8月20,21日に,ジュニアドクター育成塾事業「科学イノベーション挑戦講座」第2テーマ「食品の安全を守る科学技術」を実施しました。今回の講師は,愛媛大学教育学部理科教育講座の大橋淳史准教授が実施しています。

1 はじめに

前回は目的を達成するための具体的な方法「(4)What」を決定しました。

イースト菌のアルコール発酵で,食品添加物が,微生物の活動をどのように変えるのかをしらべる

これをしらべるためには,まずアルコール発酵がどんな発酵なのかをしらべなければなりません。そして,基準(ものさしや温度計の0にあたる)となる対照(たいしょう)実験について検討することが決まりました。この場合の対照実験は,ふつうにアルコール発酵したらどうなるかということです。

イースト菌のアルコール発酵の条件を決めましょう。
温度       40℃
食品(ブドウ糖)  10 g(10%濃度)
イースト菌の濃度  3 g(1パック)
これを基準(ゼロ点)にして,くらべていきましょう。

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図1 アルコール発酵の準備

2 「見えないゴリラ」,「ただしい」値
得られた結果を全部まとめてグラフにしたものが図2です。

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図2 アルコール発酵における二酸化炭素発生量(mL)

いまは点だけしか描いてありません。では,この点をどうやって結んだら良いでしょうか?
え? 折れ線ですか? ではやってみましょう。

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図3 折れ線グラフにすると……

どうでしょうか。見やすいグラフと言えるでしょうか。この描き方にはふたつの問題があります。
(1) おなじ実験条件を重ねて書くと見えづらい
(2) 点と点を結んではいけない

(1) 図3のグラフは,まったくおなじ実験をそれぞれ描いているので見えづらいですね。線と線が重なって,どんなへんかになってるのかサッパリです。

(2) グラフで線を引くときに注意しなければならないのは,
 点と点を結んで良いときと
 点と点を結んではいけないときが
 あることです。

点と点を結んで良いときは,その値がひとつに決定できるときです。たとえば,あなたが8月の1ヶ月間,毎朝アサガオの花が何個さいているのかをしらべたとしましょう。アサガオの花の数をキチンと数えているなら,この値はひとつに決定できます。ですから,8月1日から8月31日までの朝7時におけるアサガオの花の数は点と点を結んだ折れ線グラフで描きます。

では,図3は,どうでしょうか。まったくおなじ条件で実験していますから,値をひとつに決定できるとすれば,まったくおなじ値を示すはずです。しかし,10回の実験のデータはそれぞれ少しずつちがっています。アルコール発酵では目に見えないたくさんのイースト菌の活動を,目に見える二酸化炭素の発生量でかんがえていますが,ちょっとしたちがいで結果が少しずつちがっているのです。この場合は,値はひとつではありませんから,点と点を結んではいけないのです。

では,どうやってグラフを描けば良いでしょうか。図2を見てください。おなじ時間の二酸化炭素の発生量は少しずつちがいます。この一番上の値と一番下の値の間のどこかが「ただしい」アルコール発酵があると仮定してみましょう。どうすれば,それがわかるでしょうか。そう。

これが平均値を計算する理由です。

複数回実験をしなければならない理由は,私たちは「ただしい」値を知らないからです。そして,実験もしくは観察の回数がふえればふえるほど,私たちは「見えないゴリラ」を見つけることができるようになります。では,10回の実験の平均値を取ってみましょう。

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図4 アルコール発酵の二酸化炭素の発生量の平均値

ほぼ直線にならんでいますね。このようにたくさんのデータからかんがえることで,私たちは「見えないゴリラ」を見つけ,「ただしい」値にちかづいていくのです。

3 食品添加物の効果
今回の実験は食品添加物の効果を安全な実験で確認することが目的です。食品の品質を守る食品添加物,日もち向上剤と食品保存料の効果をしらべましょう。
ふたつの食品添加物のちがいは以下のとおりです。

日もち向上剤(グリシン,アジャスター2)
食品の安全を短期間守ることができる。保存料不使用としてつかうことができる。

保存料(デヒドロ酢酸Na,ソルビン酸K)
食品の安全を長期間守ることができる。保存料として明記してつかう。安全を守る力,つかいかた,安全性については,きびしい試験をクリアしている。

実験をとおしてたしかめましょう。

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図5 実験をとおして効果を確認しよう

結果をまとめてグラフに描きましょう。

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図6 食品添加物の効果

なにも入れないときとくらべると,微生物の活動をおさえる効果のちがいがとてもわかりやすいですね。

4 なにがわかる?
グラフから,日もち向上剤は,アルコール発酵ではあまり微生物の活動をおさえていないようです。グリシンではなにも入れないときよりも二酸化炭素がたくさん発生しました。と言うことは,グリシンはイースト菌の活動を活発にする効果があるのかもしれません。

※注意※
これは,あくまでも「イースト菌でのアルコール発酵」の場合の話で,日もち向上剤が微生物の活動をおさえる力が常に低いことをあらわしているわけではないことに注意してください。

一方で,保存料はどちらも良くイースト菌の活動をおさえていることがわかります。グラフの傾きから,大体4倍の効果のちがいがあるようです。

モデル微生物として,安全,かんたんに用いることのできるイースト菌を用いたときは,日もち向上剤とくらべて,保存料はイースト菌の活動を4倍大きくおさえるという考察ができそうです。では,条件を変えると,イースト菌の活動は,どうなるでしょうか。

5 温度を変えるとイースト菌の活動はどうなる?
条件を変えるとイースト菌の活動は,どのように変わるでしょうか。イースト菌が温度によって,どのように活動を変えるのかを実験でたしかめましょう。これは課題でもかんがえましたね。

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図7 イースト菌の活動の温度変化

対照実験は,黒線で示した実験です。これを基準にして,温度が低いときと高いときをしらべた結果は図7になりました。なんと,

温度が高くても低くても,イースト菌の活動はおさえられてしまいました!

どうでしょうか。あなたが課題でかんがえた予想を元にかんがえてみることが大事です。温度が低いときに活動がおさえられるのは,冷蔵庫が食品の安全を守ることから予想できるそうです。一方で,温度が高いときはどうでしょうか。ここで気になるのは,グラフの傾きです。オレンジ色の60℃はとちゅうから気体が発生しなくなり,一定の値を示しています。

どうして気体が発生しなくなったのでしょうか?

それは考察の課題になります。では,保存料を入れると,どうなるでしょう。ここではソルビン酸Kを入れたときの結果を見てみましょう。

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図8 ソルビン酸Kを入れたときのアルコール発酵の温度変化

図7と図8は,よく似たグラフになっていますね。こちらでも60℃になると,とちゅうで気体の発生が止まっています。条件のちがう,ふたつの実験でおなじ結果が得られたことから,イースト菌の活動は60℃で何らかの問題が発生すると予想できます。温度を変えた実験チームは「イースト菌が死滅した」と考察しているようです。しかし,それは「ただしい」のでしょうか。そう。新しいナゾが見つかりましたね。そのナゾはどうすれば解明できるでしょうか。

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図9 みんなでかんがえよう!

6 食べ物の量を変えるとイースト菌の活動はどうなる?
今度はイースト菌にとっても食べもの,ブドウ糖の量を変えてみましょう。食べものがたくさんあればあるほど,イースト菌は活発に活動するように思えますが,どうなるでしょうか。

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図10 ブドウ糖の量を変えたときの二酸化炭素の発生量の変化

ブドウ糖を5gから20gまで5gずつ変えて反応を行いましたが,ほぼおなじ結果が得られてます。図2の結果からかんがえれば,これは「おなじ結果」としてもよさそうです。不思議ですね。

食べものが多い方が,菌にとっても良いはずなのに。

それは考察の課題になります。では,保存料を入れると,どうなるでしょう。ここではソルビン酸Kを入れたときの結果を見てみましょう。

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図11 ソルビン酸Kを入れたときのアルコール発酵の食品の量による変化

図10よりは,それぞれの値は離れていますが,グラフの傾きはほとんどおなじですね。食べ物の量を変えた実験チームは「5gでもイースト菌が食べる量のげんかいよりも多かった。だから,それ以上ふえても気体の発生量は変化しなかった」と考察しているようです。しかし,それは「ただしい」のでしょうか。そう。新しいナゾが見つかりましたね。そのナゾはどうすれば解明できるでしょうか。

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図12 みんなでかんがえよう!

7 まとめ
もう一度確認しましょう。
(1)なんのためにやるのか Why
 保存料や日もち向上剤は,どのような効果をもっているのかを確かめたい
(2)どうやってやるのか How
 紙の上で言われても実感できない!実験で確かめたい
(4)どのようにやるのか What
 モデル微生物であるイースト菌のアルコール発酵で,食品添加物が,微生物の活動をどのように変えるのかをしらべる。

実験の目的である(1)Whyは達成されたかどうかをかんがえましょう。

  • イースト菌3g,反応温度40℃,ブドウ糖10gの条件で,保存料はイースト菌の活動を日もち向上剤の約4倍おさえることが明らかになりました。
  • イースト菌の活動は温度の影響を受けやすく,40℃がもっとも高く,22℃と60℃では低くなりました。また,60℃ではとちゅうで気体の発生が止まってしまうため,反応温度は40℃で良いことが明らかになりました。
  • イースト菌の活動は食品の量にあまり関係なく,5g,10g,15g,20gの4つの条件で実験をしても,ほとんど変わりませんでした。そのため10gで,保存料と日もち向上剤をしらべた結果は,それぞれの微生物の活動をおさえる効果として考えることができることが明らかになりました。

以上の結果から,保存料と日もち向上剤の効果について以下のことが明らかになりました。

  • 保存料はいずれもイースト菌の活動をおさえる高い効果をもっていて,日もち向上剤はいずれもイースト菌の活動に影響が少ないことが明らかになりました。
  • 保存料でくらべると,デヒドロ酢酸ナトリウムとソルビン酸カリウムの効果はほとんどおなじです。
  • 日もち向上剤でくらべると,グリシンはなにも入れないときよりも二酸化炭素の発生量がふえ,イースト菌の活動を活発にする効果があるかもしれないことが明らかになりました。

目的は達成されたと言ってもよさそうですね。

8 さいごに
実験をとおして,食品の安全を守る科学技術についてかんがえました。食品添加物は,食品の風味や食感をそこなわず,常温で食品の安全を守ってくれる科学技術です。そして,食品添加物は,つかう食品によって適したつかいかたがあります。今回の実験では,アジャスター2はあまり微生物の活動をおさえることができませんでしたが,適切に用いれば食品の安全を守ってくれます。

そして,微生物の活動を効果的におさえて,食品の安全を長く守ってくれるソルビン酸カリウムは世界でも毎年売り上げが伸びている保存料です。ちなみにソルビン酸は,熟していないナナカマドの実からとりだした化学物質ですから,「天然でない」ものではありません。

私たちが,いつでも好きなときに好きなものを食べたり,食事の栄養バランスをかんがえていろいろなものを食べられるのは,さまざまな食品の安全を守る科学技術があるからです。なかでも保存料は私たちにとって,もっとも危険な食中毒をふせいだり,食べものがくさってしまうのをふせいだりして,私たちの暮らしを善くしてくれているのです。

実験やデータをとおして,食品の安全を守る科学技術について,実感できたでしょうか?

これらの内容について,受講生がえひめこども科学新聞にまとめてくれますので,そちらでも確認してみましょう。

本講座で使用した食品添加物は,株式会社ウエノフードテクノ社より提供を受けました。