本作の原典は、露の五郎兵衛の遺稿集「露休置土産」である。
章題は「文盲なる人年号にて挨拶いふ事」である。






ある文盲の男が、粋人(すいじん)から挨拶された。

「お久しぶりです。 御無事で何より。
私も遠方(延宝)に居たのですが、ようやく上京(貞享)致しました。」

この洒落た挨拶に文盲の男はいたく感心する。

「いやあ、あの人は本当に頓智の利いた人だな。
まさか年号で挨拶するなんて…
俺も誰かに逢ったら、このネタを使ってやろう!」

そう思いながら暫く歩くと知り合いに会った。

「お久しぶりです! 御無事で何より!
私も延宝に居たのですが、ようやく元禄致しました。」

と粋人を真似たつもりの挨拶をした。
挨拶された者は、『ああ、年号ネタのつもりなのだな』と悟ったので

「ほう、ええ(宝永)事ですな。」

と返答してやった。





文盲の男が粋人の洒落を上辺だけ真似て失笑を買った話。
江戸前期までの笑話集には、無学を嘲笑する話が非常に多い。
特に無学者が知ったかぶりに失敗して恥をかく話が、資料上にこれでもかと頻出する。

言うまでもなく知識階級が主な執筆者だったからであろう。






「露休置土産」

露の五郎兵衛死後。
その備忘帳が遺稿集の形で出版された。

出版人は京の書肆・田井利兵衛。