8月20,21日に,ジュニアドクター育成塾事業「科学イノベーション挑戦講座」第2テーマ「食品の安全を守る科学技術」を実施しました。今回の講師は,愛媛大学教育学部理科教育講座の大橋淳史准教授が実施しています。
1 はじめに
食品の安全を守る科学技術は,とても重要です。2017年8月現在,病原性大腸菌のニュースが大きく報道されています。
参考URL:O157で5歳女児重体、2人重症 埼玉・熊谷のスーパー販売のポテトサラダ食べる
産経新聞
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170821-00000544-san-soci
人間は食品を食べないと生きていけませんが,おなじように微生物も食品を食べます。人間と微生物が,食品の早食い競争をしているわけです。しかし,微生物は目に見えないほど小さく,空気中をただよって,どこにでも移動できますから,私たちが気づかないうちに,私たちの食べものを先に食べてしまうことがあるのです。
そこで,人間は食品の安全を守る科学技術の開発に力を入れてきました。課題でかんがえたように,乾燥,塩漬け,発酵などのさまざまな方法が開発されました。しかし,残念なことに,これらの技術には解決すべきナゾが残っていたのです。それは,食材のもっている本来の風味や食感です。食品の安全を守るためには,食材の風味や食感はあきらめるしかありませんでした。
ふだん,あまり意識することはないかもしれませんが,いつでも,食材ほんらいの味をうしなわずに,おいしく食べることができる私たちの生活は,ものすごくしょっぱい漬け物ばかりを食べていた昔の人たちが夢に描いた生活なのです。
2 食品の安全を守る科学技術
食品のもつ,ほんらいの味をうしなわずに,長く安全に食品の安全を守る科学技術として,冷蔵・冷凍技術があります。私たち自身がそうであるように,寒いときは微生物の活動がおさえられ,食品を食べる速度はおそくなります。そのため,冷蔵庫は1970年代に三種の神器とまでよばれて,家庭にあるとうれしい家電のひとつだったのです。それらを作っていた家電メーカーの業績がドンドンのびていき,日本は工業技術立国としての立場を固めたのです。
冷蔵・冷凍技術は優れた科学技術ですが,とくに凍った食品はそのまま食べられません。また,冷やすのには電気が必要になります。では,電気をつかわずに,冷蔵・冷凍技術とおなじように微生物の活動をおさえることはできないでしょうか。
そのナゾを解決したのが,食品添加物,なかでも保存料なのです。
3 食品添加物のいろいろ
食品添加物と一口に言っても,いろいろな役割を持っています。
食品の品質を守る役割を持つ保存料や日もち向上剤,食品をおいしくする甘味料や調味料,食品を作るために必要になるにがりなど,さまざまな食品添加物があります。にがりとは,豆腐を固めるときにつかう,あのにがりです。食品添加物は私たちの生活を豊かにしてくれる物質のなのです。
今回の実験講座では,食品の安全を守っている保存料と日もち向上剤の効果について検討しました。
4 研究計画−どうやってしらべる?−
研究計画を立てるときは,第1回で学んだ5W1Hでかんがえてみましょう。学びとは,そこで終わるものではなく続いていくものなのです。
(1)なんのためにやるのか Why
保存料や日もち向上剤は,どのような効果をもっているのかを確かめたい
(2)どうやってやるのか How
紙の上で言われても実感できない!実験で確かめたい
(3)なにについて Who
微生物について
(4)どのようにやるのか What
有害な微生物をつかって,食品添加物があるときとないときで,微生物の活動がどのように変わるのかをしらべたい
(5)いつやるのか When
すぐに
(6)どこでやるのか Where
専用の設備のない場所で
ここでかんがえなければならないのは(4)です。有害な微生物,たとえば大腸菌はニュースになっていますし,黄色ブドウ球菌もニュースになることがあります。あなたは,これらの有害な微生物を「安全に」あつかうことができるでしょうか?
もちろん,あなたが大学生になって,生物化学系の研究者を目指していれば,有害な微生物を安全にあつかう技術や装置がある場所で実験を行うことができるでしょう。しかし,やるのはいまです。有害な微生物をつかうのはちょっとムズカシイですね。そこで,モデル微生物を導入します。
5 モデル微生物とは
有害な微生物の代わりに,安全につかえる有用な微生物で,食品添加物の効果をしらべましょう。研究では,このような「おきかえ」は良くつかいます。たとえば,薬の人間への効果をしらべるときにも,人間につかう前には,いろいろな「おきかえ」をします。そして,効果をしらべ,安全であることをたしかめてから,人間につかうのです。
今回は有害な微生物,なかでもカビへの効果をしらべるために,これを良い微生物で「おきかえ」てしらべてみましょう。カビの仲間で,私たちにとって身近で良い微生物,それはイースト菌です。そう。課題でイースト菌のアルコール発酵についてかんがえたのは,このモデル微生物をつかった調査をするためだったのです。
6 あなたの日常にもナゾはたくさんある
今回の実験講座では,イースト菌のアルコール発酵をつかって食品の安全を守る科学技術についてかんがえました。
イースト菌,つまり酵母菌は,私たちの生活にとって重要です。
パンをつくるときにパン種をふくらませるのは,アルコール発酵による二酸化炭素です。パンを切ると気泡があるのはそのせいです。
図1 パンにある気泡はアルコール発酵で発生する二酸化炭素でふくらんだ
清酒(日本酒)などのお酒の成分は,アルコール発酵によるエタノールです。そして,お酒は造っているときには,発生する二酸化炭素で泡が出ています。
図2 清酒はアルコール発酵で発生するエタノールによってお酒になる
図3 アルコール発酵で発生している二酸化炭素
あなたがパンを食べるとき,あなたはアルコール発酵とかかわっています。アルコール発酵は,まったくわからないムズカシイ化学反応ではありません。あなたが望めばいつでも観察できる化学反応なのです。では,あなたはアルコール発酵を利用したパン作りについて,どれだけのことを知っているでしょうか?
たとえば,パン作りでは,イースト菌と砂糖,強力粉,バター,食塩などをつかいます。
- 砂糖はイースト菌の食べものです。
- 強力粉はなんの役割をはたしていますか?
- バターはどうでしょうか?
- 食塩は?
塩漬けにすることで微生物の活動をおさえられるのであれば,食塩は入れない方が良いのではないでしょうか。なぜ食塩が必要なのでしょう?
クイズではありませんので,なんとなく答えることに意味はありません。良くしらべ,かんがえることが重要です。思い込みではなく,原理や法則として,それを示すことができるでしょうか?
どうでしょうか。あなたの日常にも,多くナゾがあるとは思いませんか?
「知っている」「わかっている」「なんとなくそう思う」という偏見をすてて,ありのままの自然を見れば,ナゾはどこにでもあります。自然に○と×で答えられる「正解」はありません。もし,世界をすべてふたつにわけることができるとしたら,世界はかんたんになるでしょうが,おそろしくタイクツになるでしょうね。自然は複雑で,豊かな,不思議にあふれる世界です。私たちはなにも知りませんし,なにがおこるかも予想することしかできません。だからこそ,おもしろいのです。それが理系人材の見ている世界です。私たちにとって,世界はナゾとおどろきに満ちているのです。
世界がナゾとおどろきに満ちていることを実感してみたいヒトは,実験講座で紹介した動画でそれを感じることができるかもしれません。
参考URL:あなたの注意力をはかるための動画
https://www.youtube.com/watch?v=vJG698U2Mvo
これは見たことあるぞというヒトはこちらで。
https://www.youtube.com/watch?v=wBoMjORwA-4
7 対照(たいしょう)実験
(4)のWhatは決まりました。
イースト菌のアルコール発酵で,食品添加物が,微生物の活動をどのように変えるのかをしらべる。
これをしらべるためには,まずアルコール発酵がどんな発酵なのかをしらべなければなりませんね。このように研究では,基準(ものさしや温度計の0にあたる)を決めます。これを対照(たいしょう)実験とよびます。この場合の対照実験は,ふつうにアルコール発酵したらどうなるかということです。
イースト菌のアルコール発酵の条件を決めましょう。
温度 40℃
食品(ブドウ糖) 10 g(10%濃度)
イースト菌の濃度 3 g(1パック)
これを基準(ゼロ点)にして,くらべていきましょう。
この実験は,あなたの家でも簡単に行うことができます。家でできることは「かんたん」で,大学ですることが「スゴイ」とはかぎりません。家でもできるような実験をえらんでいますので,あなた自身で,実験してデータをとる,つまり手を動かして学ぶことが重要です。
実験結果については,次回のブロマガでかんがえていきましょう。