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カレーせんべいさん のコメント

【よしりん VS 小林先生】の結果発表

『小林よしのりのことを、何と呼ぶ?』
このアンケート調査に、56名のゴー宣読者が投票してくれました♪♪
それでは、結果を発表いたします!


【よしりん】8名

◆断然よしりん派です!やっぱり子供の頃に出会ったからかな。私はゴー宣読んでも「よしりん」のままでした。
◆子供の頃に「あ。この大人は、自分たちの味方だな」と感じる大人に対する親しみに似た感覚がどうしてもにじみ出てしまうときがあります。
◆京都マンガミュージアムのイベント前、偶然控室の先生を初めてチラ見した時、小林先生ではなく、「あっ!よしりんやっ!」って、びびったのを覚えてます。頭では「小林先生」って呼ぶのが本当なんだと思うんですが、何かしっくりこなくて、やっぱり、「よしりん(先生)」がビシッとハマる感じがしてしまいます。リスペクトも込めて。
◆その方が何となく、親しみを感じやすいから!
◆TPOにより変わるのですが、
1.家族に話すときは「よしりん」
2.ライジングにコメントするときは「よしりん師範」
3.よしりん師範と面と向かってお話ししたことはありませんが、そのときは恐らく「よしりん師範」と呼ぶと思いますが、いや流石に「小林先生」とか「小林師範」と呼んでしまうかも…
『おぼっちゃまくん』世代ではなく、大人になってSAPIOでゴー宣を読み始めたのがよしりんとの出会いです。
◆自分にとって小林よしのりは子供の頃に出会って以降ずっとよしりんですが、イントネーションが他の人とか「公式」と違うようです。
「呼び鈴」とか「うな丼」の発音 。


【小林先生】11名

◆親近感よりも尊敬心の方が上回るからです。
プロレスファンがジャイアント馬場を馬場さん、アントニオ猪木を猪木さんと、さん付けで言ってしまう感覚に近いですね。
◆「よしりん」とはとても呼べません。
おぼっちゃまくんが始まった時は中学生になっていたので、コロコロコミックは卒業していました。
おぼっちゃまくんはリアルタイムではほぼ読んでません。
◆あまり漫画は読んでなかったので
◆異能戦士はリアルタイムでマガジン読んでいましたけど、おぼっちゃまくんは読んでいないし、アニメも見ていません。
本格的に「小林よしのり」を知ったのは「ゴー宣」からなので、尊敬をこめて「小林先生」ですね。
「よしりん」と書く事もありますが、書く度に違和感(?)を感じています。
◆おぼっちゃまくんがテレビで放送されていた時、私は中学生だったので観てなかった、というのと反抗期に突入していたので「コロコロコミック」なんてもう卒業したよ!なんて態度だったので。。。
私が小林先生の作品を読むようになったのは、ヤングサンデーに連載されていた「最終フェイス」。
最初は「おぼっちゃまくん」の人だ、くらいで読み始めたのですが、読み進めていくうちに驚愕してこれはすごい漫画だな、と。
ただただ脱帽と尊敬だったので自然と「先生」としか呼べないです。。
◆おぼっちゃまくんも読んでいたのですが、そこからいったん小林先生から離れて、社会問題を扱うゴー宣から再び入って、結構まじめなトーンから入ったので自然とそう呼称するようになりました(よしりん先生とは、なかなか気軽に呼べません…)。
◆大の大人に向かって、よしりん??って思ってしまう(笑)
東大一直線も、おぼっちゃまくんも、すり抜けた世代で、ゴー宣読みだしたのが大人になってからだしたからかな?
「よしりん」と呼ぶのは、どうしても気恥ずかしさが…。
◆昔から人をあだ名で呼ぶのが苦手な事や、尊敬する人をあだ名で呼ぶのが畏れ多いという感覚があるからです。
◆公的には「小林先生」「小林師範」。私的には「よしりん先生」。心の中で、こっそり。小さな声で、「よしりーん」(笑)。
小林先生には、色々なお顔があるから、正直決められません。
◆この年になると、よしりん、とか呼んでみたいけど、ハズカシクテ…。いつか、よしりん先生、と呼んでみたいけどなぁ。


【よしりん先生】32名

◆小林先生はちょっと固い?よしりんと言うのはちょっと馴れ馴れしい?っていうところで。
◆愛称と師である敬意を持って呼んでいます。
◆おぼっちゃまくんを見て楽しんでいた世代としては、子供目線からいくと、よしりんと親しみを込めて少年時代に楽しませて頂いた感謝を表したいものの、ゴーマニズム宣言で大人になってからも自分の頭で考える事の大切さを教えて頂いて人生に多大なる影響を与えて頂いた事を考えてみれば、先生と呼ぶべきという2つの相反する考えをバームクーヘンしたら、「よしりん先生」ですね。
◆自分にとって先生の名はマンガや絵の先生って意味があって、よしりん先生になってます。
◆親しみと尊敬をこめて。おぼっちゃまくん愛読者の息子二人は「よしりん」と言います。第2回関西道場の場外乱闘のときに、、酔っていて私もよしりんが、よしりんがと話してしまい、いまだに後悔してます。
◆学校や職場の先輩で通った愛称がある人には、その愛称プラス「先輩」とか「さん」とかつける感覚。
◆子どもの頃は「よしりん」。大学時代は「小林さん」。現在は「よしりん先生」と呼ぶのがしっくりくるのかなぁと。
◆もちろん場合によって「小林先生」と使い分けますが、自然に出てくるのはやっぱり「よしりん先生」ですね。
リアルおぼっちゃまくんの時代は、私はリアルPTAでした。と言っても"プンスカドドーン!PTA"ではなく「なんて面白いんだ!すばらしいマンガだっ!」と夢中になって繰り返し読んだ派です。まず自分の中にいる子供性?!が共感して大笑いしながら、いつの間にか子育ての指針でもありました。
だから「よしりん」とは呼べません。「先生」が付きます。
◆「よしりん」ではあまりにもなれなれしく、「小林先生」ではとても堅苦しく思えまして。
おぼっちゃまくんはコロコロ卒業後でした。
東大一直線をジャンプで読んでいた世代ですね。
ですので「よしりん」という呼び名は「ゴー宣」で知りました。
◆「よしりん」は面白い漫画家として、「先生」は社会問題に限らず、生き方すら背中で教えてくれる人に対する敬称として。
その二つが合わさったものです。
僕は「おぼっちゃまくん第一世代」と勝手に言ってます。連載開始時、僕はちょうど小学五年生、そう茶魔と同い年で、それが自慢!
そのときは当然「よしりん」。面白くて、オシャレなお兄さんって印象でした♪
◆先生のキャラクター性の凄さを尊敬しているのと、呼び捨てはさすがにはばかれるので、よしりん先生で呼んでいます。
◆数年前くらいかな?敬愛を込めて「よしりん先生」と書くようになりました(^^;
最初はちょっと照れくさかったんですが(笑)、
よしりん先生ともくれん先生を1行に並べて書くとき、
文章の語呂と見栄えがイイんです。(^^;
いまはゴー宣道場の仲間内で話すときは大抵「よしりん先生」、
それ以外の場で話題に出すときは「小林先生」で使い分けてます。
◆馴れ馴れしすぎず、堅苦し過ぎない感じ。おぼっちゃま君のアニメは観てましたが、先生の著作を集め始めたのは戦争論からなので。
◆自分もよしりん先生派ですが、、、もし、3種類以外の呼び方をするとしたら、と考えてみました。「お師匠さん」「 おあにいさん」「兄貴ィ」です。
◆親しみと尊敬を込めて、「よしりん先生」と呼んでいます♪
◆親しみを込めて呼ばせていただいています。
◆ヨイショ感のある「先生」という呼び方に「よしりん」を付け、「先生」という言葉の響きの持つ、”高慢感”を、霧消化してしまう。
これは、世に「先生」と呼ばれる人間の高慢さを、相対化する効果も狙える。
小林よしのりらしくてイイと、勝手に思ってます。
◆敬意をこめて。子供漫画の先生なのだから、これが適してゐるのでは。
◆読者としては、親しみを込めたくて「よしりん」を入れたい。でも、呼び捨ては敬意を欠くと思い、「よしりん先生」と書いています。
でも、道場の感想では「小林師範」も使いますし、生放送では「よしりん」とする事も有ります。まあTPOで使い分けていますね。
もし、直接お会いする事が有れば、「小林先生」としかお呼びできないでしょう。
万が一、場外乱闘に参加させて頂ける機会があれば、「よしりん総統閣下!!」と呼んでしまうかもしれません。
◆身内や生放送ではよしりん♪ですが基本はよしりん先生がしっくりするかなー
◆親しみを込めて「よしりん」と呼びたい気持ちに、尊敬と敬意も上乗せして「先生」を合体。結果、「よしりん先生」となります。
◆いまさら変える気もありません。
◆「よしりん」と呼び捨てにすることは、やはり恐れ多くてできません。
書き言葉と話し言葉で違いはあれど、より自然に出てきやすいであろうということで。
それにしても、同じ「ゴー宣」ファンとお話するようになるまでは、先生のお名前を口にする機会もなかったんですよねぇ。
呼吸をするように「よしりん先生」と言えるようになるまで、20何年もかかったんですよねぇ…感慨深いです(´艸`*)


【その他】5名

◆小林先生と呼ぶときは父親みたく思い、よしりん先生の時は偉大な先輩に感じていて、その時々で変わったりします。
長いファン歴のなかでいくつもの顔や作品に触れて、特定出来ないです( ゜Д゜)
◆自分はコメント欄では「小林先生」ですがニコ生だと「よしりん」ですね。(すばやくコメントできるので。笑)
◆人と話す時は「おぼっちゃまくんの小林よしのり」、道場関連の時は「よしりん師範」。
恐らく無いだろうけど実際にお会い出来たら「先生」だろうなあ。
◆ライジングコメント欄に書き込むときは「小林先生」ですが、生放送を見てコメントする時は「よしりん」「よしりん先生」です。
そして、小林先生のファンの方以外に説明をする時には「小林よしのり氏」という言い方を使ったりもします。
私みたいな者が、小林先生と面と向かって話す機会などは無いのですが、もし万が一あったとしたら、やっぱり「小林先生」ですかね。
◆よしりん翁

・・・

以上の結果により、
小林よしのりのことを『よしりん先生』と呼ぶ人が多いことが判明しました☆
そして呼び方を通じて、ゴー宣読者それぞれに「小林よしのり」に対する思い入れがあるのだと分かりました!

今回アンケートに応えてくださった方、どうもありがとうございましたo(^o^)o
No.92
80ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
第265号 2018.4.11発行 「小林よしのりライジング」 『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。 毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、著名なる言論人の方々が出版なさった、きちんとした書籍を読みましょう!「御意見拝聴・よいしょでいこう!」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが現代社会を鋭く分析「トンデモ見聞録」や小説「わたくしの人たち」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行) 【今週のお知らせ】 ※「ゴーマニズム宣言」…世の中には、一般の常識・良識とは真っ逆さまの理屈を「常識」「良識」だと、大真面目に主張する人たちがいる。自分に都合の悪いことは一切見ようとせず、一般社会の方がおかしいと思っている。世の大多数から批判されると、迫害されたと被害妄想を抱き、同じ理屈を共有する者だけで結束を固めて閉ざしていく。時には存在しない「敵」を想定し、それを攻撃することで自己を正当化する。そうして主張はどんどん先鋭化し、より一層、一般常識から乖離していく。今、その最たる存在が安倍晋三信者たちだ。 ※「泉美木蘭のトンデモ見聞録」…3月26日発売の産経新聞社『別冊正論31号 「日本型リベラル」の化けの皮』がスゴい。櫻井よしこ、酒井信彦、高橋史朗、八木秀次、足立康史、有村治子、山口真由…等々が厚顔無恥なネトウヨ妄言を垂れ流しているが、ひと際異彩を放つ存在が、動物学研究家・随筆家の竹内久美子氏!論考のタイトルは「動物学で日本型リベラルを看ると―睾丸が小さい男はなりやすい!!」。睾丸に拘り過ぎる、想像のはるか斜め上をぶっちぎりで駆け抜けていく“トンデモ”リベラル・ヘイトを見よ! ※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」!若さの秘訣は何?合理的に説明出来ないものは、伝統ではなく因習?昔のCMで印象に残るCMは何?首相の母・洋子氏がすべてを昭恵氏のせいにして、息子を庇うのはおかしいのでは?桜の花に見とれるような事はある?やる気を削がれた時はどうしてる?日本女子相撲連盟がオリンピック競技入りを目指して活動しているのはアリ?…等々、よしりんの回答や如何に!? 【今週の目次】 1. ゴーマニズム宣言・第272回「一般常識を敵にする安倍信者」 2. しゃべらせてクリ!・第223回「ジョーズ出現!貧ぼっちゃま絶体絶命!の巻〈前編〉」 3. 泉美木蘭のトンデモ見聞録・第76回「“睾丸小さいとリベラル”世にも奇妙な『別冊正論』の世界」 4. Q&Aコーナー 5. 新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど) 6. 編集後記 第272回「一般常識を敵にする安倍信者」  世の中には、一般の常識・良識とは真っ逆さまの理屈を「常識」「良識」だと、大真面目に主張する人たちがいる。  一般人から見ると「頭がおかしい」としか思えないが、その人たちは自分に都合の悪いことは一切見ようとせず、一般社会の方がおかしいと思っている。  世の大多数から批判されると、迫害されたと被害妄想を抱き、同じ理屈を共有する者だけで結束を固めて閉ざしていく。時には存在しない「敵」を想定し、それを攻撃することで自己を正当化する。  そうして主張はどんどん先鋭化し、より一層、一般常識から乖離していく。  読売新聞社の全国世論調査では、佐川前国税庁長官の国会における証言に75%が「納得できない」と回答している。  安倍昭恵を国会に呼んで説明を求めるべきだとの意見は60%で、「そうは思わない」の36%を大きく上回っている。   国有地の8億円値引き、そして公文書の改ざんという前代未聞の不祥事を官僚が勝手にやるわけがなく、もし官僚が忖度して勝手にやったとしても、安倍昭恵の存在なしにこんなことが起きたはずがないというのは、ごく真っ当な一般庶民の常識的感覚だ。  ところが、無条件に安倍昭恵が「潔白」だと信じ、その証人喚問を求めることは 「人権侵害」 だと主張する、「頭がおかしい」としか思えない人がいる。  産経新聞の「エース記者」、 阿比留瑠比 だ。  しかも産経にはこれに賛成する読者がいるようで、阿比留は4月5日の産経新聞コラム「極言御免」で、そんな読者の声を紹介している。 「昭恵さんの証人喚問が実現すれば日本の社会に大混乱をもたらすだろう。知らぬ間に隣人や知人に犯罪容疑者にされる恐怖が社会全体に疑心暗鬼を生むからです」  昭恵は「知らぬ間に」疑われたわけじゃないでしょう! 怪しすぎる状況証拠が山積みでしょうよ!!  安倍昭恵を証人喚問したら、社会全体が恐怖に覆われ、日本社会が大混乱に陥る!? どこのノストラダムスだ!? 「知らぬ間に犯罪容疑者になる恐怖」だったら「共謀罪」の方が百万倍大きいと思うが、この人は共謀罪に反対したのだろうか?  阿比留はさらにこんな読者の意見も紹介する。 「臆測で『裁判』にかけられるようになったら自由に意見も言えなくなる。何とかまっとうな世の中になってほしい」  あまりの無知に、唖然とする。   国会の証人喚問は「裁判」ではない!  時には「公開裁判」のように見られることもあるが、これはあくまでも議院証言法に定められた、国政調査のための証言を求める制度である。証人は「被告」として扱われているわけじゃないし、そこで裁きを受けることもない。   安倍は「真相究明に全力を挙げる」と言っているのだから、それならば真相究明のために安倍昭恵の証言は必要不可欠だと思うのは、全くの常識である。  ところがこの読者は、昭恵の証人喚問を求めたら「自由に意見も言えなくなる」、「まっとう」ではない世の中になるという。  そして阿比留はこれに全面的に賛同し、こう書くのだ。   日本社会の現状に深い閉塞感を覚え、今後の日本のあり方についても憂慮しているのが伝わってくる。現代の魔女狩りに、おぞけをふるう人は少なくない。  証人喚問は裁きの場でもリンチの場でもなく、国政調査のための証言の場でしかない。本当に潔白なら、堂々と出てきて潔白だと言えばいいだけのことだ。それに「深い閉塞感を覚え」、「現代の魔女狩り」呼ばわりして「おぞけをふるう」とまで非難する意味が全くわからない。   ひょっとしたら、阿比留も産経読者も実は内心、昭恵が「真っ黒」だと思っていて、証人喚問に出したらオシマイだと予感しているから、こうもヒステリックになっているのではないか?  続けて阿比留は、野党やメディアが昭恵の証人喚問を求めることをこう非難する。 
小林よしのりライジング
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!