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山田玲司のヤングサンデー 第362号 2021/10/4

ランドセルと禰豆子

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学校帰りの小学生は相変わらず「ランドセル」を背負っている。

昔ながらの「赤と黒」に加えて紫やベージュのランドセルもあって「男は黒」「女は赤」という変な強制も無くなったと見える。以前より軽くなったとも聞く。



僕もランドセルを背負っていた時がある。

入学の時に祖母に買ってもらった時は嬉しくて、黄色い通学用傘も長靴も嬉しかったのだけど、学校が始まってみると「毎日全部の教科書、ノート、その他学習用具」を持ち帰るのが不満だった。


宿題があるとか言っても「全部」を持ち帰る必要があるのか?

その日必要な課題だけ持ち帰ればいいのでは?


こういう疑問は先生に言っても親に言ってもまず納得できる答えは貰えない。


「そういう決まりなの」


みたいな言葉で話は終わる。


今も子供達は「全部」を毎日持ち帰っているのだろうか。

子供達の下校を見るといつもその事を考えてしまう。



【ランドセルとセレブ】


調べてみるとランドセルはオランダの軍隊が背負っていた「軍用の備品(ランセル)」から来ているらしい。


江戸時代の終わりに「洋式軍隊制度」なるものを導入した時のものだという。


やがて大正天皇の学習院入学時に伊藤博文がお祝いに「通学用ランドセル」を献上して富裕層の間に広まったというのは有名な話。


今で言えば「セレブ専用・皇室御用達アイテム登場」みたいな感じだ。


僕が子供の時に感じた「何か高級なもの」を子供に与えて盛り上がってる大人達の浮ついた感じはこの辺から来ているのだろう。


ともかく「欧米由来で権威のある人達が使ったものがいい」という刷り込み(思い込み)はここから何十年も続く。

空港の免税店からドン・キホーテまで、欧米由来ブランド商品「ランドセル型商品」が並ぶ。


6歳にして「階層社会の何か」を背負わせているようにも見える。



【二宮金次郎像】


小学校と言えば「二宮金次郎の銅像」だ。


僕にはこの勤労少年の薪の束を背負って本を読む姿が「ランドセルの子供達」に重なって見える。


家族の生活を支えながら勉学に励む理想の子供「金次郎のコスプレ」をやらされているのだとしたら子ども達が気の毒でならない。



【ペーパーレス時代のランドセル】


紙の本とノートに鉛筆で勉強を始めるのは悪いとは思わない。

問題は小学生の登校環境が60年以上変わっていない異常さだ。

あらゆる事が大きく変化しているのに小学生はランドセルの色が増えただけなのか?


今はあらゆる世代が「フルデジタル」「ペーパーレス」の世界に生きている。


こんな時代に「重い本」を沢山詰め込んでヨロヨロと通学させる意味はあるのか?


納得のいかない子供もいるだろう。

4年生くらいになって「教科書のデータは自宅のPCにあるので持ち帰る必要はないと思います」とか、先生に直訴しててもおかしくない。


そして相も変わらず「そういう決まりなの」なんて言われたりしているのだろうか?