Ryu_bluefunkさん のコメント
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さっき「菊地さん、菊地さんの<服はなぜ>の書評をイグザイルの人が書いてますよ!」という話を聞いて「あらゆるガセが出回る社会とはいえ、流石にそれは嘘だよ笑」と思い、本当に全く信じていなかったのだが、本当なのでびっくりした(「書評」は大袈裟だったけれども)。
とっさに感じたのは、嬉しいとか、恥ずかしいとか、なんかちょっと嫌、とかではなく、「ああ、歴史というのは、結局質的にあんまり変わらないのだなあ」という実感である。
インターネットによって時間はポージングし(「今」しかなくなり)、情報は制限され(ネット上の発言だけが取り上げられるようになり)、歴史という一種の流動体は、質を変えてしまったなあ。と、ずっと思っていたのだけれども、そしてそれは、今でも半分以上は実感のままなのだけれども、今僕は(前回のコメ欄にも書いたが)、ベルクソンとフーコーを(一応、念のため、翻訳で)読み返しており
こないだも友人と家でパーティやった時に、フランクオーシャンとかジャネイアイコと繋げてcurejazz流したんですが、今のオルタナティブR&B(←USだとこういうらしいです笑)と繋げて聞ける一連性がありました。
Curejazzが出たのって、2006年だったので、当時はオルタナティブR&Bはローファイhiphop的な言葉はなかったと思うのですが、時間というのは面白いものでまったく別のジャンルと接合させる感じがありますね
*僕も今回のブログ読んでいて、それを感じました。
ちなみに、DCPRGは、今のUKジャズ?(←これもどうかなと思うジャンル名ですが笑)が好きな後輩に紹介した所、black midiとかsons of kemetとかと並べて聞いているみたいです。これも結構不思議な繋がり方してると個人的に思ってます(菊地さんも予想していない所で、色んな聞かれ方してそうだなと)
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