「昨日は今日の物語」に収録されている足利義輝公の逸話を紹介。







征夷大将軍・足利義輝公は、衰退著しい室町幕府を復興させる為に可能な限り人材を揃えようと、日頃から心掛けていた。

ある時期、とある上人を気に入って、毎日近侍させていた。
義輝公は、上人を幕下に加えたく思うようになり、近臣の上野清信に還俗命令を伝えさせた。


上人は困惑したそぶりで。
 「お言葉は光栄ですが、拙僧は物心つく前から出家した身です。
 今では齢50を過ぎ、上人号まで頂いてしまっております。
 俗界での奉公が務まるとも思えません。」
と答えた。


その謙虚な姿勢と道理を弁えた返答に、周囲は感心した。
義輝公も上人の謝絶を逆に嬉しく感じて言った。
 「いやいや!
 上人の申し分は仰る通りである。
 だが、余はそなたと更に懇意にしたく思っている。
 是非、無理を聞いて貰えぬだろうか?」

将軍のたっての願いである。
それが何度も続いたので、拒絶することも出来なくなり上人は還俗した。


さて、豹変劇はここからである。
還俗早々、元上人は主君に無心を始める。
 「さてさてこの度は…
 僧侶は檀家には逆らえないもので、将軍様の命で外聞も顧みず還俗しました。
 そこでです!
 お引き立てついでに、もう一つ私からお願いがあるのです。」
などと言いながら、饗膳の鯖を食む箸の動きは妙に手慣れている。