11月5日に,ジュニアドクター育成塾事業「科学イノベーション挑戦講座」第4テーマ「無細胞タンパク質合成システムが拓く未来」を実施しました。今回の講師は,本学のプロテオサイエンスセンター,林秀則教授が実施しています。

1 緑色蛍光タンパク質
2008年のノーベル化学賞は下村脩先生が受賞されました。受賞理由は「緑色蛍光タンパク質 GFPの発見と開発」です。
ノーベル化学賞2008年

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図1 下村脩博士(ノーベル財団サイトより引用)

緑色蛍光タンパク質(GFPとします)は発見された当時は綺麗な蛍光が見える以外に大きな用途はありませんでした。しかし,それから30年後,GFPを作り出すDNAの配列がわかって状況は大きく変わります。それまでのタンパク質の研究は,生物から取り出したタンパク質を分析していましが,GFPを遺伝子に導入することで,生きたまま,しかも顕微鏡で観察できるようになったのです。この研究によって,生命科学や医学は大きく発展していきました(詳細については国立科学博物館のサイトを参照してください)。
緑色蛍光タンパク質は,生命科学や医学にとって,象徴的な物質なのです。緑色蛍光タンパク質は図2のような,とても複雑な構造をしています。

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図2 緑色蛍光タンパク質(PDBjデータベースより引用)

図2の左右は同じものを表しています。右側が原子で表した緑色蛍光タンパク質です。非常に複雑で,どんな構造をしているのかがよくわかりません。そこで,アミノ酸を帯状に表示しているのが左側です。表示の仕方を変えることで,構造がわかりやすくなりました。緑色蛍光タンパク質は筒型の構造をしています。

このとても複雑で,生命科学において象徴とされる化合物を生物を使わずに合成しようというのが,今回の講座の目的です。どのくらいかかると思いますか?

時間は,そう,2時間もあれば十分です。

もし,あなたが合成化学者なら腰を抜かすところです。2時間では化学反応をひとつ行うのが精一杯でしょう。しかし,その短時間で合成できるのです。無細胞タンパク質合成システムなら。

2 達成目標を設定しよう
今回の内容について整理しましょう

最終目標(Why)
無細胞タンパク質合成システムなどを用いて,生命科学の基礎になるDNAや分子生物学について理解を深める。

具体的な目的(How) 
・生命の共通項は何か
・生命科学にできることは何か
を知る。

計画(What)
無細胞タンパク質合成システム
電気泳動によるタンパク質の分析
ブロッコリーからのDNAの抽出
の3つの実験を通じて,生命科学について理解を深める。

たのしかった,おもしろかった,で終わらせず,学びを深めていくためには,自分が何をしなければならないのかを明確にしておくことが重要です。

3 DNAとアミノ酸
林先生のお話は生命とは何かから始まりました。
地球には多くの生物がいます。たとえば図3には,どのような生物がいるのでしょうか?

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図3 色々な生物

ゾウ? ネコ? ウサギ? パンダ? さまざまな動物がいますね。
そう。これらは動物です。動物以外にも植物も生物です。
では,これで全ての生物が数えられたでしょうか?
たとえば見えない生物はいませんか? ノミとか。ダニとか。
もっと小さいものは,どうでしょうか? 大腸菌とか。

珍しいもの,珍しくないもの。見えるもの,見えないもの。
この世界には実に多くの生物がいます。
しかし,私たちが生物と呼ぶものには,ある共通点があるはずです。

今回の講座で重要になるのは,この共通点です。

4 細胞 生命の共通点①
生物の共通点のひとつめは,細胞をもち,その中で化学反応を行うことです。

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図4 どちらも細胞を持つ

大腸菌のように,ひとつの細胞しか持たない単細胞生物
人間のように,たくさんの細胞からできている多細胞生物
どちらであっても,細胞を持ち,その中でさまざまな化学反応を行なっていることに変わりはありません。

そして,どちらの場合でも,その体を作っているのはタンパク質です。このタンパク質は1000種類くらいあり,ひとつひとつがちがった役割を持っています。

タンパク質の役割には以下のようなものがあります。
  1. 形を作る 例:髪の毛
  2. 動かす  例:筋肉
  3. 運ぶ   例:ヘモグロビン
  4. 消化する 例:消化酵素
さまざまな役割を持った1000種類ものタンパク質を作り分けるにはどうすれば良いのでしょうか?

その作り分けをしているのが,DNAの役割なのです。
DNAは生物の設計図を持っていて,アミノ酸を原料にして必要なタンパク質を必要な時に作りだすことができます。そして,これだけ複雑なものを作りだすにもかかわらず,元になるアミノ酸は20種類しか存在しないのです。生命の神秘を感じますね。

5 子孫を残す 共通項②
人から人が生まれ,犬から犬が生まれるように,生物は特定の性質を子孫に伝えることができます。これはDNAによる働きによるものです。図5のような二重螺旋構造は目にしたことがあるでしょう。

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図5 DNAの二重螺旋構造

では,質問です。どうして,DNAは二重螺旋構造を取るのでしょうか?
物質が,ある特定の構造をとるとき,そこには,そうでなければならない理由があります。科学とは疑問の学問です。簡単に得られる答えに満足せず,その先を考えなければなりませんね。

このDNAは事前学習動画で学んだように4種類のアミノ酸によってできています。


4種類のアミノ酸の設計図によって,20種類のアミノ酸の並びを決めていく必要がありますので,アミノ酸3つでひとつのアミノ酸を指定します。これがDNAによる設計図の秘密です。

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図6 アミノ酸3つでひとつのアミノ酸を指定する暗号表

こうしてDNAはひとつひとつのアミノ酸の並びを決めて,さまざまなタンパク質を合成することができます。

6 タンパク質を自由自在に作れるか?
研究によって,生物がタンパク質を作りだす方法はわかってきました。つぎに,科学者は,こうした生命の仕組みを利用して,さまざまなタンパク質を作りだせないかと考えるようになりました。

なぜでしょうか?
化学反応を使って作りだすことは,できなくはありませんが,非常に大変だからです。たとえば図2の緑色蛍光タンパク質は,アミノ酸が240個もつながっています。これを,ひとつも間違えることなく繋がなければ蛍光は見られません。化学反応で作るのは少々大変なことがわかってもらえたと思います。

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図7 7つのアミノ酸が繋がった分子模型を持つ林先生

図7を見てください。たった7個のアミノ酸が繋がった分子であっても,かなり長いことがわかります。これを240個も繋げていかなければならないのです。方法はふたつありました。
  • 生物を利用する方法
  • 生物を利用しない方法
生物を利用する方法は,生物の遺伝子を組み換えて,必要なタンパク質を作りだす方法です。この方法は,かなりうまくいきました。いまでも使われている方法のひとつですが,課題もあります。
  • 遺伝子組み換え生物の管理
  • 生物が死んでしまうタンパク質は作れない
遺伝子組換えに使われているのは,大腸菌や酵母菌です。その辺に普通にいる菌ですから,漏れてしまわないように慎重に扱わなければなりません。そのためには専用の設備が必要になりますし,扱いには技術が必要になります。また,生物が作りだしますので,その生物が死ぬタンパク質は作れません。

生物を利用しない方法は,こうした課題を持たないことが特徴です。しかし,この方法はあまりたくさんのタンパク質を作ることができない課題がありました。その課題を解決したのが,愛媛大学のコムギ胚芽無細胞タンパク質合成システムなのです。

7 無細胞タンパク質合成システムで蛍光タンパク質を合成しよう!
有機合成化学者が,ため息をつくほど複雑な蛍光タンパク質を小・中学生が合成します。
合成は簡単で,粉末と液体を混ぜるだけです。

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図9 無細胞タンパク質合成システムの実験中です

粉末を液体に溶かし,もうひとつの液体をゆっくりと二層になるようにのせる。これだけです。
あとはたった2時間待つだけで,アミノ酸が240個,正しく繋がった蛍光タンパク質が合成できるのです。超一流の有機合成化学者にとっても簡単ではないことが,小・中学生にも簡単にできるのです。

コムギ胚芽無細胞タンパク質合成システムの優れた点は以下の通りです。
  • 遺伝子組み換え生物を利用しないため,管理が容易
  • 長時間合成が続く
  • 安価に,大量にタンパク質を合成できる
  • 生物にとって有毒なタンパク質も合成できる
こうした優れた特徴を持つため,タンパク質を合成するときに最初にもちいる方法になりつつあります。また,この実験は,普通の教室やイベント会場などの実験設備がない場所でも実施できるため,学校教育でも利用しやすいことが特徴です。

2時間ほど待った後,ブラックライトを当てた結果が図10です。左側が緑色蛍光タンパク質,右側がくらべるための蛍光を発しないものです。合成は翌日まで続きますので,24時間後にはさらに蛍光が強くなっていきます。

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図10 2時間後の結果

※大事なこと※
図10は科学研究における,もっとも大事なことを示しています。それは「くらべる」ことです。
科学は基準の学問です。何かの基準をきめて,その基準にしたがってはかります。つまり科学とはつねに何かとくらべているのです。数字の書いていない定規をわたされても長さははかれません。目盛に数字をふる作業が「くらべる」という活動の意味するところなのです。

9 タンパク質を分析する
こうして合成したタンパク質が,思った通りのものなのかどうかは確認する必要があります。化学科や生物学科に進めば,何度もやっていくことになる電気泳動によって,タンパク質の種類を決めました。

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図11 電気泳動装置にタンパク質をのせています

電気泳動装置は,寒天にタンパク質の溶液をのせて,電気をかける装置です。タンパク質は,プラス側にだんだん移動していきますが,その大きさによって移動時間がちがいます。これを利用してタンパク質の大きさを調べるのが,電気泳動装置です。もちろん,そのままではDNAは見えませんので,機械を使って撮影した結果が図12です。

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図12 電気泳動の結果

左から2番目のマーカーと書いてある部分が,いわば定規にあたります。この目盛りを使って,他のタンパク質を調べます。ここでは,一番左にあるのが基準になる蛍光タンパク質です。これと同じところに線が見えているのが,蛍光タンパク質です。左から3番目以外は,全て蛍光タンパク質ができていることがわかります。

10 生物は進化する! 共通項③
生物の共通項の最後のひとつは,生物は進化するということです。
DNAという設計図を使って,生物は特定の性質を子孫に伝えていきます。しかし,その過程で少しずつ変わっていくのです。

別の言い方をすれば,変わらないものは生物ではないということです。

生命が地球に生まれて39億年になります。その時間をかけて,ようやく1000万種類の生物が生み出されたのです。そう考えると長い時間が必要です。しかし,変わってきたからこそ,生物は変わりゆく地球環境で生き抜くことができたのです。そうした変化を感じるのも生命科学の不思議です。

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図13 蛍光タンパク質も進化によって生み出されました

11 まとめ
無細胞タンパク質合成システムを通じて,わかることはふたつあります。
科学技術として,私たちは望む機能を持ったタンパク質を自由自在に作りだすことができるようになってきたことがわかります。この技術を応用することで,多くの病気を治療することができるかもしれません。
そして,科学として,遺伝暗号の仕組みは,ほぼすべての生物に共通であるということがわかります。それは何を意味しているのでしょうか? そこが重要なところです。多くのタンパク質を自由に作れるようになった今,私たちは生命の仕組みの不思議さを解き明かす入り口にたったのです。

生命科学は
  • 安全で健康な生活
  • 命の大切さ
  • 生物の多様性
を教えてくれます。

そして,こうした命の不思議を理解するためには,生命現象を分子レベルで理解していかなくてはならないのです。

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図14 プロテオサイエンスセンターの林教授は若い世代に生命科学の面白さを伝えています

さて,今回の達成目標について,何が,どこまで解決したでしょうか?
最終目標(Why),具体的な目的(How) ,計画(What),それぞれについてかんがえることが大事です。