になるんだよ」
「そうよね。ガキには恋愛なんてわかんないわよね」
「今は美優の話をしてんだよ。わかってんのか?」
「知らないわよ。興味ないもの」
そうこうしているあいだに、教室に先生が入ってきた。どうやら景浦の取り巻きのひとりが呼んできたようだ。
景浦は妙に小さな声で、ささやくように、先生に「助けてください。白石くんが急に怒りだして」と言った。
好都合だ。景浦とはまともな話にならない。
先生に叱ってもらおうと思って、オレはペンケースの話をした。マコのペンケースを、景浦が窓から投げ捨てて、それを美優が取り返した話だ。
「本当なのか?」
と先生が言った。
景浦は首を振る。
「そんなこと、するはずありません。マコちゃんと私は友達だから。ね?」
そういうと、近くにいたマコも頷いた。
――どうしてだよ?
とオレは思う。
――景浦が敵なのはいいけど、どうしてマコもそっち側なんだよ?
そんなの、おかしい。
「白石くんは悪くありません。きっと山本さんが嘘をついたんだと思います」
と景浦は言った。
※
なにが起こっているのか、よくわからなかった。
美優は間違っていなくて、オレは正しいことをしたはずで、なのに美優が先生に呼び出されて、景浦に謝ることになった。それきり美優まで、オレを避けるようになった。
「納得できねぇよ」
とオレは言った。
学校からの帰り道で、隣には幸弘がいた。
あいかわらず、冷たい口調で幸弘が応える。
「お前が悪いんだろ。無鉄砲に動き回るから、美優にも迷惑がかかるんだ」
「オレは、あいつを助けてやろうと思って」
「失敗したら同じだよ。まだなんにもしない方がましだ」
「放っておけるはずないだろ」
「勝手な正義感で迷惑をかけるのは、最低だ」
なんだかやるせなくて、いらいらしていて、だからオレは久しぶりに幸弘とケンカをした。それっきりあいつとも話をしなくなった。
納得できなかった。でも、なにをすればいいのか、わからなかった。
いらいらして、オレは、ちょっと美優や幸弘のことさえ嫌いになった。がんばって嫌な思いをするくらいなら、別の友達とゲームをしている方がよかった。
すべてが変わったのは、2学期になって、うちのクラスにひとりの転校生が現れたときだ。
久瀬太一。
あいつは、なんだか特別だった。